九話「街」
テミと旅を始めて三日が経った。転移だと一瞬の距離も歩きだと何時間もかかる。
ツカサは移動中ずっと本を読んでいた。訳ではない。
テミが好奇心で質問を繰り出すと丁寧にも答える。これが一年ほど前ならば無視していた。そもそも助ける行為すらしなかったであろう。
「ツカサさんってやはり高位な魔術師なんですか?冒険者ランクも相当高かったり…」
「高位かは知らない。自己評価だけど、多分俺に勝てる魔術師は殆どいないと思うよ。冒険者ランクは……」
「Sランクですよね!!でなければ可笑しいですもん!!」
「あ、あぁ」
教会本部で読んだ本では冒険者と言うギルドが残っている事は知っていたが、前回とそっくりそのままとは限らなかったので言い出し難かった。
だが、テミはその辺もキチンと知っているらしく、堂々とSランクと言い放った。これにて前回と制度は変わっていない事を知る。
もっとも、少しばかり変わっているかもしれないが、そこはギルドで確認した時で良いだろう。
「流石ツカサさんです。あと、地図とか持ってないようですが、そういうスキルも……」
「まぁ持ってるな。あ、これは内緒な。と言うか、俺のことは他言無用で頼む。少し目立つと厄介な事になるんだ」
「分かりまました!!恩人様の言う事を守らないわけがありません!!」
「そこまで気負いしなくても……。でも助かる。ありがとう」
「いえいえ!!とんでもない!!」
自分の事ばかり聞いてくるテミに、ツカサは早々に飽きた。いや、飽きたというのは少々違う。
自分の事ばかりで話疲れたのだ。元の世界でも前回の召喚でも、自分の事を話すタイプではなかった。これは自分の情報流出防止もあるが、そもそも自分から話すタイプではないからだ。
なので、ツカサはテミの話を聞くことにした。他人の話からこの世界の情報を得ようという打算だ。テミはツカサと違い、自分の事を聞かれて嬉しいのか喜んで喋ってくれる。
「私は獣人族でして、人里から離れた森の隅に集落を作って暮らしてるんですよ」
「人界には他種族は珍しいんだっけ?」
「そうですね。珍しいと言う程少ない訳じゃないですが、人族に比べたら少ないです。人界にも獣人族が収めている国もありますし……。と言っても、獣界には程遠いらしいです」
「俺はあんまりちょっと事情があって詳しくないんだけど、獣界ってのは獣人族が居る世界だよな?」
「はい。遠く昔の大戦にも参加していた世界です。今でこそ平和に和解してますが、ほんの数百年前までは人界で人族以外の種族は奴隷扱いだったんですけどね」
「よく鎮火したな。ルナーが何かしたのか?あ、ビエントルナー様な」
「はい。ビエントルナー様は大変心の器が広いお方です。他種族の為に態々地上に降臨して、お告げを述べたと記録に残っています」
なるほど。ルナーがそんな事をしていたとは。
何故大戦が終わってから時間が経ってからなのか?と疑問に思うこともあるが、わざわざ自分を勇者としてこの世界に転生召喚させるほどの女神様だ。何か理由もであるのだろう、と勝手に結論を出して終わらせる。
教会本部でもこの世界の歴史を調べたりしたが、何分時間をそれほどかけなかった。召喚されて三日目の夜に脱走。いくら読書スピードが早いツカサでも限度がある。
細かい内容を知るためには、テミに教えてもらうのが一番苦労が少なくて済む。まさに渡り船だった。テミは人界では細々と暮らしていると言っていた割には博識だった。いや、博識と言うよりも常識は身に付いている娘だった。
ツカサは出来るだけ常識範囲の歴史を知ろうと、街までの道すがらテミに質問して知識を蓄える。ゲームや小説の設定を知るのは好きな方で、元の世界では異世界物のライトノベルも嗜んでいる為もあって、スラスラと覚えていく。
学業の成績はかなり悪い方だったが、好きな物には全力で頭を使うタイプ。そもそも、一般常識として知られている程度の歴史など、覚えるのにそう時間はかからなかった。
