第五幕(1)ロボット心理学者
次の日の朝早く、ギルバート・ウェインという名のロボット心理学者が到着した。
縦よりも横に広い体によれよれの背広をまとい両手に黒い鞄を掲げた姿は、大学教授と言うよりは人の好い町医者と言った方がしっくりくるような風体であった。
「おはよう、今日はよろしく頼むよ」
今年70を越えるという博士はケインを見るなり、年よりもずっと若々しい声で挨拶をしてきた。
「おはようございます、ウェイン博士。お会いできて光栄です」
ケインが差し出した手を大げさに握り、彼は楽しそうに笑う。
「君がアーサーかい? 話に聞いてきた通りの美形だね」
「は? い、いえ。違います」
きらきらした目で見上げられて、ケインは慌てて否定した。
「私はロボットではありません。人間です」
こんなことを言うのは初めてだとケインは思った。
背後ではリルが必死で笑いをこらえているのが雰囲気で分かる。
握っていた手を離すとケインはIDを取り出し、博士の目の前につきだした。
「名乗るのが遅くなって申し訳ありません。私はロサンジェルス市警、ロボット犯罪課のケイン・マクドナルドと申します。こちらは、パートナーのリル・ランダース刑事です」
「おや」
自分の失敗に自分で驚いたように博士は激しく眉を上げ下げした。
「これは驚いた。まさかこんなにきれいな人間がいるなんて思いもよらなかったよ」
そうつぶやくと、博士はくせっ毛の頭をかいてさらに髪をくしゃくしゃにしてしまう。
「話に聞いた彼の特徴とあまりにも似ていたから、つい間違えてしまったよ。気を悪くしたのならどうか許してほしい」
「いえ、そんな事はありませんが…」
博士がロボットに対して『彼』という人称代名詞を使ったことにとまどいながら、ケインは首を振った。
「ところで博士は、今度のロボット…アーサーのことをどんな風に聞いてきたんですか?」
リルが好奇心に駆られたように聞いた。
ケインをロボットと間違えるような間の抜けた博士に、急に好感が持てたのだろう。
「そうだなぁ。『背は約一八五㎝前後。細身の白人タイプで金髪碧眼。あと映画スターのような美形』と、言われてきたよ」
頭をかきながら博士は言い、もう一度ケインを見上げ何よりも雄弁なため息をついた。
「本当にロボットのような美形だ」
彼の微妙な褒め言葉に絶句するケインに、とうとうリルが噴き出した。
「そりゃケインの特徴まんまだな。間違えるのも無理はない…って、もしかしてそれってデニスのいたずらか? わざと博士に写真見せなかったとか?」
リルにのぞき込まれて、ケインは苦虫を噛みつぶしたようになる。
デニスという男はおおむね信用に足る人物だが、時折このようないたずらを仕掛けてくるのがたまに傷だった。
博士の方は人間だと分かったとたんケインには興味を無くしたらしく、持っていた鞄を有無を言わさずに押しつけてきた。
「ではさっそくアーサーに会わせてもらおうかな。おお、そこの君。さすがに君はロボットだろう? 私をアーサーの所まで案内してくれないか」
博士に声をかけられたマイトはケインに視線を投げかける。
「行ってやれ」
ケインがうなずくとマイトは博士に向かって一礼し『こちらです』と、階段を示した。
「あはは。変な人」
博士の姿が階段上に消えると同時にリルが再び笑い出した。
「同感だな」
と、ため息をついたケインにリルはまた笑う。
彼女は手をのばしてケインが持たされたバッグをひとつ運んでやりながら言った。
「まあ、よく言うじゃん『なんとかと天才は紙一重』って。あれくらい変人じゃなきゃその道の権威になんてなれないんじゃねぇの」
「そうか? 僕にはただの変人としか思えないがな」
「デニスがただの変人を派遣してくるとは思わないだろ」
「ああ…そうだな」
軽く肩をたたかれて、ケインはまたため息をついた。
そんな二人に階上から博士の鋭い声が飛ぶ。
「何をしているんだね。早くきなさいっ」
「はいっ」
まるで教師に怒られた学生のような返事をして、二人は慌てて階段を上っていった。
その先では、博士が腰に手をあてて彼らを待っている。
二人が追い付いてきたのを見計らって、マイトはアーサーが控えている部屋の扉を開けた。
アーサーは昨日と全く同じ姿で、窓際の椅子に腰をかけていた。
ノックもなしに開かれた扉に、アーサーはゆっくりと顔をむける。
「おお」
その姿を目にした瞬間、博士は感嘆の声を上げた。
「これはなんと素晴らしい」
「不用意に近づかないでください」
あまりにも無防備に近づこうとする彼をケインは軽く押しとどめた
「これには人殺しの嫌疑がかかっていますから」
