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第72話・こんなクソ野郎に全部奪われるなんて、ふざけてるっ

 

「ぐあッ……!? うっ」


 熱した鉄棒を押し付けられたような激痛が、カレンを襲った。

 脇腹を貫かれ、思わずよろめいた彼女は何をされたか理解するのに数秒を用する。


「い……づッ!」


 足元に赤い花が広がった。

 スカートやニーソックスに染み込む血と、倒れる女の子を見ながらカレンは憤激の様子を表わにする。


 自分がやられる分にはまだいい……、だがあろうことか人質ごと熱線で撃ち抜くなど到底許されない非道。

 人間の盾戦術を悠然と実行するクズ野郎め、アルスが来るまでもう待つこともない–––––


「お前えぇェッッ!!!!」


 今この場でわたしが殺すっ!


 ゴッとカレンの全身を蒼焔が覆った。

『蒼焔竜の衣』を発動し、なりふり構わず突っ込む。


「カレンちゃん!」


「ミライ姉はその人を! こっちはわたしがやるッ!!」


 振り下ろされた剣を、ラントは悠々とかわした。

 魔導スーツから吹き出したジェットにより、超高速で回避運動を行ったのだ。


「ついて来れるか? 蒼焔」


「ッ……! 舐めんなァッ!!」


 怒涛の追撃戦が始まった。

 カレンが追い縋れば、ラントはさらなる加速で突き放す。

 瀕死の女性魔導士をケッテンクラートの荷台へ移しながら、ミライはペン型魔法杖を強く握った。


「アルスには頼れない、わたしたちでアイツを倒すしか……でも」


 攻撃がぶつかる度、地震のような揺れで足元がグラつく。

 ミライの目から見ても、戦況の様子はあまりに深刻だった。


「ぐあっ!?」


 数度目の打撃を食らったカレンが、空中から落ちて硬い床を転がる。

 古代帝国の技術を纏ったラントの戦闘力は、常軌を逸していた。


 それ以上に、起きあがろうとした彼女の脇腹から激しく血が滴り落ちる。


 不意打ちによるダメージが大きいのか。

 すぐ駆け寄ろうとするも、カレン自身が手でこちらを制した。


「来ないでミライ姉ッ……、もし姉さんまでやられたら誰も脱出できない。アルス兄さんのケッテンクラートで今すぐ逃げて……!」


「でもッ!!」


「いいからっ!! ……グラン兄にはさ、後でごめんって伝えといて……」


「ッ……!!」


 歯をくいしばる。

 ダメなのか、わたしじゃどうしようもないのか……?

 実際、カレンで敵わない相手など自分の手に負えるわけない。


 けれど、このまま逃げたとして……。


「成功者を貶めていくこの感覚……たまらんな。お別れは済んだか蒼焔? そろそろこちらも本気で行くぞ」


「ゼェっ……このズル野郎、自分じゃ何も持ってないからそんなスーツに頼ってさ……、ほんとダサい」


「減らず口を叩く余裕があるみたいだな」


 ラントの腕へ魔法陣が浮かぶ。


「『自動照準(オートエイム)』」


 再び放たれた熱線は、回避先まで予測された正確なもの。

 ほとんどを剣で弾くも、防ぎきれなかった1発が脇腹の同じ箇所へ直撃した。


「あっ……ぐ!? ぅ」


「ジェット、最大出力!!」


 背中からアフターバーナーを吹き出したラントが、地を蹴った。

 衝撃波を纏いながら猛然と突っ込む。


「イグ、ニール……っヘックス––––!」


 なんとか防御魔法を展開しようとするも、激しい痛みにより神経を全く集中できない。

 高位魔法はその難易度ゆえ、ダメージを受けていない時でなければ使えないのだ。


「はぁッ!!」


 焔が壁を作る前に、太い拳がガードしたカレンの剣へ打ち込まれた。

 声を上げる間も無く吹っ飛ばされ、彼女は遺跡の壁へ勢いよく叩きつけられた。


「くはっ…………」


 激しく砂塵が舞い、大量の瓦礫と一緒に彼女は倒れた。

 剣が床へ落ちる音と同時、カレンを包んでいた蒼焔が四散して消える。


 意識を失い、『蒼焔竜の衣』が解除されたのだ。


「フッフ、しぶといな……虫の息だがなんとか生きているようだ。すぐにトドメを刺してやるぞ蒼焔」


 ゆっくり歩を進めるラント。


 ミライは葛藤をやめた。

 姉と慕ってくれる大事な妹を置いて逃げたら、無事帰れたとしてどんな顔をすればいいのだ。


 勝てる見込みはない、けれどもう背は向けない。

 カレンは絶対に殺させない!


「さっせるかぁぁあッ!!!」


 ケッテンクラートを放棄。

 全身に雷を纏いながら、ラントへ吶喊(とっかん)した。

 ペン型魔法杖を振り下ろす。


 雷が相手を直撃した。

 さらに畳み掛ける。


「わたしの妹から、離れろぉッ!!」


 速度の乗った蹴りは、しかしスーツへ傷すらつかない。

 逆にジェットを使った裏拳が、ミライの頬を強打した。


「あぐッ……!?」


 仰向けに倒れた彼女を、ラントは足裏で踏み付ける。

 腹部へ体重をかけながら、不敵に笑った。


「言い忘れてたが、このスーツは魔法攻撃を一切通さないらしい。すばしっこいだけの貴様ではどうにもならん」


 ちくしょう……! ちくしょうちくしょうちくしょうッ!

 悔しいッ、こんなクソ野郎に全部奪われるなんてふざけてるっ、自分の力が……及ばないばかりに。


「ッ……、えぐっ」


 涙が溢れる。

 妹を守れず……、何もできなかった……あまりにも無力だった。

 自分はこのまま虫みたいに踏まれて死ぬのか? ここで終わるのか。


「ッッッッ!!」


 込み上げる激情を、ミライは口から全て吐き出した。


「くっっっそおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」


 その瞬間––––極厚のコンクリートで出来た天井が、一瞬で融解した。

 瞬く間に蒸発した瓦礫の中で、金色の魔力が輝く。


「ッ!!? そんなッ! 早すぎる……話とちが––––」


 弾け飛んだラントが、柱を数本貫いて奥の壁へ吹っ飛ぶ。

 上半身を起こしたミライの前へ、彼––––アルス・イージスフォードは立っていた。


 静かな背中は、初めて見るほどに怒りで満ちている。


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― 新着の感想 ―
[一言] 敵さんがチートなのもあるとおもうけど、 カレンはギルド長といっても、経験不足により強さを発揮できないこともあるのかな?
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