第71話・陰キャなわたしは逆らう術を持たない
「はぁっ……、アルスには結局言いそびれちゃったな……」
転移魔法により飛ばされて数分……ミライとカレンは、柱が数本そびえる広大な空間に佇んでいた。
白が基調のそれは、どことなく神殿っぽさこそあるが完全に廃墟である。
言うならば、熾烈な戦闘の連続で粉砕されたような……。
「ミライ姉、ここどこだかわかる?」
剣を持って油断なく振る舞うカレンが、見渡しながら言う。
どことなく上の空だったミライは、頬を叩き、頭を振って現状把握に努めた。
「全っ然わかんない、でもどういう場所かはなんとなく……」
「ホント?」
「だってほら、あそこ」
ミライが指差したのは、やはりボロボロの鉄塊。
普通に見ればそれだけなのだが、彼女の頭には明確な画像が浮かんでいた。
「たぶん手前が重機関銃で、奥が型式不明の戦車っぽい……。ほら、砲塔内にライフリングが削ってあるし」
戦車や銃には、発射した弾丸へ回転をかけるべく“ライフリング”と呼ばれる溝が掘ってある。
これは弾の弾道を安定させ、より遠くへ届かせるための技術なのだが––––
「よくミライ姉そんなの知ってるね……」
「えっ、あぁ……アルスと一緒にいると覚えちゃってさ。でも別にこれ普通じゃない?」
「普通じゃないよ! 異常だよ! 年頃の女子は戦車の識別なんかしないって!」
「いやでも、アルスは普通だって……」
「アレは兄さんが特殊なだけ! マイノリティ特有の自分を多数派だと思い込んでるやつ! ミライ姉めっちゃアイツに毒されてるよっ」
「まじ……?」
地味にショックだった。
別に男子と一緒にいれば、相手の趣味へ自然と興味を抱くし、会話するうちに刷り込まれる。
なにより、趣味は共有してこそ真価を発揮するのだ。
別にボッチ趣味を否定などしないが、ミライは語り合いたい系のヲタだった。
「……そ、そうなんだ」
でもバリバリ陽キャのカレンが言うなら、間違いないのだろう。
本質が陰キャなので、年下だろうと彼女に逆らう術は持たない。
今でこそ茶髪に染めて明るく振る舞ってはいるが、結局ミライの中身は変わらない。
暗黒だった中等部時代を、繰り返してはならないと心の中で反芻。
状況判断へ思考を持っていく。
「たぶんここってさ、一種の迎撃施設だったんだと思う。ここを中心にちょうど火力が集中するようにしてさ」
「なるほど……、外敵を市街地からこのキルゾーンへ転移させて、一斉砲火––––たぶんアルス兄も同じ結論を出すと思う」
“アルスと同じ”。
そう言われて何故か少し嬉しくなったミライは、プチ上がりしたテンションで奥を指す。
「あそこさ、なんか……座ってない?」
階段の奥、玉座のような椅子に何かが鎮座していた。
「ホントだ、魔導騎兵っぽいけど中身がない……どっちかと言うと服、いや––––“スーツ”みたいな?」
カレンが呟いた疑問へ、こだます男の声が答えた。
「君の言う通りだ、カレン・ポーツマス。これはただの魔導騎兵じゃない」
2人は見た。
玉座に座る魔導騎兵……その後ろから、筋骨隆々な男が出てくるのを。
「誰よアンタ……、遭難者じゃなさそうだけど」
「無論遭難者などではない、ましてこいつのような下級冒険者でもな」
姿を見せたラント・ガスドックは、玉座の影へ右手を伸ばした。
引きずり出されたのは、怯え切った顔をする18才前後の女性だった。
「やだッ……! もう嫌だ、離してくださいっ、街に返してぇ……!!」
その魔導士然とした格好に、2人は昨日の記憶を想起する。
森林迷宮で、誰かに騙された初心者パーティーから依頼された仲間の捜索。
彼女に間違いなかった。
「彼女を離しなさいッ! さもないと怪我じゃ済まさない」
剣を構えるカレンへ、ラントは女性魔導士を盾のようにして突き出す。
「動くな蒼焔、お前が何かすればこの女の首は歪にねじ曲がるぞ。ご自慢の焔も出すな」
「ッ……!!」
いかんせん距離がある。
カレンとミライは動けない、不気味に笑ったラントが両手を広げた。
呼応するようにして、玉座の魔導騎兵がラントへかぶさっていく。
まるで布着が一人でに開いて、肌へ密着するようだった。
「さっきも言ったが、こいつはただの自立兵器じゃない……人間が装着することで初めて機能する––––いわば『バトルスーツ』だそうだ」
胸の人工宝具が、さらに輝きを増した。
「本当ならアルス・イージスフォードを壁のシミにするところだったが、せっかくだ……ヤツには“失う苦しみ”を先に味わってもらおう」
「アルス兄を知ってるの……?」
「当然、俺は捨てられたヤツの元パーティーメンバー……。復讐者にして、『魔導具完全掌握』の能力を持つ魔人級魔導士、ラント・ガスドックだッ!」
彼の全身を、魔導バトルスーツが覆った。
さながら半機械兵のようで、不気味さすら覚える。
先ほどから気づかれないよう、ジックリ距離を詰めていたカレンが睨め付けた。
この距離なら攻められる……。
「気は済んだ? コスプレ野郎さん、これ以上茶番するようなら本気で殺すわよ」
「コスプレか……確かにそうだな、“祝福”をくれた灰髪の女も似たような表現をしていたよ。では望み通りこいつは離そう、もう用済みだからな––––」
ドンっと女性が押される。
チャンスだ、一瞬の隙を見逃さず踏み込もうとした刹那––––
「ぁ……ッ!?」
ミライからは一部始終が全て見えていた。
人質にされていた女性魔導士ごと、貫通した熱線がカレンの脇腹をえぐったのを––––