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女優退場  作者: 滝川 聖
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第二幕(2)女優の邸宅

 屋敷の中に入ったケインとリルは、まずその美しさに目を奪われた。

 何かのパーティ会場かと思うほど広い玄関ホールをぬけ、マホガニー製の階段を登る。

 室内にはインテリアに詳しくない二人ですら一目でそうと分かるほどに高価な調度品が品よく配置され、大理石の床ものぞきこめば顔が映るほどに磨きあげられている。

 建物自体もどこかの古い建物を移築してきたのか――電灯などの基本的な電化製品は別として――コンピュータ類が見あたらないのも不思議だった。


「まるで美術館みたいだな」


 リルはきょろきょろとあたりを見回しながら言った。


「確かここにはヒューマノイド型ロボットは二体しか登録されていなかったはずだったよな。この広さをお前とアーサーだけで掃除してたのか。さぞかし大変だっただろうな」


 マイトに問うリルの口調に嫌味はない。ただひたすらに彼女は行き届いた手入れに感心していた。


「お褒めいただきありがとうございます」


 室内の手入れを褒めるリルにマイトは軽く礼を言った。


「ですが掃除や庭木の手入れなどは専用の自働機械がございますので。私たちがやっていたわけではございません」

「ああそうか。人工知能付きの掃除機とかだろ。あれって最新型だと、自分でゴミの成分を判断して分別とかしてくれるんだよな」


 俺も一台欲しい。と、リルは冗談めかした口調で言った。


「そうですね。あれは一台あるとかなり便利ですね。ゴミの分別もそうですが、設定すればカーペットの染みや壁の汚れまでミクロン単位で片付けます」

「それは今でも稼働しているのか」

「もちろんです」

「へぇ」


 相槌をうちながらリルは己の髪を一本抜いた。

 何をするのかとケインが見ていると、彼女は手でそれを細かくちぎりはじめた。

 それは捜査上必要な確認ではあるが、本人的には実験の意味合いの方が強いのだろう。

 猫のようにつりあがった緑色の瞳が好奇心できらきらと輝いている。

 立ち止まったリルはその瞳でケインを見、ちぎった髪の毛を無造作に落とす。


  ウィーン


 しばらくするとかすかな音がして壁が開いた。その中に巧妙に隠されていた小型掃除機が動き出し、瞬く間にばらまかれたゴミをかき集め元に戻っていく。

 その様を楽しそうに観察していたリルは手をたたいた。


「本当にすぐに出て来るんだな。面白れぇ。これって液体とかでも拭いてくれるのか?」

「はい、大抵のものはふき取ります。ただ、普通のゴミ類とは違って、それらがこぼれた場所や染みになるようなものかそうでないかで掃除の仕方は変わりますが」

「じゃあ、本当に楽だな」

「そうですね。私は主にこれら自動機械の統括と温室の世話を行うだけでしたので、屋敷の維持管理は十分にこなせる業務でした」


――よくしゃべるロボットだな。


 リルとマイトの会話を聞くとはなしに聞きながらケインは思った。

 主人の好みによる個体差はあるが、大抵執事型ロボットなどはあまり余計なことをしゃべらないようにできている。それなのに先ほどからこのロボットはしゃべりっぱなしだった。


