第73話・アルスVSラント・ガスドック
俺は比較的温厚な方だと思う。
理不尽な追放をされても復讐しようなんて考えなかったし、多少殴られたくらいならこちらが譲歩する。
社会において、極力カドが立たないよう生きてきた……。
けれど、眼前の光景は……そんなちっぽけな自負を消し飛ばすのに十分だった。
「アルス……」
「ごめんなミライ、待たせた」
「ッ……! おっそいのよバカ」
涙目で、心から安堵したような表情のミライが俺を見上げてくる。
頬のアザが痛々しい……、さらにそれだけではない。
「っ……」
奥を見れば、崩落した壁の傍で、瓦礫にまみれたカレンがピクリとも動かず倒れている。
魔力は集中しなければ感じられないほどに弱っており、息もかろうじてしている程度。
さらにケッテンクラートの荷台では、同じく瀕死の女性が倒れていた。
おそらく、彼女が捜索を依頼された例の子だろう。
俺は腹の底から、煮えたぎるような何かが爆発しかけているのを感じる。
「全部お前がやったんだな……、ラント」
砂塵の奥で立ち上がった男へ、俺は瞳を冷たく向けながら言う。
全身を機械的なスーツで覆ったヤツは、信じられないと言いたげな目でこちらを見ていた。
「地上の魔導機兵はどうした……っ! なぜ貴様が生きている、あの規模の軍団に襲われて生還できる魔導士など––––」
言葉を言い終わる前に、俺はアイツの反応速度をゆうに上回るスピードで拳を叩きつけた。
ゴロゴロと転がったラントは、痛みに悶絶する。
「魔導騎兵? 確かに強かったよ……おかげでここへ来るのが1分も遅くなった」
「1分!? 1分だとッ!! 遺跡保護で火力を制限された貴様は銃も使えなかったはず……いやっ、まさか!!」
天井だった大空洞からは、陽光が差し込んでいる。
どうやら気づいたらしい。
「バカな……、遺跡の損害も構わずフルパワーで軍団を丸ごと殲滅したというのか……?」
正解。
俺は手加減など一切せず、地上の魔導機兵を1体残らず破壊し尽くした。
さらに言えば、『広域探知』で判明したミライたちの居場所がここ遥か深くの地下だった。
なので、正規ルートも関係なしに最短コースで地面を全部ぶち抜いたのだ。
「ラント、俺はこのホワイトライフを邪魔する敵には一切容赦しない。罵倒くらいなら流しただろう、でもな––––」
俺の身体から、『身体能力強化』による金色の魔力が火災旋風のように吹き荒れた。
「調子に乗り過ぎたんだよ……! 改めて言うぞ––––俺はお前がどれだけ泣き叫ぼうと決して容赦しない」
「ッ……!! ほざけ! 調子に乗っているのは貴様だアルスッ! 俺はもう以前と違う! そのエンチャントは俺でも使えるのだ!!」
ヤツからも金色の魔力が吹き出す、たぶん同じ『身体能力強化』だろう。
さらにラントのスーツからジェットが噴射され、衝撃波と共に俺へ突っ込んだ。
轟音と共に遺跡が大きく振動し、瓦礫が降り注ぐ。
「かっ……!?」
ヤツの拳を、俺はその場から動かずに片手で止めた。
身じろぎすら必要ない、驚愕に染まった顔のラントを腕ごと引き寄せる。
「ゴアッ!!?」
右手に持ったスコップを、ランスの要領で相手の胸部へ叩き込む。
吐血し、数メートル先でよろめいたラントは信じられないと連呼した。
「昨日今日覚えたばかりの猿真似魔法と、俺のエンチャントを一緒にされたら困る。同じ『身体能力強化』でも雲泥の差なんだよっ」
「ぬっああぁあ!! ふざけるなッ!! 俺は確かにお前を––––竜王を超えたんだッ!! それを証明するために全てを売ったんだ!!!」
さらにジェットを焚いて、ラントは超高速移動を開始する。
俺も跳躍し、お互いが壁や柱の間を機動、激しくぶつかり合った。
けれど、パターンが単純すぎる……ラントの動きは数秒もあれば読めた。
「人生を売って手に入れたのがそんなものなんてな。いくら魔人級の能力を持とうが、いくら古代帝国のスーツを着ようが––––」
先回りした先で、俺はスコップを振り下ろした。
「中身が一切変わってないお前じゃ、偽物に過ぎないんだよッ!」
空中でラントの脳天を砕き、叩き落とす。
巨大なクレーターが生まれ、ヤツは上半身を丸ごと地面にめり込ませた。
腰から上だけ突き出た姿は、あまりにも無様である。
「……立てよラント、意識があるのはわかってる」
足を掴み、野菜のように引き抜く。
忌々しげに睨みつけてきたラントが、手から俺の顔面へ熱線を放つ。
これが狙いか……、アッサリ避けてそのまま重い蹴りを浴びせた。
肋骨の砕ける音が響く
「があぁっ……! ぬぅう!!」
吹っ飛びながらも空中で体勢を戻したラントは、またも手をこちらへ向ける。
「『自動照準』!!」
こちらの逃げ道を塞ぐ正確な射撃。
だが問題ない、逃げなければいいのだ。
金色の魔力を豪炎のように吹き出し、俺は床を砕く勢いで蹴った。
熱線を全て弾き、そこから一気に肉薄する。
恐怖に引き攣った顔が迫った。
くらわせてやるよラント––––手加減第一主義ゆえに、今まで封印してきた俺の“本気”をな。
武器代わりのスコップが眩く輝いた。
「上位剣技スキル––––『ソード・パニッシャー』ッ!!」
打ち込まれた最大威力の連撃は、ヤツの纏っていた強化スーツを木っ端微塵に砕き割った。
血飛沫が飛び散り、誰もいない巨大な玉座へラントは激突した。