第59話・わたし達はただ、努力も苦労もしなかった連中がどうするか見たいだけ
古びたコンクリート造りの家屋、誰も立ち入らなくなった森林の奥地に立つそこへ、20代と思しき女魔導士が近づく。
彼女の名は“ミリア”、冒険者ギルド『神の矛』でヴィザード職を担う大魔導士。
いや、大魔導士”だった“と言う方が正しいだろう……。
「ここね……」
湿った石床を踏みしめる彼女は、かつて上位の魔人級魔導士だったが、今は最底辺のヒューマン級判定である。
数ヶ月前まで栄光を満喫していたミリアの顔は、今や憎悪と怒り、嫉妬に満ちている。
「ずいぶんとシケた顔、レディを名乗るならもう少し取り繕えないの?」
唐突に正面から響く幼なげな声。
「誰っ!?」
慌てて見渡すが、ミリアの周りに人影はない。
すかさずサーチ系の魔法を使おうとするも、発動まで10秒以上掛かってしまうことを思い出す。
「驚かせてゴメンなさい、こっちよ」
振り返れば、いつの間にか背後へ少女が立っていた。
さっきは前から声が聞こえたのに、どうやって後ろへ……。
わかるのは、眼前に立つ灰髪の子供が圧倒的な格上だということ。
そして、今回行う取引の相手だということだけ……。
「いらっしゃいミリアさん、竜王級にキャリーしてもらって謳歌した最強が忘れられなかった?」
「喧嘩を売ってるのかしら……っ? こっちはあなた達『ルールブレイカー』が指定した山奥までわざわざ歩いてきたのよ」
「アッハハ! ごめんあそばせ、でも事実でしょ? 過去が忘れられなかったら“こんなの”欲しがらないわよねぇ」
魔法使い然とした格好の少女がマントの内側から出したのは、一見なんの変哲もない石。
だが、ミリアにとっては宝石以上に魅力的だった。
「どこの誰でも、偉大な魔導士になれる力を与えし人工宝具––––『フェイカー』。王国はこれを使った人間を“魔導士モドキ”と呼んでいる……効果はもちろん知ってるわよね?」
不敵な笑みを溢す少女。
ミリアは砂のような唾をゴクリと飲んだ。
「瀕死の魔導士から能力を奪い取り、身につけた者へ貸し与える宝具……っとだけ知っているわ」
「––––概ね正解、三大闇ギルドの一角であるわたしたち『ルールブレイカー』は、これを大量に売って独自の市場を作り上げようとしてるってわけよ、まだ実験段階なんだけどね」
「じゃあわたしは––––」
「あなたは膨大な応募者から抽選で当たっただけ、今のあなたより優秀な魔導士なんて他にいくらでもいるわ」
いちいち癪に触る言い方は憤りが積もるも、ミリアではどうしようもない。
目の前の売人に逆らったところで、勝てるわけもないのだから。
「その『フェイカー』には……、誰の能力が入っているの?」
「こーれーはーねぇ、前に病死した老齢の魔人級魔導士から盗ったヤツ。本当なら金額にして4億レルナはくだらないところだけど––––––」
追加の『フェイカー』を取り出し、少女は3個を空中に浮遊させる。
そして嘲笑しながら続けた。
「大賢者の娘でありながらおんぶに抱っこ、努力嫌いのあなたには無料であげちゃう。お仲間のグリードくんとラントくんだっけ、その子達の分も」
「請求するのはお金じゃないってわけね……」
「えぇ、我々はなんの努力も苦労もしてこなかったゴミクズが、それに頼ってどうするかが見たいだけよ♪。元の素材が弱ければ弱いほどよりセールスポイントになるし」
全く言い返せなかった。
だが芽生えるのは怒りだけじゃない、自分たちを放り竜王級として王立魔法学園へ華々しく入学。
あまつさえ生徒会長となり、かのランキング1位である『ドラゴニア』すら倒して見せたあの男。
アルス・イージスフォードへの嫉妬と妬みだ。
ヤツが憎い、恨めしい……ッ!
なぜあんな荷物持ちだったゴミクズが、わたし達を差し置いてホワイトライフを謳歌しているのだ。
絶対に、断じて許せるものじゃない……ッ!!
それはわたし達『神の矛』が手に入れるはずだった幸せだ!
「あっ、あとそれを上げるもう1つの条件、むしろこっちが本命ね」
灰髪の少女は、『フェイカー』をミリアに渡しながら微笑んだ。
「噂に名高い竜王級魔導士……、ヤツの能力を奪い、わたしの前に持って来なさい」
「っ……わかったわ」
偽りの宝具を持って、ミリアは出口へ向かう。
すれ違った次の瞬間には、少女の姿などどこにも無かった。
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