八話「二人旅」
いつの間にか初投稿から一年。こんなにも短い一周年はあるだろうか?二年目もよろしくお願いします。
朝だ。新しい朝だ。希望の朝ではない。
朝日の光を受けてツカサは目覚めた。二度寝でもしようかな……なんて思っていると、周囲から少しだけ抑え気味な音が聞こえて来た。
オリーティアか?と思ったものの、教会本部から逃げ出した事を思い出す。それならば……と体を起こすと、昨日助けた犬の獣人族の女の子、テミが焚き火をつけようと奮闘していた。
「『ファイヤー』」
「あ、おはようございます。寝起きなのにすみません。自分で準備したかったんですけど……」
「いや、そのくらいは全然労力にならないから大丈夫」
「そ、そうですか……。朝ご飯の準備しますね!!」
気まずい空気が流れる中、テミはバッと行動をして朝ご飯の準備を始めた。と言っても、自分で狩ったのであろう兎やその辺に生えている野良野菜がちょこっとだけ。これを見るだけで、どれ程早起きして準備をしていたのかが分かる。
寝起きで頭が働かない中、ボーっとその姿を見ているとたどたどしい。あれだ、普段料理しない者の雰囲気を醸し出している。
しかし、それでも一生懸命準備をしている姿を見ると言い出せない。そう……
「食料なら俺が持ってるからそこまでしなくてもいいのに……」
「え!?」
そこは普通の人と感性がズレているツカサだ。平気で言えない事を言ってしまう。そこには憧れてはいけない。
ツカサからまさかの言葉を頂いたテミは固まる。目が語っている「私頑張ってたよ!?褒めるまではいかねくても、本音をぶちまけなくてもっ!!」と言う風に。
ツカサは失敗したなぁ~と自分に嫌気が指して、ため息をついてからテミに言った。
「別に嫌がっている訳じゃない……のかは自分でもよく分からんが、俺って自分ルールから外れる事って余り好きじゃないんだよ」
「えーっと…」
「例えばこれ」
ツカサが指をさしたのはテミが作っている料理だった。何の変哲もない野菜にウサギ肉を焼いたもの。豪華とはいいがたいが、これといった失敗も見られない普通の料理だった。恐らくこれがテミの村では普通だった朝食だったのだろう。
指さされた朝食を見てもテミは首を傾げるだけ。ツカサの言わんとしたいことが全く理解できない。
「この朝食事態には何の問題もないんだ。至って普通の朝食。詳細は言えないけど、毒が入っている事はまずないと分かる」
「では、何が……」
「俺の気持ちも問題。普通に手料理を振る舞ってくれるのは嬉しいよ?感謝もする。だけど、俺って初めて食べる物って余り好きじゃないんだよな」
そう。何とも自分勝手な言い分だった。
ツカサは育った環境のせいか、家の外で食事をとることに抵抗がある。学校の給食、林間学校や修学旅行での食事でもツカサはあまり食べなかった。元々小食なのも後押しして、ツカサは家の外では基本的に食事を取らない。
一度目の異世界に召喚されてからある程度それが緩和されたものの、一度元の世界に帰って食事に困らない生活に戻った為に再発。公共機関である教会本部の食事は文句言わずに食べていたし、料理の質も最高に良かったのでアイテムボックスに詰め込んで備蓄するほどである。
そんなツカサが言いたいのは、切羽詰まった状態でもないのにその場であしらえた素材の食事を取れるか。と言うものだった。
「と言うわけだ。いや、俺の収納魔法に昨日の食事を何日分もストックしている事を伝えなかったのと、言い方が悪かったのは謝る。ごめんなさい」
「あっ!頭を上げてください!!私だってツカサさんに伝えもせずに勝手に行ったことなので……」
「…じゃあ有難く頂きます」
作ってくれた分はキチンと食べないとバチが当たる。それに食べないとは言っていない。
ツカサは用意してくれた朝食を黙って食べ始める。それを見たテミは「あ…」と声を零してから自分の分を他所って食べ始めた。
「普通に美味しいんじゃない?」
「あ、ありがとうございます!!」
不味くはない。しかし、教会で出される料理よりも美味しい?かと問われれば首を傾げる。
元々普通に作って食べるよりは美味しいから、わざわざ生成魔法の真似事でタッパを作って持ってきたのだ。
だから、笑顔を見せながら美味しいと両手を振って言えるようなものではない。が、普通に食べられるので、食べるのを拒否することもない。メニュー自分で決められない分、学校の給食みたいだ…と思わずにはいられないツカサ。
黙って食事が進む。「食事中は静かにしないさい」と躾られて育ってきたテミと話しかけられないのなら自分から会話をする必要性を感じないツカサ。静かになるもの当然だった。
