第33話・ユリア・フォン・ブラウンシュヴァイク・エーベルハルト
「何しに来たって、随分な歓迎じゃない? ブラッドフォードさん」
「見下したような目で見ないで……! わたしはあの日の仕打ちを忘れたことなんかない」
「仕打ち? あぁ––––」
睨めつけるミライの体を舐めるように見たあと、ユリアはほくそ笑んだ。
「公式戦でわたしに手も足も出なかったこと? 決まった勝負の結果をいつまでも恨んでるようじゃ、上には登れないですよ」
ギッと歯ぎしりするミライ。
『公式戦』とは、この学園においてランキングを変動させる直接的な試合と聞いた。
魔法を使ったより実践的な試合を行い、勝った方はさらに高い評価を得られるという単純なもの。
問題は、ミライが目の前のユリアに負けているという俺も知らなかった事実だ。
彼女はたしかランキング8位、決して弱くはない。
「同学年なのに、いちいち会うたびこうして吠えられても困るのですけどね」
「だったら今度こそぶちのめしてあげるわよ! わたしにしたこと全部やり返してやるッ」
「学ばないのね。あんな未完成の飛翔魔法で挑んできた貴女のミスでしょ」
ユリアは腰に手を当て、笑みを崩さず言い放った。
「不慣れな空中戦で意気軒昂に挑みながら叩きのめされ、特大魔法を食らって地面に激突––––全身めり込んだまま無様に気絶したのも、自己責任じゃなくて?」
「ッ……!!!!」
机に置いてあった先端が鋭いペンを握るミライ。
慌てて止めようとしたが、間一髪理性が働いたのだろう……振り上げたペンを彼女はゆっくり下ろす。
うつむいていても、表情はよく見えた。
憤怒と悔しさ、憤りに満ちた顔で、目尻には涙さえ浮かんでいる。
「理性的な判断ですね、まぁ今日は貴女に用があって来たわけじゃないので」
数歩前進したユリアは、俺の前へやってきた。
席から立つと、身長の関係で俺が見下ろす形になるがそれでも……。
「メディア部の表はわたしも見ました、イージスフォードさんも生徒会長に立候補なさるんですね」
「まぁな」
ミライより小さな体でも、少し子供っぽい童顔でも彼女は決して威厳を崩さない。
「学園内は裏ネットも含め、あなたの話題で持ちきりですよ。コミックフェスタで大勢の人間を救い、テロリストを倒したのですから当然の評価でしょう。きっと票も集まりますね」
「前置きはいいよ、本題を話そうぜ」
こういう貴族然としたヤツは、やたら前置きが長い。
『神の矛』時代、当時絶好調だったグリードの荷物持ちとして大金持ちの屋敷に行った際、俺が感じたことだ。
「では単刀直入に言いましょう、イージスフォードさん」
今の今まで保たれてきたユリアの笑みが、ここに来てフッと消えた。
「公式戦すら経験したことがない、ましてランキング圏外のあなたでは生徒会長なんて務まりません。今のこの騒ぎも一時の名声……来月には冷める生徒も多いでしょうし」
「ほぉ、そりゃご丁寧にどうも。ずいぶんご大層な実力主義思想だが、少々排他的じゃないか?」
「いえ、これは親切心ゆえの忠告です。生徒会長選は票集めもさることながら開票時のランキングも鍵となります。今から5位内に入るなんて天地がひっくり返っても無理です」
つまり、お前が恥をかく前に忠告してやるから辞退しろということか。
本当に、なんともホントに親切なことだ。
「へぇ、じゃあ」
俺はミライが持っていたペンを奪うと、行儀の悪さを承知でユリアへ先端を向けた。
「俺がお前をぶっ倒せばいい話だ、公式戦でな」
「バカバカしい……、それこそ非現実的ですよ。隣のブラッドフォードさんのように打ちのめされて終わりです。第一わたしが試合を受けるメリットが––––」
「あるさ」
俺はペンを下ろし、床の表を拾った。
「”竜王級魔導士“という数百年に一度の存在、もし勝てればランキング以上の名誉が手に入るかもだぜ?」
表情に一瞬の動揺が見える。
さぁ……乗ってこい!
お前のようなヤツほど、常人では計り知れない目標を持っていることが多い。
果てしない強さと、絶対的な立場を求めてな!
「……いいでしょう、それが大言壮語でないというのなら受けて立ちます。エーベルハルト家の、我が師の名誉に賭けて!」
背中を向け、教室を出ていくユリア。
空気が一気に弛緩するのがわかる。
見渡すと、他のクラスメイトたちがザワザワとこちらを伺っていた。
当然か……、なんたって学園最強のランキング1位様に宣戦布告しちまったんだから。
フゥッと息を吐き、俺はまだうつむくミライの背中を叩いた。
「購買行こうぜ、焼きそばパンくらい奢ってやる」
「––––ジュースも欲しい」
「はいよ」
2人で教室を出る。
この時、俺も含めて全員知る余地はなかった……この生徒会長選が、ユリアとの戦いが王立魔法学園史に残る一大決戦となるなど。
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