中編
その日から、お姫様は赤い水、血に執心を始めてしまいました。
最初は赤い染料を溶かした水、次にワイン、そして家畜の血を溶かした水……。
しかし、どれもこれもお姫様が気に入るものではありません。
「あの時の美しさには到底及びません。いえ、それどころか余計醜くなってしまいました! ヒトの血です、桶をいっぱいにしたヒトの血が必要なのです!」
あの時見た美しい指に狂ったお姫様はまず、召使から最も仕事が遅い者を聞き出すと父親の王様にウソを吐いて処刑させてしまいました。
そして首が落された死体から溢れ出る血を桶に注がせ、手元に持ってきます。
「あぁ、これです、これなのです……美しい、素晴らしいですわ……」
桶の血に指を浸け、遊ばせるお姫様の表情は恍惚としていました。
しかし召使達は部屋いっぱいに広がる血の匂いと、その血に指を浸けるお姫様というグロテスクな光景に吐き気が止まりません。
「絡めるだけでは到底足りなかったのです……この美しさこそ、永遠に保つべきもの……」
お姫様はそれからというもの、毎日誰かを処刑してその血に指を浸けるようになってしまいます。
王様もお姫様が喜ぶからと言って言うことを聞き、お城にはいつお姫様に処刑されるのかと皆が恐怖しています。
毎日血に浸けていたお姫様の指は綺麗に洗い落とした後でも仄かに赤く染まり、以前よりも美しさを増していました。しかし、その指は血の匂いを常に発しており、人々は美しい指を持つお姫様から『赤指姫』とお姫様を呼ぶようになります。
その後、お姫様は一日に三人ものヒトを処刑して指を常に血に浸けるようになりました。しかしそれでも更なる美しさを求めてしまったお姫様は、不老不死の美しい魔女の話を聞いてしまいます。
「その魔女を捕らえ、毎日血を捧げさせなさい! その時わたくしの指は、最高の美しさを手に入れるのです!」
お姫様は国の騎士団を動かし、魔女狩りを始めました。
不老不死の魔女。どんなことをしても血が尽きない、最高の存在。
しかしそれは所詮噂でした。確かめる術は殺しても死ぬか、死なないか。それだけです。
多くの人々が魔女狩りを受け、無為に殺されお姫様の指を赤く染めていきます。
そんな恐怖の時代が20年ほど続き……
「魔女はまだ捕らえられないのですか!? あなた達はいったい何をしているのです!」
見た目以上に年を取ったお姫様が、ヒステリックに叫びます。
顔は弛み、目は落ち窪み、腰は曲がっていてもその指だけは異様な美しさを保ったままです。
毎日毎日魔女狩りの被害者の血に指を浸け、指だけが妖しいグロテスクな赤い美しさを持ち続けていました。
しかし、ついに殺しても死なない美女。つまり魔女が捕らえられたという報告がお姫様のもとに届きます。
「あぁついに、ついに捕らえたのですね! ようやくこの時が来ました、私の指、私の指が最高の美しさを!!」
歓喜に打ち震えるお姫様。彼女のもとにすぐ喉を切られ桶いっぱいに注がれた魔女の血が運ばれてきました。
その血は鮮血よりも赤く、宝石よりも煌めき……そして、悍ましい程に強烈な血の匂いを放っています。
しかしそんなことを気にせず、お姫様は喜びのあまり、期待のあまり恐る恐る指をそっと血の中に浸けます。
「どれほど美しくなるの、わたくしの指。きっと世界全ての人々を魅了してしまうほど美しくなってしまうのでしょうね、ふふふふふ……え?」
お姫様が数秒血の中に指を浸け、取り出すと……
美しかったお姫様の10本の指は、魔女の血と同じ鮮やかな赤の百足に変わっていました。
「い、いやぁぁぁぁぁぁあああああああ!?」
百足は足を動かし、勝手に動いて絡み合います。
お姫様の悲鳴を聞きつけた召使もそれを見て悲鳴を上げ、兵士を呼びに行ってしまいます。
「わたくしの指が、指がぁぁぁぁあああ!! 切って、切ってください、この百足達を切ってください!!」
呼ばれた兵士もその光景に思わず吐き気を催しますが、すぐに命令に従います。
一人がお姫様を抑えテーブルに腕を固定し、もう一人が剣を抜き根本から百足を切り落とそうとしました。
しかし、左手の人差し指、中指、薬指、小指だった四匹の百足を剣で切った瞬間……
「痛いぃぃぃぃいいい! 痛い、痛い痛い痛い痛いぃぃぃいいい!!」
お姫様が絶叫します。百足になってもそれはお姫様の指だったのです。
指を切り落とされる痛みにお姫様が叫びますが、それでも兵士達はお姫様を押さえつけて残りの百足達……指を切り落としました。
切り離されても生きている百足達はテーブルから落ちると、そのままどこかに消えてしまいます。
そして残されたのは、兵士と召使に手当てを受ける指がない憐れなお姫様だけでした……。