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女優退場  作者: 滝川 聖
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第一幕(1)真夜中のヴィジホン

 真夜中のヴィジホンはろくなニュースを運んでこないと、ケイン・マクドナルドC級刑事は画面に映る上司の顔を見ながらぼんやりと思っていた。

 彼の上司、ロボット犯罪課課長であるデニス・ドゥーアンの目の下には大きなくまが浮かんでいる。

 三十代後半で課長となった彼はその世代の出世頭と言われている男だ。

 その名にふさわしく、自信家でバイタリティにあふれた彼がここまで疲れた表情を見せるのは珍しい。

 となるとよほど難しい問題に直面しているのだろう。

 そしてその難問に自分も否応なしにつきあわされるのだ。

 と、ケインはデニスから視線を外しながら思った。


 そう言えば今、何時だろう。

 壁にかけられた時計に目をやると午前二時を少し過ぎたところだった。

 時計の下に置かれたTVからは音を消されたニュース番組が流れている。


「何だ、まだ起きていたのか? ということは…邪魔しちまったか?」


 深夜であるにもかかわらず寝起きではないケインに、デニスはにやりと笑いながら言った。

 厚めの唇をセクシーに歪ませる彼からは非番中の刑事を呼び出すという後ろめたさは微塵も感じられなかった。


「ちょうどこれから寝ようとは思っていましたが」


 ケインはやや乱れかけた金髪をかき上げながら冷めた調子で言った。

 これから徹夜で捜査にあたらされるのだ、これくらいの嫌味は許してくれるだろう。

 と、ケインは少し細めた目でデニスを見つめる。


「ははは、そりゃ悪かったな」


 案の定、デニスは少し笑い片手を上げただけでそれを聞き流し、本題へと入った。


「お疲れのところ申し訳ないが、寝るのはもうあきらめてくれ。取り急ぎ捜査が入った」

「そうですか」


 これみよがしにため息をつき、ケインはもう一度TVへと目を向けた。

 どこかの新興宗教だが何かの特集をしているそれを手の動きで消す。


「それで、どんな事件なんですか」

「殺しだ。…いや、事故かな」

「どちらですか?」


 デニスの微妙な言い回しにケインは眉をひそめた。

 事故ならばまだわかるが『殺人』はケインたちの部署にはなじみのない単語だ。

 その捜査がなぜ自分に?

 と、視線だけで問うケインの目の前でデニスは肩をすくめた。


「まあ、事故じゃないと色々まずいってとこだな」


 それから彼は左手の指を三本たてた。逆の手で一本ずつ指しながら話を続ける


「分かっているのは三つだ、女優が一人死んだこと。ナイフが一本に、それを振り下ろしたものが一体」

「一体?」


 さりげなく言われた言葉をケインは聞き逃さなかった。


「そう、一体だ。一人じゃない」

「まさか…」


 ケインはごくりとのどを鳴らした。


「そう、ナイフを振り下ろしたとされているのはロボットだ」

「三原則のないロボットが? いや、まさか」


 自分の言葉をケインは即座に否定した。


「そんなことがありえるはずがない」


 三原則…正確にはロボット工学三原則と呼ばれるそれはロボットの行動を規制する絶対の原則だ。

 ロボット工学技術の発達により、ロボットの外見や行動はほとんど人間と変わらなくなってきた。そのロボットの進化に伴い、人々はロボットという存在に危機感を抱くようになった。

 ロボットたちは人間そっくりな――それも格別に美しい人間の――姿に加えて人間を軽く凌駕する知識と身体能力を持つ。

 その姿や能力は人間が与えたものであるにも関わらず、その能力に人間は恐怖を覚えた。

 いつか人間はロボットに反乱され、逆に支配され主従の関係が逆転するのではないか。

 SF小説や漫画や映画で幾度となく描かれてきた悪夢が現実する前にと考え出されたのがロボット工学三原則だった。


 半世紀ほど前に確立したその内容は、簡単に言えば


 一、ロボットは人間を傷つけられない。

 二、ロボットは人間の命令をきかなければならない。

 三、一と二に反しない場合以外はロボットは自分の身を守ることができる。


というものであった。


 この原則はロボットの知能回路の奥深く、感情を司る回路に焼き付けされ、さらにそれは身体全体にも連動して作用される。

 つまり、ロボット工学三原則に抵触したロボットは多かれ少なかれその知能回路及び身体回路に影響をうけるわけである。

 この三原則を提唱したロボット工学者は、三原則の焼き付けをされた知能回路の設計図を無料で全銀河中に公開した。

 また政府でもロボット工学三原則の焼き付けを行うことを義務化したために、現在稼働しているロボットの全てが三原則を保持していた。

 いや、むしろ件の工学者の技術が卓越しすぎていて、それ以上のロボットを三原則の焼き付けなしで作ることは現在の技術では無理だとも言われている。

 そしてその工学者とロボット三原則のおかげで、人間は現在も進化し続けるロボットたちの主たりえているのである。

 その原則が破られたりなどしたら…。

 ケインは事の重大さに思い至り、額に浮き出た汗を拭った。


「三原則の不備ですか? それとも何らかの悪意による洗脳行為?」


 もちろんロボットに三原則があってもその隙をついて洗脳し、犯罪を行わせることはできる。

 しかしそれには深い専門知識とロボットを洗脳するための時間と辛抱強さが必要であった。


「そうなるとかなりの専門家と人間が必要になりますが、何かの陰謀でも?」

「それを調べるのが俺たちの仕事だ」

 

 矢継ぎ早に問うケインを抑えるように、デニスは軽く手をあげた。


「…そういえばお前は確か大学でロボット心理学を専攻していたな」

「そんなもの、大した役には立たないでしょう」


 たかだか大学で学んだ程度の知識がどれほどのものだと言うのか。

 むしろ現場で経験を積んだベテラン刑事の方がよほどロボットの心理に精通しているだろう。


「まさかそんな理由で僕に捜査をさせようとなんて思っていませんよね?」


 吐き捨てるように言ったケインの顔を、デニスがじっと見つめてくる。


「それはわかっている。だが、この事件の捜査はお前にしか許されていないんだ」


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