――いや、違う。


 と、ケインは自分の考えを打ち消した。

 これだけ高性能なタイプのロボットがそうやすやすと主人の個人情報につながるような話をするとは思えない。

 むしろマイトが自分たちにできるだけ多くの情報を与えようとして多弁になっているのだということにケインは気づいた。


――『捜査には最大限に協力するよう、生前の主人から申しつかっております』か。ルイザの命令にこいつはここまで忠実に従うんだな。


 前を歩くリルの肩越しにケインはマイトの背中を見つめた。

 一方、リルトマイトの会話はまだ続いている。


「お前一人で仕事してたってことはさ、アーサーは何をやってたんだ。料理担当とか?」

「それは…」


 リルのどんな質問にも躊躇無く答えていたマイトがはじめて口ごもった。


「ただ今のご質問につきましては、アーサーに直接お聞きいただけますか。こちらにアーサーが待機しております」


 マイトは立ち止まり、二階の一番奥のドアを示した。


「……」


 さっと、ケインたちの間に緊張が走る。どんな理由があるかはわからないが人間を殺したと言われるロボットである。

 その三原則は狂っていると考えて間違いがない。

 二人は銃を引き抜くとドアの両側の壁にぴたりと身をつけた。

 精密射撃を得意とするケインのレーザー銃と、精度は落ちるが対ロボット用に威力を発揮するリルの大口径レイガン。これさえあれば大抵のロボットには対処できるはずだった。

 ケインはリルと目を見合わせてうなずき、マイトにドアを開けるよう身振りで指示した。


  キィ。


 音をたてて手動のドアが開かれた。

 その瞬間リルが飛び込み、間髪いれずケインがも中に入る。


「動くな、これは命令だ!」


 銃を構えると同時にリルが鋭い声で叫んでいた。

 たとえ三原則が狂ったロボットであっても強い調子で命令されると少しの間だけ混乱する。その混乱をねらった叫びだったのだが、それはまったくの徒労と終わった。

 朝の陽射しのよくはいる部屋の中、女優を殺したと言われるロボットは窓辺に置かれたイスの前で立ち上がりかけた姿で固まっている。

 おそらくケインたちが飛び込んできたのに合わせて立ち上ろうとしたところにリルの命令が下されたので、動きをとめたのだろう。


「お待ちしておりました」


 アーサーは響きのいいテノールでそう言った。次いで口元だけでほほ笑んでこう聞いてくる。


「動いても、よろしいでしょうか」

「動け。ただし立ち上がることは許さない。そのまま腰を下ろすんだ」


 命令通りまばたきすらとめているロボットにケインは座るように指示した

 アーサーは命令どおり腰を下ろし、それから両手をそろえて彼らに向けた。


「私がルイザ・ローゼンシュバルツを殺しました。どうぞ、私を逮捕してください」


 自ら捕らえて欲しいなどと言うロボットに、ケインとリルは顔を見合わせた。


「どうか」

「あ、ああ」


 アーサーから再度促されてやっとケインは手錠を取り出してその両手に掛ける。


  ガチャリ。


 仰々しいほどの音を立てて手錠がロックされる。

 ロボット用に開発されたそれは、鍵がかかると同時に本体部分から触手のようなコードをのばしてアーサーの皮膚の中に入り込んだ。

 皮膚を焼かれる感触に、アーサーはぴくりと身をすくませた。

 手首から内部に侵入した触手は、運動回路をつなぐラインにからみつき、微弱な電流を流し始める。その電流によりロボットはその動きを通常の半分以下に制御される。また万が一逃亡したり破壊行為に出ようとしたときには、そこから強力な電流を流してロボットを破壊することもできた。


「お前には自らの所有者およびそれに準じる者を呼ぶ権利がある。またお前には所有者の命令を聞く権利がある。そしてお前には所有者の秘密を黙秘することもできる」


 いわゆるロボットの『逮捕』上の権利をおざなりに言い、ケインはアーサーを見下ろした。

 特に暴れる様子もないので、ひとまず銃をしまうと彼はアーサーの向かいのイスに腰をかけた。


「これからお前を尋問する」

「はい、よろしくお願いします」


 改めて頭を下げるアーサーを、ケインはつくづくと眺めた。

 職業柄多くのロボットと接してきたケインでさえ、前もって言われていなければアーサーをロボットだと見抜くことはできなかっただろう。

 外見の年齢設定は二十代半ばくらいだろうか。豊かに波うつ金髪は柔らかく額にかかり理想的なカーブを描く眉を半ば隠していた。すらりとのびた手足には人間のそれのように血管が青く走り、一本一本丹念に植え込まれたのであろう産毛が朝日に光っている。

 そしてその映画俳優のように甘いマスクを見れば、登録番号を聞くまでもなく、アーサーがどのような目的でルイザに使われていたのかが分かったような気がした。

 それはリルも同じだったらしく、言いにくそうに口ごもっていたが、やがてあきらめたように質問を始めた。

 ケインは彼女が口を開くのと同時にレコーダーのスイッチをいれた。


「あー、えーとR・アーサー? まずお前の登録番号を教えてもらえないか?」

「私の登録番号はLー9801、です」

「やっぱりな」


 思った通りの答えに、ケインは面白くもなさそうに呟いた。

 ロボットの登録番号はまず番号の前にそれぞれの用途によったアルファベットが付与される。例えば、執事ロボットのマイトにはButlerのBがつけられている。そして、アーサーのLはLoverのL。つまりアーサーは超高級なセクサロイドと言う訳なのである。


 と言っても、単機能しかないロボットというのは現在においては珍しく、各階の大物と呼ばれる者たちの中には、スキャンダルを恐れて人間の愛人を持つ代わりにメイド用ロボットにオプションとしてセクサロイド機能を付けて相手をさせる者も少なくはなかった。

 その場合のロボットの登録番号はMaidのMから始まる番号になる為、所有者は表面上はただのメイド用ロボットを所有しているにすぎないことになるのだ。

 ルイザ・ローゼンシュバルツはそういう建前を気にしなかったのか。あるいはスキャンダルすら利用するつもりだったのかはわからない。

 ただ、彼女の自身とセクサロイドがそぐわないような気がしてケインは違和感を覚えた。

 そしてその違和感にケインは自嘲する。


――僕が彼女自身をよく知っているわけでもないのに。


 その間にも、リルの尋問は続いていた。


「お前は、ルイザ・ローゼンシュバルツを殺したと言うが、それは本当か? もしそうならばそれは何故だ? どうしてお前にはそんなことができた?」


 矢継ぎ早に質問を投げかけるリルに、アーサーはけぶるような眼差しを向けた。目の覚めるような青い瞳に、リルは心の内までのぞかれているような気がして目を背けたくなる。

 そして、それとは別に彼女はアーサーに何か懐かしいような気持ちを感じていた。こんな瞳をどこかで見たことがあると彼女は内心で首を傾げる。


「私は…」


 そこで言葉をきってアーサーは2度ほど瞬きをした。


「私は、ルイザを愛していました」


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