第57話・図らずもわからせ展開になってしまった……
膝からペタリと崩れ落ちたカレンは、剣と一緒に長い髪先を地面につける。
『蒼焔竜の衣』が解除され、周囲の気温も下がっていく……。
「俺たちの勝ちだな、カレン」
「ッ……!」
遠慮なく勝利宣言をさせていただいた。
俯いたまま、彼女は吐き出すように呻く。
「なんで……、こっちの攻撃タイミングがわかってたの?」
やはりそのことか、まぁ普通気になるよな。
俺は人差し指をまっすぐ空へ立てた。
「上だよ」
「うえ……?」
見上げた俺とカレンの瞳に、モニター付きの飛行船が映った。
今は速報テロップだけを流すそれを見た彼女は、ハッとして、一呼吸置いた次にワナワナと震え出す。
「はっ……? え、まさ、か……」
どうやら気づいたらしい、ギッと力のこもった目で俺を睨みつけてくる。
「飛行船の……、空撮モニター…………っ! ずっとそれを見てこっちの魔法攻撃を回避してたの!?」
「正解、お前らみたいにカメラで撮られ慣れた人間って、もはやそれが“当たり前“〜みたいな空気あるじゃん? 証拠に最初飛行船の中継もやめさせなかったし」
魔法のように見えて、そんな高尚なものではない。
種さえわかればマジックより簡単だ。
「お前ら強いけどいちいち魔法が派手だからな、ほんの少しラグがあっても攻撃タイミングくらいなら全然読めたよ」
戦闘中ずっと闇雲に走り回っていたのではなく、俺はずっと飛行船のモニター側をグルグル回っていた。
メディア露出を意識するカレンたちが相手だからこそできた芸当、言ったら裏技である。
「ぁ……、アルス兄ズルいっ! ズルズルズルズルッ!! そんなのノーカンよノーカン!! 認めない認めない! 絶対に認めないんだからッ!!」
涙で顔を泣き晴らし、頬を真っ赤にして叫んだカレンはどうも負けが受け入れられない様子。
いやお子様か! いや訂正、こいつ14歳のお子様だったわ……。
そこへ、宝具を収納したユリアが無言で近づいた。
「んむっ!?」
唐突にカレンのアゴを持ち上げ、ユリアはそのまま彼女の口へ指先を入れて黙らせる。
「いけませんよカレンさん♪、貴女は会長––––いや。お兄さんに負けたのですから、そんな口の聞き方はダメですよねぇ」
「むぐっ……、んうぅ」
「綺麗な歯ですねぇ、わたしを騙そうとした良い子の義妹ちゃんなら、ちゃーんとこのお口で『参りました』が言えますよね〜」
あっ、ユリアのやつ……行きのバスで義妹モードに騙されたのを思いっきり根に持ってたな。
わざわざ口に指突っ込んで黙らせやがった。
「ゆ、ぃユリアねえしゃん……ごむぇんなさい」
「わたしじゃなくて、貴女がぶん殴る宣言した会長に言ってくださいね」
怖っ……。
ユリアの指先が離れると、唾液が口から糸を引いて落ちる。
「い、イキってごめんなさい……アルス兄さん。参りました」
図らずもわからせ展開になってしまった。
んー……でも反抗期で言動かなり酷かったし、これで少し落ち着いてくれるなら結果的にはいいか。
「悪いな、会長さんに副会長さん。付き合ってもらってよ……正直舐めてたわ」
弓を担いだペインが、俺たちの方へ歩み寄る。
「もったいねぇな、その強さなら十分ウチでやってけるぜ。ドラゴニアは『神の矛』と違う、今からでも入らねえか?」
「ありがとうペインさん……、誘いは嬉しいけど俺は学園の生徒会長だ。立場と責任ある人間として離れることはできない」
「そうか––––わかった。でも困ったらいつでも頼ってくれな」
「あぁ、その時はまた!」
我ながら面の皮が厚い。
もっともらしいことを言ってみたが、実際はせっかく手に入れた生徒会長という役職を手放したくないだけである。
いやだってそうだろう、こちとらブラックギルドを辞めて、公式戦でユリアに勝って、死にものぐるいに選挙を制したのだ。
今さら冒険者に戻る気なぞ、サラッサラない。
けど、『ドラゴニア』との伝手ができたのは思わぬ収穫と言っていいだろう。
「あぁそうだ……」
膨れっ面のカレンを起こしたペインは、思い出したように言った。
「なぁカレン、こいつらとなら行けるんじゃないか? 先日届いたはいいが––––誰も手をつけたがらなくて封印されかけの王国特別危険指定クエスト、【アルテマ・クエスト】を!」