「大丈夫だよ」
ロボット三原則が狂っているかもしれないことを示唆するケインの手を、博士は自信満々に退けた。
「顔を見れば大抵のことはわかる。この子はいい子だよ。とても素直に作られた子だ」
好々爺とでも形容すべき顔で笑うと、博士はアーサーに手を差し伸べた。
「初めまして、ちょっと君を調べさせてもらうギルバートだ。君の名前は何というのかな」
無骨な博士の手に、アーサーのほっそりとした手が重ねられる。
アーサーはその映画俳優のような甘いマスクに微笑みという表情を浮かべた。
「R・アーサーと申します。初めまして、ウェイン博士。お目にかかれて光栄です」
「ほっほっほっほっほっ。私の名も有名になったものだなぁ」
アーサーが自分の名を知っていたことに気をよくして博士は笑い声をあげた。
「じゃあ、アーサー。早速検査を始めさせてもらっていいかな?」
「私の方は、いつでも結構です」
そう言ったアーサーに頷くと、彼はケインたちに手招きした。
「ほら、ぼやぼやしとらんで計器をこちらに」
「は、はい」
とたんに専門家らしい顔を見せる博士に、ケインたちは運んできた鞄を開けた。
てきぱきとした指示に従い、ケインとリルはアーサーの身体に計器を取り付けていく。
「ん?」
胸に電極を取り付けていたときケインは声を上げた。
「どうかしたのかね?」
反射的にアーサーから手を離した彼に博士が何か不具合でもあったのかと聞いてくる。
「いえ、そういうわけではないのですが、脈が…」
そう言ってケインはもう一度アーサーの胸に手を滑らせた。
胸の真ん中からやや左よりの…人間で言うところの心臓にあたる部分に規則正しい脈動が感じられる。
そこに電極をつけていると頭上から視線を感じた。
ケインが顔を上げると、アーサーが不思議そうに見下ろしていた。
「私の体に何かありましたか?」
「ああ、脈動を感じた」
無機物たるロボットに脈動があったことに驚いたのだとケインが告げると、アーサーはぱちりと目を瞬かせた。
「それは仕様です。私はできる限り人間に近く作られているロボットですから。脈のない人間はいないでしょう?」
「確かに、『生きている』人間なら心臓は動いているな」
皮肉げにそう返すと、ケインはアーサーに計測器具を取り付ける作業を再開させた。
ケインたちが全身にカ20箇所もおよぶ電極をつけ終わると、博士は嬉しそうに両手をこすりあわせた。
「さて、これで準備は整ったね。あとは君たちがこの部屋を出るばかりだ」
あまりにも無謀な提案に、ケインは博士を見下ろす。
「いくら博士でもその言葉を聞くことはできません。危険すぎます」
「さっき私はこの子はいい子だと言わなかったかな」
「おっしゃいました」
博士の言葉を肯定しつつも、ケインは引くことはできなかった。
「しかしあくまでこれは人殺しの嫌疑がかけられているものです。いくら博士がロボット心理学の権威で、ロボットに詳しいとおっしゃられてもみすみすそのような危険に晒すわけにはいきません」
「マクドナルド刑事」
すっと、博士は片手を軽く上げた。
「この子が人殺しの嫌疑をかけられているのは私も聞き及んでいるよ。でも私はそれを信じてはいない。この子はいい子だよ。人間にだっていいのと悪いのがいるように、ロボットにもいい子も悪い子もいる。ロボットというものは、その構造がより精巧になればなるほど、その心理状態は人間と同じ…いや、時には人間以上に複雑になるものだからね」
講義をするような調子で話しながら彼は歩き回り、ぴっと人差し指をケインにむける。
「人間でも、生まれながらの悪人はいない。人間が悪くなるのは人格を形成するまでの環境に原因がある場合が多い。ロボットもまた同じでね。いくら三原則が施されていても、彼らの生活環境が悪かったり人間に冷遇されていたりしたら、ひねくれたり信用のおけないロボットになってしまったりするのだよ」
ここで博士は優しい目をアーサーに向けた。
「それをふまえて言わせてもらうと、この子は大丈夫だ。まだ生まれて間もないということもあるだろうが、主人からとても大事にされていたようだからね」
「そんなことまで分かるんですか」
リルに問われて、博士は自慢そうに鼻をひくつかせた。
「そこはまぁ、年の功と言うところかな。もちろん、いくつものロボットを見てきた私だから言えるのだけれどもね」
「………」
――僕をロボットとまちがえたくせに。
と、いう言葉をかろうじてケインは飲み込んだ。
それに立場上反対はしたものの、彼自身もまたアーサーが博士に危害を加えるとは考えづらいと思っていた。
そこでケインはひとつ提案をすることにした。




