第五幕(2)ロボット心理学者
「我々に出て行けと博士がおっしゃったのは、人間が側にいると検査がうまくいかないからでしょうか」
「その通りだよ」
本来ロボットの心理テストなどを行うときは判断するものとロボットの一対一で行うのが基本だ。
なぜならばロボットは人間の命令をきいてしまうから。
ロボットの諸州者などが検査対象のロボットに対して『壊れたふりをしろ』と命令してしまえば、その検査結果は不確かなものとなってしまう。
仮にそのような命令をしなかったとしても、聡い――人間の機微を理解できるほど高度な――ロボットであればその場の人間や所有者の意思を尊重してしまうこともある。
それゆえに博士はケインたちが検査に立ち会うことを拒否しているのだろう。
「では、人間でないものの立ち合いではいかがでしょうか」
ケインがそう聞くと、博士は少し不思議そうな顔をした。
「何が言いたいのかね?」
「例えば、このマイトが側にいるのではどうでしょう?」
「そうだなぁ」
博士はまじまじとマイトの顔を見、無精髭だらけの顎をなでた。
マイトはその無遠慮な視線を受けながら、微動だにせずに壁際にひかえている。
「まぁ、いいだろう。彼ならば良い助手になってくれそうだしね」
「無理を言って申し訳ありません」
軽く目をふせたケインに、博士はうっとりとため息をついた。
「しかし君は本当にロボットのような美形だな」
彼が心の底から褒めているとわかるからこそ、ケインは複雑な気持ちになる。
「それは、誉め言葉ととってよろしいのでしょうか」
幼いころから整った顔立ちをしていたケインは『そこらの俳優よりずっと美形だ』とか『女優のように綺麗だ』とかいうような誉められ方をされるのは多々あることだった。
しかし、ロボットに例えられて顔を誉められたのは初めてだ。
もしかして、自分の顔が作り物っぽいという皮肉なのだろうかと邪推してしまう。
ケインはあまり激高することがなく、表情の変化に乏しいため『超精巧な仮面をかぶっているに違いない』などと陰口を言われたこともあったからだ。
「もちろんだとも」
そんなケインの疑問に博士は一点の曇りのない眼で答えた。
「いいかね、ロボットという存在はただ人間に近く作られたものではない。その作り手が最も理想とする人間の形に近づけて作られるものなのだよ」
ここで博士は一度言葉を切って、大げさな仕草でマイトとアーサーを示した。
「だからこそ執事ロボットはより執事らしく、美形のロボットはより美形に作られる。彼らロボットの美は計算されて作られるものだ。だからこそ彼らは美しい。だが君は遺伝子という計算のおよばない設計図で作られた人間でありながらロボットのように完璧な美形だ。これは誇ってもいいことだよ。本当に、人間にしておくのはもったいないくらいだよ」
「はぁ」
だんだんと熱を帯びてくる彼の言葉に、ケインはどう反応していいか分からずに適当な相づちをうつ。
「どうだね、今度知り合いのロボット工学者を紹介するから、君そっくりのロボットを作ってみないかね」
「お断りします」
博士の唐突な申し出を強い調子で拒否した。
そもそも彼は自分の容姿に興味がなかったので褒められても少しも嬉しくなかったし、自分そっくりなロボットなんて考えただけでもぞっとする。
「うぐ」
そんなケインの心中を知っているリルが変な声をだした。
慌てて咳払いでごまかしたが、きらきら光る目と小刻みに揺れる肩が彼女が必死で笑いをこらえているのを物語っていた。
その我慢も限界が近いのだろう、リルは目だけでケインに助けを求めた。
「リル、先にルイザの部屋に行っててくれ」
「お、おう」
言葉少なにそう言うと、彼女は足早に部屋を出ていった。
ドアを閉めるのと同時に、リルの遠慮のない笑い声が廊下に響きわたるのが聞こえた。
どっと疲れが増したケインは前髪をかきあげつつ博士の方へと振り返った。
ロボットにおける美形論をひととおり語り終えて満足したのか、博士はさっそくアーサーの前に座って質問を始めようとしている所だった。
「博士」
「何だね」
まだいたのかと言わんばかりの口調で、博士は返事を返す。
「もうひとつだけ聞いておきたいのですが。この、マイトは信用におけるロボットですか?」
彼の静かな質問に博士ははっと振り返った。
「それは、この事件にとって重要なことなのかな? マクドナルド刑事」
そう聞いたのにも関わらず、博士はケインの答えを待たなかった。
彼はため息をつくと部屋の隅にひかえているマイトに視線を移す。
「マイト。少しだけ部屋を出ていてくれないか。マクドナルド刑事と大事な話があるのでね」
「かしこまりました」
マイトは軽く一礼し、静かに出ていった。
マイトが退出してから十分な時間がたってからようやく、博士が口を開いた。
「彼はこの事件と何らかの関係が?」
「無いとは言い難いですね」
ケインのそっけない言い分に、博士はまたため息をついた。
「彼は、とても大人しくて真面目な子だと思うよ。ただ――」
「信用には値しない、と?」
「いいや、そこまでは言っていない。しかし、彼は私などには思いもつかないほど複雑な神経の持ち主ではないかと思う。アーサーよりも長い時を経てきている分、何か沢山の事を感じ、考えてきたのだろう。その様なロボットは本当に複雑なものだよ。そう、それこそ年老いた人間のようにね」
ふうと、いつの間にかつめていた息をケインは吐き出した。
意識して呼吸をしながら彼は博士に頭を下げる。
「それだけ聞ければ結構です。どうぞ検査を進めてください」
ケインは博士に一礼しきびすを返した。
「……っ」
ドアを開けたところでケインの動きが止まる。
部屋を出てすぐの所にマイトが控えていた。
ルイザの邸宅は外からの音に関しては完璧な防音処置が施されていたが、各部屋間のそれはそうではなかった。
先程リルの笑い声が聞こえたように、もしかするとマイトに博士との会話を聞かれたかもしれないと思う。
しかし、マイト自身は執事ぜんとした表情を崩さず、控えめに身体をずらしてケインのために場所をあけただけだった。
「お話は終わられれましたでしょうか」
「ああ、もう入ってもかまわない」
「失礼いたします」
すれ違う瞬間、ケインはマイトに冷たい一瞥をくれたが、マイトはそれに気付かず…あるいは、気付かないふりで中に入って行った。
「くわせものめ」
そう言いかけて、ふいに先程までの博士との会話を思い出す。
「ロボットのような僕と、人間のようなロボットか」
ケインは何がおかしかったのか、ぐっと唇を笑いの形に歪めた。