第二話 二ノ宮商店街派出所
どうやらルイさんは事件について調べるために交番に行くらしい。俺のためと言ったのもうなずける。店員がどうとか言っているうちに唯も帰ってきて、うやむやにされてしまったかと思っていたがちゃんと考えてくれていたようだ。
交番は商店街の中にあるから、のんびりと歩いても3分かからない距離だった。
「………ルイか。久しいな。」
到着すると、落ち着いた感じの低い声が迎えてくれた。
「やぁ、龍一郎。何で来たか分かる?」
大人っぽくて寡黙な感じの彼こそが、二ノ宮商店街派出所勤務の片平 龍一郎だ。寡黙だったら交番勤務は向いてないと思うけど。
スマートで背の高い体を青い制服でつつんでいる。痩せているのに、頼りがいがありそうに見えるのはしっかりした体つきをしているからだろう。クールな兄貴という感じである。
「………不審者の件だろ。あいかわらずだな。」
あいかわらずということは、事件のたびにルイさんはここに来ているのだろうか。二人はきっと古くからの親友なのだろう。なんとなくそんな雰囲気だ。
「近隣住民の笑顔のために!龍ちゃんだって同じでしょ?」
「その呼び方はよせ。………事件のほうは俺もまだ良く分かっていない。」
龍一郎は眉間にしわを寄せて、悔しそうに言う。長い手を伸ばして引き出しから被害届をつかむと、それを読み上げ始めた。
「事件の発生時刻は今朝の8時ごろ、場所はいづれもこの二ノ宮商店街だ。だれもいないのに棚が倒れた、商品が崩れたなどの似たような事件が多発している。幸いけが人などは出ていないが。」
ルイさんはふぅん、と何かを考えるようにつぶやく。
「じゃあ、龍ちゃんはどう思うの?」
「………何がだ。」
「透明人間だ、とかいううわさが流れてるみたいだけど。」
「………少なくとも偶然では起こりがたいということは言えるな。」
用なしになった被害届を引き出しにしまいながら続ける。
「………被害が大きくないという理由で、警察はまだ動いていない。」
「だけど?」
ルイが信頼のこもったまなざしで龍一郎を見ると、彼は小さくうなずいて、レポート用紙がつづられた、年季の入ったファイルを取り出した。
「もちろん調査はしてきた。………これを見てくれ。」
差し出された一枚のレポート用紙には、事件の起こった時間、場所、被害内容はもちろんのこと、周辺の様子、落ちていたもの、被害者の証言までびっしり事細かにと記されていた。
ルイさんは、さすがだね、と言いながら、それを受け取って、近くの椅子に座って読み始めた。
俺はなんとなく手持ち無沙汰になってしまったので、観葉植物の前でおとなしく寝そべっていた金との交流を深めることにした。金はさっきあったばかりの俺にまったく警戒心を示さない。この辺は飼い主に似たのだろうか。
金色でふかふかの毛をしばらくなでていると、ルイさんがそれを読み終えて、渡してくれた。
「ほんとに商店街内でしか起こってないですね。」
ぱっと見ただけでそれが分かる。そんなに広くない二宮商店街の地図には、事件発生地点を示す赤い目印が8つ。そのすべてが今日の8時から8時半の間に起きている。
「………同時に起こっている事件はない。事件現場は北から南に移動するにつれて発生時刻は遅くなっていっている。」
「犯人も北から南に動いてたってことだよね。」
「南ってことはタクシー乗り場と、中学校と、あとはバス停もあるか。そのまま逃げたのかな?」
「………可能性は高いな。」
二人はすでにそんなことまで察したらしい。でも俺は違うことが気になっていた。時間的にも、逃げた方向的にも当てはまっているし、可能性はある。できれば、違っていてほしいが。
龍一郎さんは席を立ち、外出用の上着を羽織った。
「今すぐ聞き込みに行ってくる。情報は鮮度が第一だからな。」
「今からですか……」
俺は思わずつぶやいた。すでに日は落ちようとしているから、春とはいえ肌寒い。
「情報が入り次第、連絡に行く」
「んじゃ、任せるよ?」
龍一郎さんはうなずいて必要なものを準備すると、足早に出発した。それを見送ると、
「さてと、唯ちゃんに任せっぱなしじゃ悪いから、僕も帰ろうかな。」
ルイも席を立った。最終的には観葉植物をむさぼり始めていた金も察したようで、ゆっくりと立ち上がった。
「廉くん、君には初仕事があるから、早く帰ってしっかり寝てね」
ルイさんが誰もいなのにわざわざ耳打ちで仕事内容を教えてくれる。その瞬間、俺は一気にテンションが上がった。神様ありがとう、店長ありがとう。スキップで家まで一気に帰ると、遠足の前の日の小学生のようにそわそわそわそわしていた。早く寝ろといわれたのに、ぜんぜん寝付けなかった。




