第56話・主人公みたいに最強な人たちへ勝つ方法
『イグニール・ヘックスグリッド』はおかしいぐらいに硬い、ユリアの攻撃が防がれた時点でそれはよくわかった。でも決して無敵じゃない……。
使用者が人間である以上、そこには必ず突破口が存在する。
「ユリア、俺との公式戦で使ったヤツ……お前にはあれを撃ってほしい。できるか?」
「特大魔法ですか……!? まぁたしかにあれなら通じるかもしれませんが……、魔力を溜めている間は隙だらけですよ」
考えはごもっともだ。
しかし、1つだけ試す価値のある可能性があった。
「カレンもペインも、どうも俺に執着している節がある。なんとかこっちで引きつければチャージの時間程度は稼げる……かもしれない」
「かもって……! そんな危険な役会長には––––」
言いかけた俺たちの間を、さっきの蛇みたいな焔が叩きつけられる。
「ほら時間ないぞ! そっちは任せる!」
「っ……!! あぁーもう仕方ないですね! 無傷でやり過ごしてくださいよ!!」
一瞬当惑の色を示したユリアだが、諦めたように空中へ飛んだ。
気づけば陽炎がすぐ目の前まで来ている。
「もう諦めていいよぉアルス兄、今なら腹パン3回で勘弁してあげるからさ」
「はっ! 勘違いすんじゃねえよカレン。熱気に浮かれた14歳にわからせるのはこっちだ」
「っ! アルス兄のその態度ほんっっっとウザイ! もういい!! 今すぐ殺す」
さーて……、試してみるか!
「そらっ!」
目前まで迫り剣を振るカレンへ、俺は水属性魔法を勢いよく発射した。
相変わらずの高圧放水だが、やはり焔の壁に遮られる。
だがそれでいい。
「プヒャッ!?」
「うおッ!!」
相手コンビがのけぞった。
大量の水が瞬時に蒸発して、周囲を覆い隠すほどの水蒸気が発生したのだ。
隙をついて、俺は一気に真横の細道へ駆ける。
その様子を中継しようと、モニター飛行船も移動を始めた。
「ふっざけんなアルス兄っ!! とっととぶん殴られろ! 逃げんなァッ!!」
「おいカレン! 副会長さんの方はいいのか!?」
「アルス兄さえ倒せれば実質勝ちなんだからっ! サッサと追うわよペイン!」
荒ぶる熱気が、背後より迫る。
この辺りの区画は、全域に渡って『ドラゴニア』の魔導士たちが防御魔法を張っているので人的被害は心配しなくていい。
だからこそ、きっとカレンは路地をぶち抜いてでも俺を仕留めようとするはずだ。
すぐに上を見る。
「今っ!」
靴裏でブレーキを掛けた。
とんでもない急制動に、纏っていた金色のオーラも前のめりになる。
ほぼ同時––––眼前を建物ごと蒼い焔がぶち抜いた。
「外した!? なんで……!!」
目を丸くするカレンを尻目に、俺はさらに別の路地を高速で走り抜ける。
再び大通りに出た。
「よっ!」
角を曲がった瞬間、今度は前方へ思い切り幅跳び。
『身体能力強化』のおかげで、十分な距離を跳躍する。
案の定、俺がそのまま走っていたら直撃したであろう場所へ炸裂矢が降り注いだ。
離れた屋根の上で、ペインが驚愕の表情を浮かべているのが見える。
ありえない、なぜ攻撃タイミングがバレている、2人共同じ考えだろう。
「だあぁぁああッ!!!」
家屋をぶち破って、再びカレンが攻撃を仕掛けてきた。
さっきと同様にヒョイっとかわし、俺は切り返しながら正対する。
「ッ……! なんでこっちの攻撃が読めてんのよ! わたしはアルス兄の進路を予測してキメ撃ちしてたんだけど!」
「予測を予測した……って言って、納得してくれるのか?」
「ハッタリかますなッ!! ちょこまか動いてホントうざい……!!」
追いついてきたペインが、彼女の横へ並ぶ。
剣と弓を向けられた俺は……。
「––––残念、時間切れだ」
真横へ本気で飛び退く。
後ろを見れば、蒼天と重なるようにして巨大な魔法陣が浮かんでいた。
尋常じゃないエネルギー量が一箇所に集まっている。
「解放しろっ! ユリアッ!!」
「はい! ……特大魔法、星凱亜––––『太陽神越陣』!!!」
かつての公式戦で、俺へ向かって放たれた最強の魔法がカレンたちへ巨大な火球として突っ込んでいく。
「ありゃヤバいぞ……っ!! カレンッ!!!」
「わかってるわよッ!!」
思わず汗を垂らす2人。
腕を振ったカレンの正面に、六角形の焔が積み重なった。
「『イグニール・ヘックスグリッド』!!!」
最大規模の魔法による押し合いが展開される。
ユリアの特大魔法を、カレンはギリギリで受け止めていた。
「ぐっぬぬ……あぁ、ペインッ!! 手伝えェッ!!!!」
彼女の叫びに応じる形で、弓を投げ捨てたペインが彼女の肩を支える。
なんと、彼が魔力を注ぎ込むことで焔の防壁が強化されていったのだ。
「俺たちは絶対に負けねぇッ!! 踏ん張れカレンッ!!!」
「だあぁぁアアアアアァァァアア––––––––––––––––––ッッッ!!!」
まさしく物語の主人公がごとく、あの『太陽神越陣』を斜めに弾き飛ばした。
上空で大爆発が起こる。
「やった……っ! 防いだ––––」
歓喜の顔を浮かべたカレンは、まもなく視界に青い絶望を捉えるだろう。
「ずっと待ってた、お前ら2人が合わせ技を使うこの瞬間をな……っ!」
2人の正面へ跳躍した俺を、青い魔力が覆った。
『身体能力強化』に、『魔法能力強化』を重ね掛けした時だけ現れる最強の決戦形態––––、
『身体・魔法能力極限化』を発動したのだ。
「砕っっけろおぉォッ!!!」
振り下ろしたスコップの一撃が、『イグニール・ヘックスグリッド』を一刀両断––––文字通り断割せしめる。
2人分の魔法力で強化された六角形の集合体たる焔が、真っ二つに裂けて消滅した。
「逃げろッ!! カレン!!!」
もう遅いっ!
こっちはずっと、ずっと狙っていたのだ。
後衛として万能を誇るマスター・アーチャー職のペインが、弓を手から離したこの時をッ!
いくら防壁だけ突破しても、矢で射抜かれれば何も意味はないからだ。
「いい気に––––なんなァッ!!!」
カレンが斬撃を横一閃に放つ。
しかし溶断されたのは、直前で上へ放り投げたスコップの方だ。
「囮っ!!?」
一気に肉薄し、俺は低い体勢で拳を握った。
そして、一気に振り上げる。
「ムグッ……!! んぅっ!?」
カレンの腹部へ、打ち上げるようにして男女平等パンチを叩き込んだ。
彼女の身体から衝撃で蒼い焔が四散する。
「カレン–––––、ッ!?」
超高速で突っ込んできたユリアが、二刀短剣モードにした宝具をペインの首へ突きつける。
「ゲホッ……! まさか……」
「王国1位の俺たちが…………負けた?」
カレンとペインは、同時にその場で脱力して崩れ落ちた。
区画中をつんざくようにして、大番狂わせに歓喜した都民の歓声が響く。
上空の飛行船が空撮から一転––––、
【魔法学園生徒会の勝利】、という速報テロップを映し出していた。