テミの話しを聞いている内に気になった点は複数あったが、その中でも一際ツカサの興味を引くおとぎ話があった。
一通り話し終えて満足そうに顔をほころばせるテミに、ツカサは気にった部分を再度話題に取り出す。
「戦神アレスティーネですか?」
「あぁ。戦神って戦いの神だったんだろ?なら、全界大戦でも人族が不利になる場面は少なったんじゃないのか?というか、人界の神はルナー……じゃなかったビエントルナー様だけなはずじゃないのか?」
戦神アレスティーネ
正確な人族の歴史でも最も古い記録に残っている一人の少女の名だ。全界大戦が勃発して数年後に現れた人族の英雄でもある。
瞬く間に頭角を現し、押されていた戦線を押し上げ、まさしく一騎当千。それ以上をいく武芸を持った人物だったとか。一人で何万人もの他種族を殺し、果てには神にすら届いたと言われている人物。その戦歴から、人々は戦神として湛えた。
ツカサも大まかな情報は教会本部の図書室に収められている本から読んだことがった。しかし、いくら読んでもおとぎ話以上の情報は出てこない。
人間の身で神に届くという、宗教団体からすれば御法度の様な人物に、教会本部は情報規制をしているのか、それとも聞いた相手が間違っていたのか、ぼんやりとした情報しか出てこない。
しかし、テミの口から出た言葉は初耳の内容だった。
「ビエントルナー様降臨の前に活躍した騎士です。戦神と呼ばれているのは、戦の神の如く戦場で活躍したとか…」
「騎士だった?それは始めて聞いたな」
「あっ!!?……あの~それは聞かなかった事には……」
「したくないな。気になるし、何か引っかかるんだよ」
「えぇ……。うぅ………」
テミは口を閉じて言いたくなさそうに引く。言ってはならない秘密だったそうだ。
しかし、それを見過ごすツカサではない。人に優しくなったといえ、基本的には自分本位な性格を持っているツカサだ。テミの気持ちなど知らない。
昔のツカサなら相手の顔色を窺って、マズイと思えば即座に引き返す。だが、変わったツカサならグイグイ行く。嫌がっても本気で拒絶や黙秘されない限り聞き出す。
自分の意見を優先すべように変わったのだ。
テミはツカサに真剣な目で見つめられて、顔を赤くしながら呟いた。負けましたと言わんばかりの態度だ。
「……命の恩人であるツカサさんだからこそ話すのですからね」
「分かった。……と言うか、俺もあんまり踏み壊れたくいからな。そもそもこれを聞いて話すような相手居ないし」
「ツカサさんって何者?」
「言わない。言っても、理解できない可能性あるし…」
「…分かりました。ツカサさんがそういうなら」
またもや脱線しかけた話を元に戻す。テミは嫌われたくがないが為に踏み込まない。踏み込んだら最後、見捨てられると心の底で感じ取っていた。
ツカサとしてはそこまでは捉えていなかった。確かにメンドクサイと不機嫌にはなるかもしれないが、そもそも信じてもらえるとは思ってもいないからだ。
誰が、数万すら前と思われるこの世界に居たと聞いて信じるって言うんだよ。と、ツカサは内心で愚痴る。信じて欲しいわけでもない。単に俺って前世持ちだから、歴史の秘密知ってるんだぜ。と言っても信じられるかどうか?と言う話だ。
普通の人は信じないからこその、真実を秘匿するのだ。単に説明が物凄くメンドクサイ、そもそもあれは俺の思い出だから聞かせる気はない。と言う、従来の大雑把さが前に出てるだけかもしれないが……。
閑話休題。こちら側の説明が多くなってしまった。
テミはツカサの気持ちを汲んで知ってる情報を話した。それは、人里離された閉鎖的な里だからこそ残った歴史の事実。人族の間では永い大戦を経て失われた歴史だった。
「私達は人族では無いので本当に詳しい内容はご存知ありません。大戦時代に戦場に出ていたご先祖様が聞いて伝わった内容です。この事を初めに頭に入れてください」
