第137話・俺という個人が国家と戦う方法
汚職公安にキールの政治将校、そして本命のスパイ……。
これらの事実を暴いた俺は、まず1つの結論を早々に出した。
––––個人でどうこうのレベルではない。
相手が公的機関や、まして国家など常人では泣き寝入り不可避。
たとえ古の魔王だろうが勝てないだろう。
けれど、それは脳筋スタイルで正面から突っ込んだ場合の話だ。
俺はこれまでの人生経験から、即座に対キール特化戦略を打ち立てていた。
「話は伺っております、どうぞ中へ」
アサルトライフルで武装した警備を通り過ぎ、俺は堅牢そうな施設へ訪れた。
見上げた先にあるそれは、白が基調の要塞––––圧倒的な国力を強調するかのように建っていた。
名を……在ミリシア『アルト・ストラトス大使館』。
世界に影響力を持つ、超大国の持つ施設だ。
そんな建物の廊下を歩き、俺は部屋の扉をノックした。
「王立魔法学園生徒会長、アルス・イージスフォードです」
名を告げてすぐ、中から入室許可を告げる声が届いた。
扉を開く。
「きっかり8時……、見事な時間厳守だね。イージスフォードくん」
「お久しぶりです、ジーク・ラインメタル大佐。会長の俺が時間も守れないようでは––––学園の威厳そのものが問われますからね」
黒の軍服を纏ったこの人は、駐在武官にして学園の特別顧問だ。
今回考えた対キール戦略において、最も重要な人間である。
椅子に座った俺を見て、ラインメタル大佐は上機嫌そうに笑みを見せた。
「前に会ったときよりもずいぶん強くなったね、魔力の質を見ればわかる」
「ほぼ不可抗力でしたがね……、残念ながら平穏とは程遠い状態です」
俺の経験上……他人の実力を測れる人間は、基本的に恐ろしく強い。
眼前の軍人は、たった一目でファンタジアでの俺の成長を見抜いてきた。
それだけで、元勇者という存在の強さはなんとなくわかる。
「急なアポには正直驚いたが、相手が王立魔法学園の生徒会長ならば私も断れない。要件を聞こう」
「ありがとうございます」
話が早くて助かる。
俺は持ってきた分厚いケースを、机の上にドンと乗せた。
「今回は大佐––––いえ、貴国アルト・ストラトスと共有する価値観の確認をしたいと思った次第です」
ケースの中半分を占めていたのは、今回のアリサ拘束に関する状況を纏めた概要書。
公安の汚職、キールの関与、アリサの状況などをメインに書き綴った書類(証拠付き)。
総文字数は––––17万文字以上。
小説の単行本を軽く上回る文量だ、俺はこれを今日までに死ぬ気で書き上げてきた。
机の向こうで、さしもの大佐も驚きを見せる。
「これを……1人で仕上げ、纏めたのかい?」
「これだけじゃありません、ぜひこの音声記録も聞いてください」
俺は生徒会室でアリサが拘束されたときの録音を聞かせ、さらに盗聴したクラーク捜査官とキール政治将校の会話を流す。
これだけ見せて聞かせなければ、国家は話もしてくれない。それが世界の常識だ。
「フム……大まかな概要は理解した、つまり君は––––我々アルト・ストラトスの人道的見地を知りたいというのだな?」
書類を手に取った大佐は、次々と私物のファイルへ押し込んだ。
交渉しよう、という合図だった。
「おっしゃる通りです、見るに耐えない汚職が少女の人権を脅かしているこの状況。自由主義を掲げる『連合王国同盟』の盟主たる貴国なら十分に存じ上げるかと」
国家を相手に、個人が情でお願いをするなど論外だ。
そんなことで国は動かない、彼らを動かすには––––共通の価値観を用いるのがもっとも手っ取り早い。
「たしかに看過し難い状況だということはわかった、学園特別顧問として大変遺憾でもある。けれど––––」
ラインメタル大佐は、問うように続けた。
「相手はキールという国家だ、非常に高いリスクがある。外交官でもない君に我々が動く動機を与えることができるかね? イージスフォードくん」
メガネの奥の碧眼は、俺の意志を確認したがっていた。
この質問までは、いわば決定事項だ。
俺も大佐も––––ほとんど様式的に話している、言うならここからが本番。
「えぇ、ありますとも」
国家と相対するとき最も有効なのは、相手より強大な国を味方につけること。
大国アルト・ストラトスを生徒会に味方させるため、俺はケースのもう半分を机に広げた。
––––それは、ただの一度しか使えない切り札だった。




