第61話・超高難度クエストならこれくらいは準備するだろう
––––王立魔法学園 生徒会室。
「やぁやぁやぁー! おっはよ〜う!」
土曜日の朝。
元気いっぱいに入室した生徒会会計 アリサ・イリインスキーは、部屋の最奥めがけて声を掛ける。
「おはようアリサっち、今日も元気ね」
会長用の椅子に座って仕事していたのは、生徒会副会長を務めるユリアだ。
チラリとアリサを伺った彼女は、またすぐ書類に目を移す。
「あれ、アルスくんとミライさん……いないんだ」
「今日は用事で2人共休み、仕事はわたしたちでやるわよ」
カバンをソファーに放り投げながら、アリサは近づく。
「オッケーオッケー……そうだユリア、会長と組んだドラゴニアとの試合見たよぉ! マジでかっこよかったねー! 勝利のご褒美にナデナデしてあげる〜」
「いらない」
「えぇ〜ケチー……! 休日の朝にわざわざ来たんだからユリ成分補充させてよぉ」
「そんな成分ないわよ、ほら……夏季生徒会の備品申請について会長からお願いされてるし、アリサっちも手伝––––ひゃあぁ!?」
いつの間にか背後へ立ったアリサが、ユリアの耳をパクッと咥えたのだ。
しばらくハムハムされた後、ようやく解放される。
「ユリ成分補充完了♪、ごちそうさま。耳弱いのは相変わらずだね〜」
「ッ……」
ブルブルと震えた後、ユリアは力任せにハンコを書類へ叩きつける。
目の前の仕事はこれでいい、ついでとばかりに席を立ち、ヘラヘラ顔のアリサへ軽めの腹パンをお見舞いした。
「おぶっ」
油断していたのだろう、お腹はとても柔らかかった。
悶絶する彼女を尻目に、すぐ座って書類作業に戻る。
「ゆ、ユリっていつもすぐ殴るよね……」
腹部をさすりながら、抗議の目を向けてきた。
「大丈夫よ、生徒会じゃアリサしか殴らないって決めてるから。それより会計さん、備品リストのチェックをお願い」
「ヘーい」
紙を受け取ったアリサは、銀髪を振りながら椅子に座り––––
「ん? んん〜っ……!?」
思わず目を丸くした。
今月分の生徒会必要備品をまとめた紙だが、備品項目の欄が目一杯埋まっている。
「これ……全部会長––––アルスくんが申請したの?」
「そうよ、もう今日から取り寄せて使ってるみたい」
「いやいや……これ戦争でもするの? こんなんラインメタル特別顧問が許可しないんじゃない!?」
ペンをアゴに当てながら、ユリアは背もたれへ体重を掛けた。
「……だと思うでしょ?」
◆
「マジかアルス兄……、いやマジか……」
市街地からいくらか離れた草原、待ち合わせ場所へやって来たカレンは開口一番でドン引きしていた。
ボットのように何度も「マジか」と繰り返す彼女が、ゆっくりこちらへ近づき––––
「何これ?」
物体を見下ろした。
「なにって、“ケッテンクラート”だよ」
「ケッ……は? なにそれ名前?」
木陰に停められているのは、わりと大きな鉄の塊––––正確には乗り物だ。
前半分がバイクみたいな1輪、後部が戦車のような履帯で構成されている。
バイクと装甲輸送車の合体版と想像すればいいだろう。
「動くの……? これ」
荷物積載スペースには、予備燃料タンクと戦闘糧食、ファーストエイドがてんこ盛りに搭載済み。
「うん、使用許可証とマニュアルはバッチリだし気にすんな」
「いや、そこじゃなくって……。まずケッテンクラートって何?」
「ケッテンクラートは、新大陸由来の輸送車両だ。重そうだけどこう見えて最高速度が70キロも出るし、巡航でも40キロは出るからだいぶ楽できると思うぞ」
キーを回し、エンジンスタート。
派手な騒音が響き渡った。
本体のトランク部分に加え、今回は牽引できるカゴも車に繋がった状態。
そっちには武器弾薬を色々積んでいる。
「信じられない……、ギルドのクエストに軍用車両で来たヤツはアルス兄が初めてだよ……」
「? 俺としてはこれでも足りないくらいだが」
「いや、ガチ勢も裸足で逃げ出すレベルだって……それになに、その格好」
カレンが指差してきたのは、俺が着ている服だった。
「なんで迷彩服なん? 首元から足先までガチガチじゃん。どこへ戦いに行くの?」
「いやいや、森林迷宮抜けるんだしこんぐらいはいるって特別顧問に言われたんだよ。むしろなんでお前スカートなの? いつもそれ?」
「いつもこれだよ! ってかおかしいのはアルス兄の方! 元冒険者なら……なんかもっとそれっぽい格好しろ!!」
「えぇ……そんなにおかしい?」
今回俺は、会長権限をフルに使った装備で来ていた。
森林迷彩服にナイフ、革ポーチ、前述のケッテンクラート、さらには銃を数種類……。
申請作業は面倒だったが、自分やみんなの命を守るためなら安いものだと思っている。
「あぁーもうダメダメ、属性多すぎてツッコミが追いつかない。もういいや––––それでミライ姉はまだ来てないの?」
「もう来る頃だと思うが……ほら、噂をすればなんとやら」
魔法杖にまたがって人が空中を飛んでくる。
「良かった、マトモなミライ姉を見て口直ししよっと……」
人のことを口汚し呼ばわりである。
稜線を越えて姿を現したミライの格好は、非常にシンプルだ。
上から真っ白なシャツに紺色のクオーターパンツ……黒のハイソックス、いや待て、あの服装って––––
「お待たせ〜アルス、カレンちゃん。じゃあ行……アダァっ!?」
全力でミライの頭を引っ叩いた。
「おまっ! なんで体操服なんだよッ!!」
「イッタァァアア!! なんでいきなり殴んのよバカアルス!!」
「バカはお前だバーカっ! 活動しやすい服装でって言っただろうが!」
「いやしてきたじゃん! 家にある中で一番“動きやすい服”がこれだったんだって! っつーか迷彩服に言われたくないんですけど!?」
ふと横を見れば、全ての思考を放棄したカレンがもうケッテンクラートの後部に無言で座り込んでいる。
紅色の瞳は虚空を見つめていた。
「大丈夫よカレン……。わたしはマトモ、あいつらが変なだけ……、これがあるべき冒険者の姿だから……」
こうして、俺たちの常識破り?な【アルテマ・クエスト】が始まった。
カレン=上級冒険者装備。
ミライ=体育or運動会。
アルス=会長専用チート装備。