「つまり、間違った伝わって内容は事実じゃないかも知れないってころか?」
「はい、それでも本当にお聞きしますか?」
「あぁ。歴史ってのは後から覆る事が多い。むしろ、過ぎ去ってしまった事を正確に知ることなんか、生物には不可能だからな。それが出来るのは、神様くらいだよ」
テミはやはり言いづらいのか「間違ってる可能性もある」と念を押してツカサに三再び聞き返す。
ツカサの答えはやはり変わらない。それどころか「間違っていても仕方ない」と理解を示す。歴史の常識が覆ることなど、元の世界の現代でも起こっていることだからだ。
「では、私が知っていることを全て話しますね」
そう言って始まったテミが住んでいた里に伝わる伝承。
口伝えに残っている物で、理解しにくいこの世界の常識や言い回しなどで難しい内容であったが、要約するとこんな感じ。
・戦神アレスティーネは人族の生まれであった。
・戦争が始まる前に侵略して来た魔王を打ち破った勇者の血縁者であった。
・たった一人で戦線を覆し、人族存命に大いに貢献した大英雄。
・神に挑み勝利するも力を使い果たし、天界へと昇華された。
テミの話のほとんどは教会でも調べた通りの伝承であった。しかし、教会でも痕跡すら見つからなかった情報が一つ。
「なぁ、戦争が始まる前の侵略してきた魔王について何か残ってないの?」
「すみません。その話が出てきたのは、戦神アレスティーネの生まれについて語っている場面が初めてです…」
ツカサの質問に応えられなくて、テミは気を落とす。そんなテミと反対にツカサのテンションはバク上がりだった。
魔王を打ち破った勇者ってどう考えてもエドの事だよな?名前まで伝わっていないから断定は出来ないけど、以前異世界に転生召喚していた時に滞在していた街の名前がある時点で可能性はかなり高い。
やっぱり、この世界は前に転生召喚した世界と同じ世界だな。それも何万年も後の…。
自分の置かれた世界の再確認が出来てホクホク顔だ。ついでに、親友の存在が「勇者」と言う称号であるが残っている音に加えて、その血縁者が人族の中では永い時間語り継がれて崇拝されていると知って、内心物凄く嬉しかった。
仲の良い友達がテレビで話題になっている様子を見て、「昔友達だったんだぜ!!」と舞い上がっている人のようだ。
と、話している間に大分進んだのか、ツカサのマップ上に街が見えてくる。周囲が木々で囲まれている為、肉眼では認知出来ないだろうが、高原や高所だったのなら十分目に入る範囲。
よし、良い情報も得たことだし、厄介払いするか。と、ツカサは非道ながも自身の能力を最大限に活かせる事を喜んだ。
それから約一時間後。二人は街の外壁前にやってきた。モンスターが良く出現する森の近くに立地しているせいか、街へと入る門の前には門兵が複数人で目を光らせていた。
「結構並んでますね。これならもう少し時間はかかりそうです…」
「……そうだな」
別れの時が迫っているせいか、テミは声を落としてツカサに話しかける。しかし、ツカサは基本的に自分から進んで話しかけないタイプの人間だ。テミは話題を作れず、二人の間には沈黙が流れた。
段々と列が短くなっていく。数十人と並んでいた列は数を減らしていき、遂には残り5名となっていた。そんな時、ツカサが口を開く。
「そういえば、街に入るときってどうするんだ?『インデックス』でも見せるの?」
「あ、はい。『インデックス』は人界以外の何処でも通じる唯一の身分証明書ですから。全世界共通です。偽造も不可能ですし」
「なるほどな…」
冒険者カードの様に発行しなくても、産まれた時から持っているシステムを使った検問か。テミの言葉を聞くに、ステータス偽造のスキルは一般的じゃないのは確かだな。不可能と言わしめるくらい前例がない……もしくはマイナーなスキルなだろうな。まあ、明らかに犯罪に使えそうなスキルだしな…。
でも、これなら問題なく街に入れそうだな。とツカサは安心した。
