第52話・そのご都合的な印象作りは俺がぶっ壊す
「なんで制服なのよ……」
支度をしてナイトテーブルから出た俺は、表で待っていたカレンのなにそれみたいな視線をくらった。
「私服どうしたの」という彼女の問いに、こちらは左袖の校章ワッペンを見せつける。
「王立魔法学園の生徒会長は、外出時も極力制服であるべしって創設時から決まってるんだよ。保守的だよな」
「なにそれ面倒……、だったらいつ私服着るの?」
「別に部屋着だけでいいだろ、服とか1シーズンに1回買ってずっとそれ着るんだし。俺は特に気にしてないな」
「うーわキッツ……、わたしは生徒会長無理だわ」
さっそく歩き出す。
カレンの所属するギルドは、途中バスを使って15分くらいとのこと。
王都はとても広いので、歩きオンリーだとさらに掛かってしまう。
何より……。
「暑いな……」
夏の日差しが石畳をジリジリと照りつける。
ただいまの気温は摂氏34度、真夏の移動はそれだけで命を消耗すると言っていい。
「そういえば––––」
汗を全くかいていないカレンが、唐突に言い出す。
ヘソだしの半袖にショートパンツという格好もあるのだろうが、炎属性魔法使いはこういうときうらやましい。
「ミライ姉の誕生日もうすぐだよね?」
「あぁ〜、そういえばそうだったかも」
「親友の誕生日くらい覚えなよ……ズボラすぎ」
「うっせぇ、暑さでド忘れしただけだ。それよりどうした……お前が人の誕生日気にするなんて」
「他人に関心がないみたいに言わないでくれる? 家族以外にはちゃんと誕生日祝ってるから」
「いやマスターとか家族も祝ってやれよ」
俺の返答をツンと無視したカレンは、そのまま話を続ける。
「クソキモミリヲタのアルス兄は興味ないかもだけど、魔導具なんて上げたら喜ぶかな。裏通りに個性的な店見つけたし」
アイツが喜ぶのは人気レイヤーとの写真とかだぞ、きっと……。
なんて言えるわけもなく、その後も歩いてようやく俺たちはバスに乗った。
人は1人しかいない、みんな暑さで家にこもっているのだろう。
席に座って一息つこうとしたとき、その1人が見慣れた髪色の女子であることに気づく。
肩に被さるショートヘアの金髪を片方だけシュシュで括り、俺と同じ王立魔法学園の制服を着た少女。
「えっ、ユリア?」
「はっ、え!? 会長!?」
タブレットに目を落としていた彼女は、碧眼を見開きながら顔を上げた。
「奇遇ですね……、お出かけですか?」
「あぁ、予定なかったからちょっと用事にな」
「そうですか、ところで……そちらの可愛らしいお方は会長のご友人ですか?」
俺の後ろへ隠れるようにしていたカレンが、パッと前に出る。
そして、おそろしく整ったお辞儀をした。
「初めまして、アルス兄……コホン。イージスフォード会長の義妹にあたるカレン・ポーツマスです」
あっ、こいつ義妹モード発動しやがった。
さっきまでの刺々しい態度が一転、化けの皮をかぶった品行方正な雰囲気で顔を上げる。
「へぇ……会長に妹さんなんていらっしゃったんですね、わたしは生徒会副会長のユリア・フォン・ブラウンシュヴァイク・エーベルハルトです」
「なっが……! あっ、すみません!」
「構いません、実際長いですし。略していただいて結構ですよ」
「じゃあユリア姉さんで!」
「ユリア姉さん……っ」
カレンの答えに、なんというかまんざらでもない顔をしている。
思えばユリアは末っ子だとか言ってたな、無意識に妹を求めている節があるのやもしれん。
じゃあ––––
カチッ。
バッグからタブレットを取り出し、スイッチを入れた。
なら俺はそのご都合的な印象をぶっ壊す。
『サッサと飲んで、ゴタゴタ言うならわたしがカップごと燃やすっ』
今朝、それもさっきまでマスターに浴びせていた乱暴なカレンの声が再生される。
見てわかるレベルで、カレンから血の気がサーッと失せていった。
ヒクヒクと引き攣った顔が、俺をギッと睨んで掴みかかってくる。
「ばっ! ふざけんなアルス兄っ! なに録音してんの!? ありえないし! 副会長に妹キャラで浸透するわたしの将来設計ぶっ壊さないでくれる!?」
「自業自得だ、これに懲りたならその乱暴な口調を改めるんだな」
「誰の権利で!!」
「一応マスターには許可取ってるし」
「あんのクソ兄貴ぃッ!!」
一方のユリアはというと、ニコニコした表情を一切崩していない。
これあれだ……、どうやって後で思い知らせてやろうかと考えてるパターン。
まぁとりあえずカレンの狡猾なイメージ作りを阻止できたので、俺は満足だ。
そうこうしている内に、バスは目的地へ到着。
逃げるように先行したカレンに続き。俺たちは金を払って降りる。
「ん? ユリアもここで降りるのか?」
「えぇ、まだ時間もありますし会長にお供させてください。ところで––––どちらへ行かれる予定だったんですか?」
言われてみればそうだ。
このバス停周辺は、超強豪ギルドの集合地で名高いエリア。
全盛期だった『神の矛』も、俺が離脱しなければここにギルドを新設する予定だった。
なんつーか、建物に掛かってる金が圧倒的に違う。
「えっと、俺はカレンの所属するギルドを見に行こうと思っててな。こいつ冒険者なんだ」
「そうだったんですか、タイムリーですね。わたしもさっき車内でギルド関連のニュースを見てたんですよ」
「へぇ、どんなニュースを?」
「1年間……王国ギルド・ランキング1位に君臨する、史上最強のギルドの特集ですね。名前は––––」
言いかけたユリアは、カレンが開けた巨大な門を見て立ち止まった。
カレンもまた、振り向きざまに俺たちへ凛々しい瞳を向ける。
「ようこそ、“わたしのギルド”へ。歓迎するわ––––王立魔法学園生徒会のツートップさん」
その声に、ユリアが表情を強張らせながら口開く。
「巡り合わせというのは怖いですね、まさにここです……国内外が認める史上最強、王国ギルド・ランキング堂々の1位––––冒険者ギルド『ドラゴニア』……!」