朝日は顔を覗かせて数刻も経っていない時間帯。早朝と呼ぶに相応しい時間帯だからこそ、鳥がさえずり、動植物が囁く、人間の敵であるモンスターの脅威が全く感じられない全く平穏な森の朝。それがそこに入った。
無論、ツカサがドラゴンですら破れないレベルの多重結界を周囲に張っているお陰ででもあるのだが、それは蛇足であろう。この自然を体現している前では無粋だ。
朝食を食べ終わると、ツカサがイメージ魔法を使って食器を洗い流して即座に乾かす。そして何事もなかったかのようにアイテムボックスへとしまい込む。
その様子をテミはまるで神業を見たかの如く驚いた表情で見ていることしかできない。
実際、食器を洗うだけに魔力を使うことは、貴族の使用人くらいしか実戦している者はいなく、普通の冒険者ならば魔力の無駄、そもそもそんな余裕ない。如何にツカサが規格外なのか分かる一幕である。
ツカサは一度目の転生召喚で何度も同じ事を味わっているからか、特に気にした様子は無い。そうでもなければこの先やっていけれないだろう。ツカサが使う魔法は全て常識外れの位置に存在しているのだから……。
食器を片付け、テントや毛布その他諸々を全てしまい込んだツカサ。テミは昨夜から驚かされてばかりだった。
昨日の時点で分かっていた事だが、危険な街の外でモンスターとの戦闘以外に対して魔力を使い続けるられるなど、余程魔力に余裕がなければ有り得ない事だ。
魔法の発動に必要な詠唱もすっ飛ばして即座に発動、切り替え、魔力残量を気にしている様子もない。
だからテミは何度も決心する。この人について行こう。そうすれば、昨日の夜に求めた『自分を守る力』を手に入れれるかもしれない。…………この人の隣りに立てるかもしれない。
表情とは裏腹な考えを考えているテミを連れて、ツカサは移動を再開した。
昨日の様な移動速度は出せない。何しろ同行者であるテミが居るからだ。
昨日は自信に移動速度上昇バフをかけて、普通の歩幅とその歩調では有り得ない速度を持って移動していたが、現状でそれをするのは難しい。
何せ、ツカサの魔法は通常の魔法とはかなり性質が違い過ぎる。
自分にならまだしも、会って直ぐの他人には補助魔法は効き難い。そもそも、昔から補助魔法を他人に使うのは苦手だった。
自分に使う時は思うだけで掛かるレベルで使いこなしている。が、自分以外にかけるとしたら、相手が自分のイメージ魔法に関して理解している。ツカサの魔法を信じ切っている。の二つの条件をクリアして初めて補助魔法がかかるのだ。
テミはツカサの事を宮廷魔術師かそれに準ずる者だと思っている赤の他人だ。偶々助けただけの関係。ツカサは他人に自分の力の秘密であるイメージ魔法を簡単に教えるはずがなかった。
テミがツカサの事を信頼していようと、イメージ魔法を知っているという前提条件が整っておらず、ツカサの方から信頼関係を結んでいない以上、テミへに補助魔法は行い難い。
最も、イメージ魔法に頼らないこの世界のシステムを用意た方法ならば問題なく発動出来る。それに魔力によるゴリ押しでも発動可能だった。
というわけで、普通の速度で道を歩く。一応森の中にある道だが馬車も通る。端っこを歩く。
足場は悪いが、経験上普通のことなので苦戦したりしない。テミも獣人族と言う特性を生かして、難なくツカサに付いて行く。
街道ほど整備されている訳でもなく、旅人が好んで選ぶ道でもない為にモンスターは当然の様に襲いかかってくる。高い金額が必要なモンスター除けの魔道具やアイテムを用意する以外では、基本的に危ない道。
武装している様にも見えない旅人が2人。1人は警戒を行っているが、余りにもお粗末で素人の域をでない。一方でもう1人は無警戒。周囲すら見ずにずっと前を向いている。欠伸すらしている油断っぷり。
これではまるで襲って下さいと言わんばかりな、格好の獲物。当然のようにモンスター達は襲いかかってくる。
「ガルルルゥゥ!!!ッ!!?キャゥ!!!」
「ッ!!!?はぁ~~。ビ、ビックリしました」
襲い掛かって来たモンスターは茂みの中から飛び出して来た瞬間、一瞬で作られた炎に焼かれて灰になった。
ツカサが異世界で無防備にしている訳がない。
視界に映るマップ機能でモンスターの位置は予め把握、道に飛び出して来た瞬間にイメージ魔法を使ってモンスターを焼き殺す。
油断も隙も無いこの態度に、テミは一々驚いて反応を示す。無理もないことだろう。何度目かなので初回ほど驚くことはしないが、それでも事前報告なしに魔法が発動してモンスターを倒すのだ。テミでなくても驚くに決まっている。
