第43話・惨めな日陰物だったからこそ至れる境地がある
わたし、ユリア・フォン・ブラウンシュヴァイク・エーベルハルトは、物心ついてからどんな相手にも負けたことがない。
それがたとえ近所のガキ大将だろうと。
上級生の秀才だろうと。
ギルド・ランキング上位の魔導士だろうと。
––––王国一の大賢者だろうと。
「アルス・イージスフォード!! 貴方が本物の竜王級だというなら、わたしの全てを––––受け止めてみろッ!!」
声を枯らさんばかりに叫びながら、宝具『インフィニティー・オーダー』を魔法杖モードへ移行する。
こんなに追い詰められたのは、きっと生まれて初めてだ。
天才であるわたしが本気を出せば、勉学でも戦闘でも相手を完膚なきまでに屈服させてしまう。
そうやって今まで何人もの相手を挫かせ、心をへし折ってきた。
でもそれで良かった。
わたしという存在を知らしめられるなら、手段なんてどうでもいい。
勝つことで、打ち倒すことで世間がわたしを肯定してくれる気がしたからだ。
それこそが天才に与えられた特権だと、わたしは信じてやまなかった。
「吹き荒べ嵐よ……掻き鳴らせ希望のラッパを、降臨せしは主なる光、最果ての地で日は昇らん––––」
雨雲から無数のイナビカリが走り、わたしへ直撃した。
エネルギーを吸収し、魔力がさらに底上げされる。
今から放つのは正真正銘全力の一撃、前は半分のパワーにもかかわらずミライ・ブラッドフォードさんを数日意識不明にしてしまった。
彼女は努力家だったけど、天才であるわたしにとっては障壁にすらならなかった。
けど、そんなわたしは今––––全身が震えるくらいに怯えている。
青色の魔力を纏った竜王級魔導士に……。
無敵を誇ったわたしの技がことごとく跳ね除けられ、遂には切り札の行使を強いられている。
あってはならない、そんなのはダメなんだ……っ!
天才のわたしが、“本気を出して”なお勝てないなど決して許されない。
努力だけでのし上がってきた泥臭いエンチャンターに、学園1位という––––わたしを肯定するための立場を、奪われるわけにはいかないんだッ!!
「特大魔法! 星凱亜––––『太陽神越陣』!!!」
分厚い雨雲が吹き飛び、巨大魔法陣からわたしは青空を背に全身全霊の一撃を放った。
◆
俺はなにも特別な存在ではない、それこそユリアのような天才とは程遠い。
けど、1人で強くなったという彼女とは––––決定的に違う要素がある。
「一瞬でも天才を上回れるなら、俺は持てる全部を捧げてやる」
それは、曲がりなりにも“他人に尽くした時間“だ。
生まれながらの天才? 勝って周囲をひざまずかせるのが処世術?
否だ! 俺はギルド時代自身の力をずっと他人へ与え続けてきた!
『神の矛』をランキング5位にまで押し上げ、ただの凡人クソ野郎を剣聖と謳われるまでに強くした!
ミジンコのように惨めで日陰物で、けどだからこそ俺はユリアという天才に今挑めている。
他人に尽くすことしかできないモブキャラだったから、至れる境地に達したのだ。
「『高速化魔法』!!『飛翔魔法』!!」
直上から迫った特大魔法へ、俺は正面から突っ込んだ。
やるのは正面突破ただ一つ! ヤツの想いと信念を穿ち、全てを貫く!
銃剣付きのライフルを前に突き出し、島すら消し飛びそうなエネルギーを中央から突き破っていった。
「ッ……!! はああぁぁあああぁぁぁぁ––––––––––ッッッ!!!」
さながらドラゴンが滝を登るようにして、俺はユリアの『太陽神越陣』をぶち破った。銃剣が溶け落ちる。
碧眼を見開き、こちらを呆然と見上げる彼女へ、太陽を背にKar98Kの銃口を向けた。
「終わりだ……!」
引き金をひくと、青い魔力でコーティングされた弾丸がユリアの胸元へ直撃した。
落下の衝撃で街が吹っ飛び、衝撃波が広がる。
大量の土煙が晴れていく……。
姿を現した巨大クレーターの中心では、宝具を手放し完全に気絶したユリアが横たわっていた。
破壊対象だった胸の魔石も砕け散り、粉々に割れている。
拡声器で公式担当官の声が響き渡った。
『ユリア・フォン・ブラウンシュヴァイク・エーベルハルト、魔石の破壊および意識喪失により完全な戦闘不能と判定! 本公式戦の勝負––––アルス・イージスフォードの勝利と認むっ!!』