第246話・夜闇の待ち伏せ
時刻は夜の7時過ぎ。
雑踏のひしめく商業エリアを歩いていたカレンは、ふと見上げた時計に目をやって焦りの感情を抱いていた。
「やっば……、もう7時回ってんじゃん。夜に帰るって言ったのに余裕でオーバーしそう」
アルスの予想通り、彼女はギルドからの帰り道で見つけたオシャレな魔導具店へ寄り道して、想定以上に時間を食っていた。
ある意味いつも通りのことなのだが、いい加減グランを困らせるとアルスのイカヅチが飛んでくる。
「兄さん怒らせると怖いしなぁ……」
正直それだけは勘弁願いたいので、気は進まないが通常の帰り道を外れた。
人通りの多い道から逸れて、人気のない小道を早足で歩いていく。
もちろん彼女ほどの実力者なら、そこらの不良がタカって来ても軽く返り討ちにできる。
いや、不良どころか軍隊の大隊規模ですら殲滅してしまうだろう。
「よしっ、この調子なら15分くらいで着けそうね」
なんてことはない、これで遅かったと怒られずに済む。
誰もいない裏路地の広場に出た。
「えーっと……、確かこっちを右だったわね」
見渡すと、この広場は中心の噴水を含めてあらゆる場所が損壊していた。
何を隠そう……時は遡ってキール騒動の際、ここは戦場になったのだ。
政治将校ベアトリクスが、下水道から出てきたアリサを待ち伏せていたのがここなのである。
当時の戦闘の名残にカレンはあまり興味を示さず、進路を定めていく。
しかし、彼女はここで察するべきであった。
––––精鋭の政治将校が選んだこの広場は、待ち伏せポイントとして最適であるのだと。
「ッ……!」
進もうとした路地の先から、数本のナイフが飛んできた。
すかさず横へ飛んで回避したカレンは、反撃に火球を放り投げた。
弧を描いて着弾した魔法は、道を火で一瞬にして覆った。
カレンの攻撃を空中へジャンプすることで逃れた影は、彼女を飛び越えて崩壊した噴水へ着地した。
「やっぱ一撃必殺とはいかねぇか、さすがはギルドランキング1位だ。スカッド様がお認めになるだけある」
火の明かりで照らされた人物は、夜闇に溶け込む黒一色の服で固めた男。
名を、剣聖グリード・ランチェスターだった。
「またアンタ? 待ち伏せで飛び道具なんて、アルス兄さんが言ってた通り腐り切った剣聖ね。この前失敗したのにまだ懲りてないんだ?」
1ヶ月前のグリード&レイによるアルス襲撃は、カレンたちによって失敗している。
理由はもちろん、両者の実力差があり過ぎたからだ。
「剣でバカ正直に挑むだけが剣聖じゃねえ、俺みたいな天才は様々な手を凝らして獲物を討ち取るのさ」
「その生意気口調……小物臭が凄いのよね、だったら––––」
カレンの身体から蒼色の豪炎が溢れ出た。
火災旋風のように巻き上がったそれは、広場全域を照らし出す。
カレンが血界魔装に変身したのだ。
「もう一度わからせてあげるまでよ、今度こそボコボコにしてそのスカッドとかいう天使の下に送り返してやるわ」
「へっ、その件なんだがよ……お前にこないだ散々やられたウチのレイが心底お怒りでな、まずアルスを殺す前のウォーミングアップにお前を選んだんだ」
「このわたしをウォーミングアップですって? ウケる、アンタこの前なんにも出来なかったじゃん」
「あぁ、“この前“はな」
グリードが首から下げる石が、不気味に光った。
やはり『フェイカー』か、おそらく強力な能力だろうが関係ない。
力でゴリ押す!
「偽りの剣聖が! もうアルス兄さんには指一本近づけさせない!! 永遠の栄誉だなんていい加減諦めろ!」
地を蹴って突っ込んだカレンは、抜いた剣に灼熱の焔を具現化した。
「『イグニール・ソニックブラスト』!!!」
超高速で突っ込んだカレンは、剣を抜いて防御しようとするグリードを見る。
この実力差なら一撃で倒せる、間違いなく確信と自信があった。
しかしグリードの顔は––––子鹿が罠に掛かった瞬間の密猟者が如き笑みを浮かべていた。




