第六幕(2)女優の寝室
そしてマイトの正面に立つと、ケインはさらに聞いた。
「お前はどう思った?」
「『どう』とは、どのような意味でしょうか?」
「お前の仲間であるロボットが人間を殺したことについてだ」
「それは…」
とたんにマイトの表情が曇る。
その表情の変化にケインは目を細めた。
――白々しい。
と、心の中で彼はつぶやいた。
しょせんロボットのつくる表情など、場面に応じてそう出るようにプログラミングされた形態反応にしか過ぎない。
どれほど悲しい顔をしようとも、それが本心からではないのだと。
そんなケインの心を知らぬマイトは沈痛な面持ちのまま口を開いた。
「ありえないことだと私は思います。私たちには人間を殺すことはできません」
形のいい唇から発せられた声は表情に見合ったものであった。
その声の重さを無視して、ケインはさらに質問を重ねる。
「お前たちがロボットだからか」
「はい、そうです。私たちにはロボット三原則が施されています。それがあるからこそ私たちは存在することが許されているのです」
「ロボットの存在、か」
ケインは無意識に左の爪を噛んだ。
「もし三原則が施されていないロボットがいたとしたら。どうする?」
「それは違法です。もちろん今現在の技術でそれが可能かと言うと疑問ですが」
「違う。そんなことが聞きたいんじゃない」
ケインはいらいらと声を荒げた。
「そのロボットの存在はどうしたらいい? と、僕は聞いてるんだ」
「それは存在すべきものではありません」
ケインの問いにマイトはためらうことなく答えた。
そのあまりにも毅然とした答えに、ケインの方が驚かされる。
まじまじと見つめてくる彼の視線を受け、マイトは一度だけ頷いた。
「我々の存在意義は人間に必要とされることです。我々は人間の敵に絶対にならないからこそ存在を許されるのです。人間を傷つける可能性のあるロボットなど、存在して良いわけがありません」
「そうか…」
同じロボットの破壊を認めるようなマイトの言葉に、ケインは突然興味を失ったかのように冷静になる。
「わかった、もういい」
彼が手を振るとマイトも心得たように退いた。
「おい、ケイン」
マイトが開いたドアを抜けようとしたところで、ケイン背後から声をかけられた。
振り返れば、リルが怒ったような瞳でケインを見つめている。
「お前いつからロボットが嫌いになったんだよ」
アーモンド型の緑色の瞳が見開かれ、まるで猫のようだとケインは思う。こんな目をしているときの彼女はとても魅力的だなんて、本人は知っているのだろうかとも思う。
その瞳から目を離さずにケインは言った。
「ロボットが嫌いだって? いつ、僕がそんなことを言った?」
「でも昨日からずっとお前はそうとしか言えないような態度ばっかりとってるじゃないかよ」
ロボットという無機物に対するケインの冷たい態度をなじるリルに、彼は表情をゆるませた。そして奇妙に歪んだ笑顔をマイトに向ける。
「嫌ってなんかいないさ。むしろロボットは好きだよ。僕は不自然なものって好きなんだ」
――そういう意味では同族だからかな。
と、リルに聞こえないような声でつぶやき、ケインは喉の奥で笑った。
「私は不自然ですか」
ケインの言葉にマイトは首を傾けた。
マイトはゆるゆると己の胸に右手をあてる。
「私の動作、表情はより人間に近く、ごく自然であるように作られています。最新式のモデルと比べれば少々不自然なところもあるかと存じますが、ケインさまがおっしゃるほど不自然な点はないと自負しておりますが」
「別にお前だけが不自然だと言っている訳じゃ無いんだ」
ケインは言いながらマイトに近づき、その手をとった。
真珠のあしらわれたカフスを外すと、上着ごと袖をまくり上げる。そしてあらわになった腕に指を這わせた。
突然の行動ではあったが、それを拒否する理由のないマイトは黙ってされるがままにしていた。
とくん、とくん、とくん
規則正しい脈動が指に伝わってくる。ケインはマイトの腕をつかむ指に力を込めた。
「例えばこの鼓動」
「それはより人間に近づけるためのディティールのひとつです。脈のない人間はおりませんでしょう?」
「確かに脈のない人間はいない。だがロボットにこんなものは必要ないだろう?」
ケインはそう言ってマイトの腕を解放した。
「それこそ不自然な事だとは言わないか? 必要のないもの、本来あるはずのないものを無理につけることを」
「…私には、わかりかねます」
マイトはケインの言っていることが理解できないかのように目を伏せた。
その秀でた額の中に組み込まれた知能回路は、ケインが言外に含ませた意味をくみ取ろうとフル回転しているのであろう。
しかしマイトが答えを出す前にケインは歩き出してしまった。
それから誰も発言をしないまま、彼らは一人の人間と一体のロボットが待つ部屋へと足を進めた。