「安心して街の外を移動出来るのは良いことですけど、もう少し何とかなりませんか?」
「何とかって言われてもなぁ。………じゃあ常にモンスター払いの結界でも発動しとくか……」
「え!!?そんな。悪いですよ。私なんかの為に魔力を常に消費し続けるのは……」
ツカサはマップ機能というチート能力でモンスターの位置のみならず、仲間や敵対していない動物、その他の人間などの位置が、広範囲に渡って正確に知るすべを持っている。その為、モンスターが急に現れたと言う感覚が無い。
逆にテミは急に現れたモンスターが即座に対応されて心臓に悪いと思っているわけだ。獣人族なので鼻
はいい方向なのだが、箱入り娘だったせいか慣れていない。茂みから飛び出す直前なら察知可能だが、それよりも前に察知するとなるともう少し訓練が必要だ。
テミからお小言を受けたツカサは「だったらそもそもモンスターを近寄らせなければいい」と言う根本的な原因を排除することにした。
が、テミが更に慌てる。モンスター避けの結界を覚えている事にはもう何も言わないが、それを発動する為の魔力を心配している様子。
スキルを発動する時は己の魔力を絶対に使う。小さな火や水程度なら、そのスキルを覚えてさえいれば魔力の少ない人でも発動可能な魔力量で事足りる。だが、モンスター避けのスキルは存在自体が珍しく、また消費魔力もバカにならない。そんなスキルを常時発動させると言いだしたのだ。テミでなくても魔力残量を心配するだろう。
「……問題ないな。モンスター避けの結界に消費する魔力よりも、自然回復する魔力の方がどう考えても多いからな。±はゼロだ」
「魔力自然回復のスキルもお持ちなのですか!!?」
「あれ?普通じゃないの?」
「普通は、落ち着ける場所でゆっくりと休んだり、食事を取ったり寝たりするろ回復するものですよ……」
ジェネレーションギャップがここで発動してしまった。
ツカサが一度目に転生召喚された時代では魔力の自然回復は当たり前だった。大戦の間に何かあったのだろう。とツカサは考え込む。
呆れるテミを尻目にツカサはモンスター避けの結界を発動した。ツカサからしたら簡単な結界にしたのだが、ドラゴンレベルのモンスターでなければ破れない効果なのはご愛嬌としておこう。こんなもの、人が通る道付近に生息するモンスターでは破れないに決まってる。
ツカサが簡易結界を張ったのでモンスターは出てこなくなった。これにより、テミはモンスターの出現に怯えずに歩くことが出来るようになった。
ビックリと反応する度に速度が落ちる心配はない。
黙々と歩くだけの時間が過ぎていく。
テミに話すこともないし、気を使わないといけないこともないので、ツカサは移動時間の有効活用を始める。
それは即ち読書だ。
前の異世界での旅路は穂香に言われて辞めていたが、現在は口うるさく言ってくる彼女も居ないためやりたい放題だ。
結界のお陰でマップに注意を払う必要も無くなったおかげだ。
ならばこの有意義な時間を作ったのもテミではないだろうか?ツカサは街に着いたら、自分の出来る範囲で面倒でない事ならばお願いを叶えてあげようよ決めた。
それこそが今回の異世界冒険の旅、一つ目のターニングポイントであり誤りである事と知るのは随分と先の事である。
結界によりモンスターは出てこない。移動時間にも読書をつぎ込める。
実にのんびりとした午前中。太陽神と日光神と呼ばれる二つの恒星が地上を照らしているにも関わらず、実に気持ちのいい時間帯だ。
普段なら二度寝しても良い。だが、今は歩かねば。
昨日の夜に教会本部から脱走した後、転移魔法の連続使用によりかなりの距離を稼いだはず。
だが、この世界の情報伝達速度をツカサはまだ知らない。
三日間で勉強した結果、中世ヨーロッパよりは進んでいるがまだまだ近代には程遠い。
魔法の発達具合も一度目と大差なさそう。
唯一の懸念は大昔に起こった大戦がどう影響しているかどうかまだまだ分からない点だ。
インデックスと呼ばれる謎のステータス可視化然り、魔法の自然回復がスキル以外に限定的である事。
調べたらまだまだ違いがありそうだ。と、ツカサは本を読みながら考える。
でも、俺が考えられる範囲で読み解いた結界、この世界は一度目とそう大差ない文化繁栄だ。
なぜそうなったのかは知らないが、成長していない訳ではないのだろう。
……機会があったら調べてみる価値はあるな。
ツカサは思考をまとめる。情報伝達速度はそれほど早くないはず。
ならば、少しの間だけでもゆっくりとしていられるだろう。
少なくても、偶然助けた奴隷少女を街に送り届けるくらいは。