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女優退場  作者: 滝川 聖
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第三幕(2)女優の寝室

 捜査と言ってもケインはいつものそれと比べるとかなりいい加減にあたりを調べていた。

 それはもう『何の捜査もしなかった』と言われないがためだけのまねごとだった。

 もともと今回の捜査については写真をとったり、エックス線等の機械を使用したり、その他捜査に必要なもろもろの行為のほとんどが許されていなかった。

 彼らにただできるのは通り一辺倒にカーテンの裏やベッドの下をのぞいてはもとに戻していくことや、家具の扉を開けて中を確認しきちんと閉めるくらいのことであた。

 本来はケインとリルの2人だけで捜査にあたらされていること自体があり得ないのだ。


――われわれは真実を必要としているわけではない。欲しいのは解決ではなく正しい処理だ…か。


 ケインは心の中でデニスの言葉を反芻していた。

 上層部が望んでいるのは真実ではなく当たり障りのない『結果』だ。それもできるだけ早期に処理すべきなのだろう。

 さきほどはリルにはああ言ったが、結果は自殺か事故死とするのが妥当だろう。


――その結果をどう導き出すか…。


 考えながらケインは女優の寝室をぐるりと見渡した。

 部屋にあるのは作りつけのクローゼットとドレッサーにベッドと本棚。あとは壁に飾られた風景画が一枚。


「めんどくさいな」


 普段の捜査でこんなことを思うことはまずない。

 どんなに血なまぐさい状況でも、汚れた路地裏やかび臭い廃屋などでも嫌悪感を覚えることなく捜査にあたることができていた。

 しかし今やっているのはただ他人の生活をのぞき見しているようなものだ。

 ケインは意味のない行為をしている事が苦痛にすらなりはじめていた。

 早く終わらせてしまおうと歩き出した彼は、本棚の前で足を止めた。

 部屋に似合わないほど大きな本棚。中には前時代以前の今では珍しい紙で作られた本ばかり並べられていた。

 読書家のケインその蔵書に興味をそそられはガラスの扉を開けた。

 シェイクスピアにカミュ、ドストエフスキーなど古典の名作が並ぶそれについ手をのばしかかけて、ひとつだけ変わった本があることにに気づく。


「これは?」


 ちょうど彼の目線とほぼ同じ高さの段に置かれたそれはやはり紙で作られていた。

 ただ他のものたちと異なるのは紙質や装丁がかなり劣っていることと、表紙にはルイザのサインが入っていることだった。

 ケインはそれを躊躇なく手にとりぱらぱらとひらいた。


「台本か」


 ルイザ・ローゼンシュバルツが電子の台本でなく紙の台本を好むというのは有名な話だった。


「『透明な水』、でございますか」


 それまで捜査の邪魔にならないように部屋の隅に控えていたマイトがケインが持っているものをめざとく見つけて聞いてきた。


「そうだが?」

「でしたら、そちらはご主人さまのマネージャーのポプキンズさまが一ヶ月ほど前にお持ちになったものだと思われます」

「へー。ルイザの新作かぁ」


 マイトの言葉を聞いたリルが声をあげる。

 どうやら彼女もこの形だけの捜査に飽き飽きしていたのであろう。

 ケインとマイトが仕事以外の話をし始めたのを幸いに両手を上げてのびをする。


「で、ルイザはどんな役で出るんだい」


 肩を大きく回しながら寄ってきたリルはケインの手元を物珍し気にのぞき込んだ。

 銀河に名だたる大女優であるルイザは数年に一度程度の頻度でしか映画やドラマに出演しなかった。

 その分彼女が出演する作品はいつもクオリティが高く、また彼女自身もそのたびに新たな魅力を見せつけて銀河中の話題となっていた。

 リルが興味を持つのも無理はない。


「申し訳ありませんが私はは存じておりません」

「どうして? お前、彼女の執事だろ」


 マイトの言葉にリルは目を丸くした。

 そうすると、猫のような雰囲気がさらに増す。


「私はご主人さまの私生活における執事です」


 仕事に関してはノータッチなのだと、マイトは胸に手をあてて言った。


「そしてことお仕事に関してはご主人さまは完全なる秘密主義でした。ご主人さまはその役を自分のものにしてしまうまでは、誰に対してもどんな役を演じられるのかすらお話にはなりませんでした」

