第一幕(3)真夜中のヴィジホン
画面が消えると、灯りを落としていた部屋の中は急に暗くなる。
ソファに腰を下ろし、ケインは送られてきた資料にざっと目を通しはじめた。
そこに記されていたのは女優の経歴や友人関係や恋愛遍歴、現在住んでいる邸宅の間取りや資産状況に、彼女の所有するロボットの数やその購入経路。
それらを読み進めていくと、ふいに先程の女優の写真が出てきた。
婉然と微笑む美女。どこかで見たことのあるその写真にケインは低い声でささやきかけていた。
「…そうか、貴女は死んだのか」
その声に悲しみの色はない。ただ確認するように言い、彼は画面を切ると立ち上がった。
何気なく顔をあげると、窓に映った己と目が合う。
見慣れたいつもと変わりのない己の顔。
無感動に見返してくるそれに鋭い一瞥をくれ、ケインはベッドルームへと移動した。
薄暗い室内にはセミダブルのベッドがおかれ、その周りに散らばったシャツやスーツが昨夜の情事を物語っていた。
そしてベッドの上には人間一人分の大きさの塊がある。
「リル、起きろ」
薄いブルーのシーツにくるまって寝息をたてている相棒をケインは乱暴に揺り起こした。
「んんっ」
少しの間をおいて、リルと呼ばれた女性はもっそりと寝返りを打った。
「んー? 何だよ。もう朝かぁ。つか休みなんだから寝かせてくれぇ」
欠伸混じりに聞いてくる彼女の腕をケインは軽くはたく。
「寝ぼけるな。仕事だ。ルイザ・ローゼンシュバルツが殺されたぞ」
「なんだって!」
世紀の大女優が殺されたと聞いて、さすがにリルも目が覚めたらしい。彼女は勢いよく身を起こすと強い瞳でケインを見上げた。
「いつだ?」
「死亡したのは一昨日だ。くわしいことはおいおい話すが、その捜査が僕らに回ってきた。すぐに出るから用意しろ」
「シャワーかりるぜ」
返事代わりにそう言うと、リルはそこらに散らばっていた服を拾い集めた。ついでに勝手にクローゼットを開け、ケインのシャツを一枚奪い取る。
バスルームへ消えた彼女を見送り、ケインも身支度をはじめた。
簡単に洗顔を済ませ、シャツとネクタイを身につける。ショルダーホルスターをつけながら彼はふと思った。
なぜ犯人――この表現が正しいかどうかは別として――は、ナイフなどという古典的な武器を使用してルイザを殺したのだろう。
命を奪うことが目的ならば、もっと殺傷力の高い武器の方がいいのではないか? あるいは犯行が明るみに出ないように毒でも盛るか。
それとも直接的な犯行を行ったのがロボットだったからこそナイフを使う必要があったのか?
ここまで考えて、ケインは軽く首を振った。
今は余計なことは考えない方がいい。偏見をもってしまうとちゃんとした捜査はできない。
「…いや、処理か」
そこだけは声に出し自嘲する笑みを浮かべ、ケインは上着を羽織る。
彼が身支度を終えるのとほぼ同時にバスルームのドアが開き、リルが飛び出してきた。
「早いな」
「急ぎだからな」
腰まである茶色い髪を首の後ろで一本にまとめ、男物のシャツを着たリルは、妙齢の女性と言うよりも思春期の少年のような快活さに溢れていた。
彼女の姿からは小一時間ほど前の情事の気配など微塵も感じられない。
そんな風に切り替えが早いところも彼女らしいと、ケインは一瞬だけ口元をゆるませる。
「なんだよ」
それを見逃さなかったリルはじろりとケインをねめつけた。
「別に何でもない。行くぞ」
ケインはそれにそっけなく答え、部屋を後にした。