第487話・ユリアVS天界参謀スティンガー
「貴方を倒して、これから湧くであろう傲慢クソ野郎の量産を––––止めさせてもらいます!」
彼女にしては珍しい、憤った乱暴な口調。
アルスと初めて出会ったコミフェスから始まり、これまで散々魔導士モドキに好き放題された恨みが、今ここで爆発したのだ。
床を蹴ったユリアは、宝具をすぐさま2刀短剣モードに移行。
神速の動きで、まずフェイカーを生み出し続ける異形を斬り伏せようとして––––
「天才か……、なるほど。確かに絶対的な自信があるようで」
「ッ!!」
繭まであとほんの僅かまで近づいたユリアだが、飛び退くように後方へ下がった。
勘か、経験、はたまた“恐怖”か……。
とにかく、彼女は攻撃の中止を即断した。
そして、その判断は正しかったと繭周辺の床が証明する。
––––ドゴォンッ––––!!!
直前までユリアのいた場所が、爆音と共に大きくへこんだ。
非常に硬い材質のそれが、粘土のように潰れてしまっている。
空中を高速で機動したユリアは、スティンガーを見下ろす。
「重力操作……!?」
「良い推察だお嬢ちゃん、まぁ正確には––––指定した位置へ大量の神力粒子を集めて、目に見えない質量鉄球を作ってるだけだがね」
スティンガーが指を振る。
音も光も発さない“数十トンの鉄球”が、ユリア目掛けて飛翔した。
「『高速化魔法』!!」
壁を蹴ったユリアは、飛翔魔法へさらに上書きして速度を増す。
精神を研ぎ澄ませた彼女は、目に見えない攻撃を次々に回避。
流星のごとく尾を引き、身体を捻りながら回避して突っ込む。
振られた剣先が、スティンガーへ命中したと思った矢先––––
「面白い子だ、本当に神力を探知できるんだね」
鉄も斬り裂く一撃は、やはり見えない触手に弾かれてしまう。
一歩下がったユリアは、宝具を構え直した。
「だが、あくまでそれだけだ。竜王級のように攻撃へ転用することはできない、––––それでも天才なのには違いないが」
「お褒めに預かり光栄です、ではこちらも1つ。貴方のそれ、確かに面白い技ですが……ただ面白いだけです」
「ほう?」
「それだけ膨大な神力を使い続けるのは、大天使級でもなければ厳しいはずです。神力を使うには信仰心とやらがいるのでしょう? 所詮貴方は策謀家……小細工でわたしは倒せません」
行動は言うよりも早かった。
ユリアは先程の数倍はあろうスピードで接近すると、スティンガーの胸部を剣で突き刺した。
「ぐがっ……!?」
「まぁ、エネルギー切れを待つ必要もありませんね。所詮は大天使アグニの傀儡……こんなものでしょう」
追撃は続いた。
胸部をなぞりながら引き裂き、肋骨を勢いのまま粉砕。
引き抜かれた剣は、防御させる暇もなく鮮やかに右腕を斬り飛ばした。
2刀短剣という圧倒的な手数をもって、スティンガーの四肢へ壊滅的なダメージを与えていく。
そこに一切の慈悲は無く、あるのはただ最愛の人を殺されかけたという“憎悪”のみ。
文字通り、天界人への特攻キラーと化したユリアがそこにいた。
「これで終わりです」
ボロボロになった天使の首を掴み、無理矢理立たせる。
宝具を魔法杖へ変更すると、先端を腹部へ押し付けた。
「星凱亜––––『火星獣砲』」
数日間行われた森林ダンジョンでの修行は、ユリアを根本から強化していた。
以前よりも遥かにパワーアップした魔法が、極熱のレーザーとしてスティンガーを貫く。
「っ………………」
右手で掴んだボロ雑巾に、ユリアは冷酷な笑みを浮かべた。
「わたしの会長に手を出して、無事に生きれるわけが無いじゃないですか。本当に天使というのは愚か極まりますね。ウジ虫のように地面へ這いつくばるのがお似合いですよ」
焦げたスティンガーを放り捨て、繭へ向け正対。
相手を完膚なきまでに打ちのめし、再起不能にする。
ミライを始めとして、数多の人間にトラウマを与えて来たユリアの戦闘は、“通常の相手”であれば勝てる者などいない。
「さて、これでフェイカーはもう作られません。繭を破壊して––––終わりです」
背後に倒れるスティンガーから、ドンドン感じられる神力が小さくなっていく。
やがて消えかけの蝋燭に等しい灯火となり、看取ろうとした瞬間、
「……」
無言で振り向く。
そこには、ビクビクと不気味に痙攣するスティンガーの体があった。
「主は災禍を鎮めん……」
白目を剥いた天使が、空中に浮遊する。
「主は最果てより至らん……」
ユリアの目に信じられない光景が映った。
脱力しながら浮かぶスティンガーの背中へ、無数の半透明なパイプが接続されていたのだ。
「クリアランス・コード承認……、『エンジェル機関』からのバイパスを接続。エネルギー供給を開始」
消えかけだった灯火が、太陽のように膨れ上がった。