「じゃあルイザが新しい役を演じるのを知っているのは?」

「そうですね、その作品の監督と事務所のエージェント。そしてマネージャーのポプキンズさまくらいでしょうか」

「そういえば、そのマネージャーはこのことを知っているのか?」


 リルトマイトの会話を聞いていたケインは今気づいたかのように言った。

 『このこと』 とはもちろんルイザの死についてである。


「いえ、おそらくご存じではないと思われます」


 それに対してマイトは軽く首を振って見せた。


「私からは連絡しておりませんし、またポプキンズさまは連絡をしない限りこちらにいらっしゃることもありませんでしたから」

「その連絡というのは、ルイザが自分でやっていたのか?」

「はい。ポプキンズさまのナンバーは控えてはおりますが、ご連絡をおとりになりますか?」

「そうだな。…ああ、いや」


 ケインはうんざりしたように台本を元の場所にもどした。


「この事件はそうそう外部に漏らせないんだったな」


 うっとうしげに、彼は長めの前髪をかき上げた。

 ちょうどそのときケインの携帯電話が鳴った。

 彼は軽く舌打ちをすると携帯電話をとりだし、スイッチを入れた。


「はい」

『ケインか。俺だ』

「課長?」

「え、デニスから?」


 電話の相手がデニスだと知ってリルがぎょっとした顔をする。


『そっちの捜査の具合はどうだ』

「まだどうとも言えません」


 そっけないケインの言葉にデニスは電話の向こうで低く笑った。

 その笑い声にケインは眉をひそめる。

 普段のパターンからして、この男がこんな風な笑いをするときは良い用事だったことがないのだ。

 案の定、笑い終えるとデニスはこう切り出してきた。


『それはすまなかったな。すまないついでに言ってしまうと、ロボット心理学者の手配が明日にならないとつかなくてな』

「…何ですって?」

『まあ、そう怒るな。こっちとしても早く用意してやりたいのは山々なんだが、事が事だけにそこらの奴には依頼できないのは分かってるだろ。信用におけるロボット心理学者を探しているところだ』


――早くこんな茶番など終わらせたいのに。


 と、ケインは無言で左の親指の爪を噛んだ。


『ケイン?』


 名を呼ばれて、ケインはようやく爪から口を離す。


「わかりました、明日まで待ちます。その代わり次の二点を大至急調べてください。まずルイザ・ローゼンシュバルツの次の出演予定の作品のこと。これはマネージャーのポプキンズ氏に確認をとれば分かるでしょう。次は7つの角を持つ星とAの飾り文字でできた紋章です。映像はあとで送ります。この紋章については分かり次第連絡をください」

『分かった。それらについては俺が責任をもって調べておこう。ところで、お前たち今晩はどうする予定だ?』

「今晩ですか? ちょっと待ってください」


 ケインはリルに向き直った。


「今晩はどうするつもりかと聞かれたんだが」

「え? ああ、そうか。一度家に帰るにしても遠いもんなぁ。やっぱ車ん中かモーテルかな」

「…どこか近くのホテルでもとってもらうか」


 ケインが通話に戻ろうとしたとき、それまで黙っていたマイトが手を挙げた。


「お二人がよろしければこちらでお部屋をご用意いたしますが」


 その申し出にケインとリルは顔を見合わせる。


「どうする?」

「ケインがいいなら、俺は願ってもないけど」

「…そうだな。じゃあ頼む」


 ケインはマイトに頷き、再び通話を開始する。


「その件については大丈夫です。こちらで部屋を用意してくれるそうです」

『あ? お前らそこに泊まる気か?』

「はい。家の管理を任されているロボットから提案されました」

『本来なら、断れと言うべきなんだろうがなぁ』


 面白がっているような調子の中に、案じるような色が混じった声でデニスは言った。


『緊急事態のため仕方がなかったと言い訳はできるが。お前らしくないな』


 お前らしくないと言いつつ何かあったのかとは聞いてこないデニスにケインは心の中で感謝する。


「それではその通りでお願いします」

『ああ、幸運を祈る』


 ケインがこれ以上話をする気がないのが分かったのだろう、デニスは静かにそう言うと通話を切った。


「何か怒らせたのか?」


 妙に嬉しそうに言うリルに、ケインは鼻で笑ってみせる。


「上司を怒らせるのはお前の方が上手だろ」


 ケインと組む前は散々トラブルメーカーとして名を馳せていたリルのことを揶揄すれば、彼女は気にもしていない様子で肩をひそめた。


「まあそりゃその点では俺はお前の一枚も二枚も上手だぜ。でもデニスは歴代上司に比べるとわかってくれるよな。ああいう大らかな上司ってかっこいいよな」

「それについては同意する」


 ケインはそれに応じ、口元をゆるめた。

 デニス・ドゥーアンという上司は型破りな捜査で、多くの犯人を検挙してきた人物だ。そのせいか彼は若い刑事たちのもかなり自由に捜査をさせてくれる。

 彼の部下であってよかったと思うのは何も今日だけの話ではない。

 彼らの会話が一段落したのを見計らってマイトが淡々と声をかけてくる。


「では私はお部屋とお食事の用意をしてまいります」

「待て」


 一礼して出ていこうとするマイトを、ケインが呼び止めた。


「はい、何でしょうか」

「僕たちをここに泊めるのも、ルイザの命令だったのか?」

「はい、そうです」


 ロボットらしく即座に答え、それがどうしたのかと言わんばかりの表情でマイトはケインを見返してくる。

 見返すと言っても失礼にならない程度の柔らかな視線に耐えられなくなったケインは、瞬きをくりかえしながら視線をずらいた。


「いや、何でもない。もう行っていい」

「それでは失礼します」


 もう一度優雅に一礼し、今度こそマイトは女優の寝室を出ていった。


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