第62話・体操服のフラグクラッシャー(自称)
「いやー、楽チン楽チン♪ 生徒会長様様だわ〜」
車両の後部で、体操服姿のミライがくつろぎながら鼻歌を鳴らしていた。
見晴らしのいい草原を、3人乗りのバイク&戦車モドキなケッテンクラートが軽快に進む。
俺はアクセル付きのハンドルを握って、慣れないながらも運転をこなしていた。
「さすがに王都の傍だけあって、モンスターが全然いないな」
今走っているのは、一応レベル1の危険指定地帯である。
ゴブリンくらい出てくるかと思っていたが、行軍は平和そのもの……。
接敵の気配すらない。
「そりゃそうよ、この辺りは主要街道の鼻先。わたしたち『ドラゴニア』を始めとして色んなギルドが狩場にしていたもの」
同じく後部に乗っていたカレンが、運転席へ前屈みになりながら言う。
「意外だな……お前らみたいなトップランカーが、こんな街の近くで狩りするなんて」
「そうでもないわよ、街道沿いの警備は国通省からの依頼がメインなの。だから儲けも大きいってわけ」
国通省は、国内のあらゆる主要街道や公道––––交通機関を統括するところだ。
彼らにとって、都市間を繋ぐ道がモンスターに襲われるのは由々しき事態ってわけか。
「なるほど、物流維持は確かに大事だ」
喋っていると、正面に泥濘が見えてきた。
前日の雨でかなり深くまでぬかるんでいるようだ。
普通の車両なら躊躇する場面だが、このケッテンクラートでは問題にすらならない。
「ちょっと揺らすぞー」
少し減速。
クラッチを切って、シフトレバーは2速へ切り替える。
速度を落としたケッテンクラートが、車輪付きのカゴを引っ張りながらぬかるみへ突っ込んだ。
「うひゃっ!?」
泥が跳ねるも、無限軌道の力で強引に突破。
しばらくして再びギアを3速まで戻す。
今度はミライが興奮した様子で乗り出した。
「すっごい車両ねアルス! 確かにこんな足があったら全然難易度が違うんじゃない? さっすが生徒会長!」
「最初に楽できるって言ったろ? 俺は王道テンプレな冒険者じゃないからな。使えるものは全部使って、可能な限り楽に、そして効率的にこなすだけだ」
たぶん、いや確実に邪道だろうがそもそも俺は冒険者ですらないのでセーフ。
今日も休日を使って、クエストに参加しただけの一般人だ。
なので徒歩で移動し、泥臭く剣で戦うようなことはあまりしない。
っていうかしたくない。
「なーんかホントに順調ね〜、せっかく動きやすい服で来たのに拍子抜けだわ。このまま何事もなく到着かしらね〜」
「おまミライさぁ……、なーんでいちいちフラグ立てんの? ギリギリ死亡フラグじゃないから良いけどさぁ、やっぱ体操服で来るようなヤツはまともじゃないな」
「はぁーっ? 良いじゃん体操服! 少なくとも迷彩服より動きやすいし? こんなクッソ暑いのに長袖長ズボンとか絶対アルスの方がバカじゃん!」
「早口乙、サイドの荷物に虫除け積んでるから必要なら使えよ」
「あ、はーい」
車両横の荷物スペースから、虫除けポーションを取り出すミライ。
やっぱ変わんねぇな……、陰鬱だった黒髪時代も動きやすさしか考えてない服してたっけ。
根はそのまんまだ。
「でもアルス兄、このペースなら夕方には目的地へ着きそうかも。迷宮だってわたしが道案内するし」
目の前の草原が途切れる。
ゆっくりとだが、巨大な森が近づいてきた。
古代帝国跡地へ繋がる、森林ダンジョンだ。
「あぁ頼む、ん? そういえばここって……」
ふと思い出す。
このダンジョンは、俺が抜けてからとしては初めて『神の矛』が挑戦した場所だ。
ナイトテーブルで見た配信は、エンチャントが切れたことに気づかなかったグリード達が、100万人の視聴者の前で敗北を晒した。
現ドラゴニアのペインがいなければ、あいつらは確実に死んでいただろう。
余談だが、クエストのライブ配信––––ましてや護衛任務のライブなどカレンは絶対にしないらしい。
本人いわく「狙ってるかもしれない盗賊や闇ギルドに、陣形や位置、護衛戦力を教える愚行よ。あれはバカのすることね」と一蹴されていた。
「よーし入り口だ、道案内頼む」
「ほら見たことかバカアルス! わたしはフラグクラッシャーとして名高いのよ、さっきのフラグだって杞憂––––」
ミライが言いかけた時、ダンジョンの奥地から轟音が響いてきた。
ついでに、複数人の悲鳴も……。
「じゃあ自称フラグクラッシャーさん、戦闘準備よろ」
「……はい」
カレンは剣を、スンと引っ込んだミライは魔法杖を手に取った。
俺は牽引していた武器用カゴに掛かっていた防水シートを、バッと剥がす。