第256話・マスターキー
「アルスくんの魔力が消えたっ」
豪雨の中走っていたアリサは、息継ぎの合間に感じた異変を口へ出した。
隣を並走するミライが、思わず彼女へ向かって振り向く。
「消えた!? まさか死んだわけじゃあるまいし、どういうことよ」
「多分……転移魔法じゃないかな、どこかはわかんないけど……こっちの探知可能圏外へ飛んだ可能性が高いっぽい」
「フーン、じゃあアイツにとって“好都合”なんじゃない? なんかグリードとの戦いをわたしたちに見られたくなかったっぽいし」
「そだね、こっちはこっちで予定通りやろっか」
2人は特に気にする様子もなく、走り続けた。
当然地図も何もないわけだが、当てずっぽうで走っているわけではない。
ミライの右手には、道標となる光を放つ宝具が握られていた。
「その“謎のカギ”、ホントに信用して良いんだよね? ミライさん」
「さぁどうかしら、でもこうして道を示してくれてるってことは……きっと間違ってはないんだと思う。あの場でアリサちゃんの上司が嘘をつくメリットなんかないし」
古代帝国跡地から拾ったアーティファクトであるこのカギは、ついこの間まで埃をかぶっていた。
しかし大魔導フェスティバルで遭遇した、アリサが働くメイド喫茶の店長であるもう1人の大天使に言われ、この戦いへ持って来ていた。
真偽は不明。
ただ、持っていけば“良いこと”があると言われただけだ。
それでも、信じる価値はあった。
「はぁっ……、ここね」
光が指し示したのは、1つの倉庫らしき建物。
オシャレに装飾されているが、その2枚扉はガッチリ閉ざされていた。
「よっし!! 退いててミライさん! わたしがぶち破るよ!!」
魔力を解放したアリサが、必殺の滅軍戦技を放とうと振りかぶった––––
だが、
「待ってアリサちゃん!!」
「っとぉ!!?」
拳は寸前で止められる。
疑問の顔色と共に振り返ってくるアリサの隣を、ミライはカギを片手に進んだ。
「どうしたのミライさん?」
「いや、なんとなくなんだけど……この鍵穴。ここに入りそうじゃない?」
「へっ? 鍵穴?」
見れば、確かに鍵穴が空いている。
ミライがそこにアーティファクトを突っ込み、横へ捻る。
するとどういう訳か、ロックがアッサリ外れたではないか。
大扉は簡単に開き、倉庫への侵入に成功する。
「……入れたね」
「うん、ここ自体は何もないみたいだけど……見て」
「ん? あっ、地下っぽい場所への入り口がある。でもまたカギが掛かってるっぽいよ」
「……まさかこれも開けれるとか無いわよね?」
「さすがにそれは無理なんじゃない? どう見てもタイプが違うよ」
元スパイとして、鍵の情報にも多少精通しているアリサが否定した。
それでもまさかと思いつつ、今度はその床へ取り付けられた扉へ鍵を近づけると……。
––––ガチンッ––––!
「開いたし……」
もはや困惑混じりの声で、アリサが呟く。
どういう訳か、このアーティファクトは要塞内の全てのロックに有効であるようだった。
言うならば、マスターキーである。
「でもこれなら、いちいち扉を壊して魔力の消費をしないで済むわ。––––進みましょう」
ハシゴと階段を降りていく。
さらに進むとやがて無機質な通路へ繋がり、奥にはまたも扉が設置されていた。
光は––––その先を示している。
––––ガチンッ––––!
案の定、扉はアッサリ開いた。
しかしこれまでと違い驚いたのは、扉を開けた瞬間––––熱風が吹き込んできたことだった。
「あっつ!!」
そこは、まるで軍艦のボイラー室。
パイプが壁を伝い、中央には機関と思しき巨大な機械がそびえていた。
空間自体の広さも、かなりのものだった。
熱さに億劫としながらも、入室した2人は––––壁にあるのがパイプだけではないことに気づいた。
「うわっ、きっしょ……!!」
グロ耐性のあるアリサをもってしてそう言わしめたのは、壁に張り付く“無数の卵”だった。
半透明の卵は、全く同じ外見を持つ亜人の少女を内包している。
まさか、ここが––––
「ようこそ生徒会の双竜ッ!!! 我が至高の宮殿へ!!」
声は正面から響いてきた。
さっきまで無人だったはずの場所に、白衣姿の男が立っていたのだ。
ミライはその男を、初見だとは思わなかった。
「ルールブレイカーの天才科学者……ドクトリオン!」
「ふぅむう! 君に天才と呼ばれるとは無上の喜び! しかしおかしいですねぇ……ここへの道筋には33の物理的トラップと、44の魔法トラップ、そして3つの超々硬質防護エンチャント扉があったはずなのですが……」
心底不思議そうにしたドクトリオンは、ミライの手の中で光るカギを見つけた。
「……なるほど、“マスターキー”をお持ちでしたか。以前に厄介だからとグリードくんに奪っておくよう言っておいたんですがねぇ」
ドクトリオンはため息をつくと、「まぁ良いでしょう」と機関傍にあるコントロールパネルを操作した。
「ここはネロスフィアⅡの心臓部––––、この機関にそのマスターキーを突っ込まれると困るのですよ。双竜のお嬢さん方、どうかここはお帰りいただけはしないですかね?」
「へんっ! 冗談じゃない!!」
アリサの髪と瞳が、一瞬でワインより神々しい紫色へ輝いた。
まばたきする程の時間で、彼女はドクトリオン目掛けて突っ込んだ。
「お前ごとその装置も全部ぶっ壊して、儀式も何もかも止めてやる!!!」
戦車ですら宙に舞う威力のパンチが、ドクトリオンを直撃した。
轟音の後、パンチを打ち込んだアリサは……真っ青になっていた。
「さすが魔壊竜のパワー、予想していた理論値を大きく超えていますねぇ」
アリサ渾身の一撃は、身じろぎ1つしていないドクトリオンに片手で止められていた。
「これはガルガンティア充填までの、良い研究と暇つぶしになるでしょう––––ねぇ? ノイマン?」