直ぐにツカサとテミの番がやって来た。門兵を近くで見たツカサの視界には、門兵のステータスが見えた。どのステータスも自分はおろか、同郷であるお使い様を越えていない。全部が平均的に5,000近く、最大でも5,200を超えない。
改めて自分のステータスがぶっ飛んでいることを認識するツカサ。見るからにツカサの方が弱そうなのにだ……。そのくらいレベル差があるらしい。
しかし、レベルだけはお使い様を超えているが、それはこの人達がこの世界で努力した結晶だからだろう。
そんな門兵さんだが、何とフルメイルプレートを着ている。重装備だ。熱くないのだろうか?とツカサは門兵さんに同情した。
「次の方。インデックスを表示してくれ」
「鑑定スキルを調べるが、規則だから文句は言うなよ」
「分かりました」
「あいよっと……まあ問題ないな」
「こっちの兄ちゃんは……問題無しっと。ご協力感謝する」
テミとツカサは順番にインデックスを表示して門兵に見せる。鑑定スキルが扱える門兵が居るらしく、彼の前には偽造も無意味なのだとか。
テミは獣人族ということに視線を喰らったが、種族差別をするような人間ではなく普通に通される。ツカサも「ステータスの数値が高い!!」などのテンプレを起こすこともなく、無事に街へ入る事が出来た。
「わぁ…。人が多い…」
クイホンは外から見る大きさからも分かる通り、それなりに大きな商業都市のようだった。道の中央には荷台を轢いている馬車がひっきりなしに通っており、脇の歩道と思われる場所にも人が大勢歩行しているばかりではなく、賑やかな喧騒と人混みの多さで引っ付いていないと逸れてしまうほどであった。
これほど大きな街ならば、奴隷商会があるはずだよなぁ、とツカサは一人納得する。
さて、目的地は何処かな~?と、ツカサは昔何度もお世話に合ったマップ機能を使い、場所を探しだす。
ツカサがマップ機能と呼んでいるこの魔法は、ゲームのように知らない場所でも広範囲にわたって地形が分かり、店などの利用可能な施設が一目で分かるアイコン、敵対している人間やモンスターの位置、味方の位置まで搭載されている。昔異世界召喚された時から使えており、これがなければ死んでいた場面もあった代物だ。本当は魔法ではないのだが、それをツカサは知る由もなく、知ったところで何も変わらない。
大きい街でもあり店の数はそれなりに多いが、マップ機能によって目的の場所を見つけ出すことも造作もない。無駄に凝っている機能を使いすぐさま位置を特定した。
国に届を出しており、それなりに大きな奴隷商会だったのか、街の中央付近大通りに接している場所だ。このまま流れに沿って歩いて行けば迷うことなくたどり着くだろう。
厄介……とまでは言わないが、やはり自分の存在を公に広めるのは良い事ではない。異世界召喚系の小説から学ぶに、あの召喚者から逃げ出すと待っているのは探索か死……とは断言できないが、個人的に面倒な事になるのは間違いない。自分の力ならあの場所に居ても死ぬこともないだろうし、目立っても逃げ切れる自信がある。だが、問題はそもそも起こらないのに限る。起こさない様に努めて、それでもなお無理なら諦めるが、出来る限り……片手間にできる範囲の努力はしたいと思う。と、ツカサは考える。
故に、ここでテミと分かれて元の世界に帰れる方法を一人で探すのが一番早いだろう。
「此処だな……」
「そう…ですね」
目の前にあるのは周りの建物よりも一回り、二回りも大きな建物。石造りの2階建てで窓は申し訳程度しか見受けられない。奴隷が脱走する可能性を考えてだろう。
確かに中世ヨーロッパ風のこの世界で考えると、かなり大きい部類のサイズだ。
それだけ奴隷制度は儲かっているのか……。
悩んでていても仕方ないので早速入ってみるか、とツカサは悲しそうな顔をするテミを見ずに建物の中に入っていった。
1年も空いたとか嘘だろ…。