六話「強者に挑む愚か者」
お久しぶりです。殆どが前回のツカサから見た場合です。
焼け焦げる大地。
焦げ付く嫌な臭い。
動かなくなった巨大な物体。
大地は焼け焦げ、木々は燃えている。急いで消火活動をしなければ、あっという間に森林火災へと繋がるだろう。
動かない巨体は、空いた風穴から溢れるように鉄の匂いを纏う赤い液体を吹き出し、鼻を曲がらせる。
さらに視線を動かせば、殆ど炭になった馬車が目に入る。馬車を轢いていた馬も、馬車の中に入っていたであろう人間も、嫌な臭いを発して炭になっているだろう。
ちょっとした地獄がそこにはあった。
急なことで状況確認が取れないツカサは、目頭を抑えて呟いた。
「どうして、こうなった……」
遡ること数分前。
自分を召喚した、ルナー教本部を抜け出したツカサは真っ暗な森の中を歩いていた。
索敵をマップ機能に頼り、適当にふらふらと歩くツカサ。目を辺りに注目させ、野営地を探していると、己の危機管理センサーに強大な反応が表れた。
強大な反応と言っても、昔戦った魔王軍幹部よりも小さい。
ここでツカサの中二病さんが魔を刺した。
一度目の異世界召喚の遺産がある俺は、たいていのことは何でもできるんじゃね?だったら、今度こそ俺TUEEEEのチャンスだよな!!と。
好奇心が疼いたツカサは、強大な反応を頼りに転移魔法を起動。あっという間に景色は変わり、ちょっとした地獄が広がっていましたとさ。
急に現れたツカサに注目しているらしき影が二つ。
一つは大きな影。ドラゴン様である。
どうやら、巨大な反応はこれだったらしい。
普通なら慌てて見っともない醜態を晒すのだが、この世界は二度目であるツカサさん。ドラゴンも見慣れていた。
いや、実際にはもっと強いドラゴンと戦った事があるだけ。なので、目の前のドラゴンが脅威だとは思わない。
「何かと思えばドラゴンかよ」
ツカサが面倒くさそうにつぶやくと、声が聞こえてきた。
とても小さな声だ。普通なら見逃しているかもしれない声。だが、ツカサの耳にはしっかりと届いていた。
「ア……た、助けて……」
女の子の声だ。喉が焼けているのか、とても汚い音程をしている。やっと絞り出したかのような救済を求める声。
チラッと、今にも消えそうな反応をしている場所に目を移すと、予想通り女の子が地面に倒れている。
全身が無残に焼け爛れ、裸体を見たことに戸惑いを覚える隙もないほど、酷い有様だ。
なるほど。よく分かった。ツカサは素早く状況整理を行う。
何者かが馬車で移動中にドラゴンに遭遇。機嫌を損ねたか何か理由は分からないが、ドラゴンを怒らせてしまい壊滅。生き残った女の子に止めをさす瞬間だったらしい。
正にテンプレ展開。道を行く先でモンスターに襲われている者を助けるイベント。そのモンスターがドラゴンで、最上位の戦闘職でも何十人と揃わないと歯が立たないレベルのモンスターであっても。被害が護衛冒険者一人二人ではなく、丸ごと全滅していても。テンプレ展開には違いない。
チラッと視界に入れただけが癪に触ったのだろうか?ドラゴンは再び口元に魔力をチャージしていく。
魔力感知を用いずともわかるその量は、高い威力を発揮すると物語っている。
一瞬でチャージが完了されたそれは、ツカサに向かって放出された。
「……ッ!!?逃げて!!」
女の子の声が聞こえた。
一度その身で受けたからこその声だったのだろう。絶望感に塗れた声だった。
しかし、ツカサは動かない。動く必要がないからだ。
小さな声で「魔法障壁」と呟くと、声に反応して魔力が勝手に魔法の形になり障壁を作り上げる。
特に細工などしていないただの魔法障壁。何十回、何百回と発動する事により、声だけで魔法が発動するようになり、幾度もの攻撃を防いでくれた魔法障壁は、今回もキッチリと役目を果たす。
ツカサはブレスを受けて落胆する。これがドラゴンなのかと。
昔に戦ったドラゴンは最も強かった。それぞ、本気で魔力を込めた魔法障壁出ないと防ぎきれないほどに。
もっとも、その時よりもツカサが成長している影響もあるのだが、今のツカサにはそんな細かいこと関係無い。
「はぁ~。これがドラゴンブレスだと?」
「グガカガガガ!!!??」
ツカサも無意識だったのだろう。落胆の気持ちが声に出てしまう。
人間の言葉を理解できるのか、それとも雰囲気を感じ取っているのか、どちから分からない。だが、己の渾身の力を込めたブレスが全く通用しないのだ。
普通の人間如きが張った薄い魔力の壁など容易く貫けるはずなのだ。しかし現状はどうだ?薄い障壁を破る何処とか、推し負けている。
ドラゴンが驚愕の思考を脳内に思いつくには十分だった。
瞬間、推し負けているものの、均衡を保っていたブレスが完全に推し負けた。
魔法障壁の防御力が強すぎて、ドラゴンブレスをレジスト。ブレスなど無かったかのように消えて無くなった。
ドラゴンは何が起こったのか理解不能。目をパチパチと瞬きを繰り返して「あれ?俺のブレスは?魔力切れちゃったの??」と思っているに違いない。
集中している戦闘や、寿命の長いドラゴンには一瞬の間だったのかもしれない。
しかしツカサにはその一瞬の間だけで十分だった。記憶の回路を周り、昔見たドラゴンのブレスを思い出す。記憶に沿ってイメージを構築、久々の全力戦闘に厨二さんが顔を出して魔力を多く籠める。
「いいか、本物のドラゴンブレスっていうのはな!!こういうことを言うんだぜ!!」
可視化出来る程の魔力を使って再現したソレ。
元々異世界召喚による賢者の魔力量に加え、魔王討伐の旅で育った魔力量は、人間の域を超えている。ただのドラゴンすら霞む。
現代の人間では有り得ない速度で構築された魔法陣から、ただの魔力が放出される。攻撃ではない。構築した魔力だけでそうなっているのだ。本体の攻撃はどの位なのか?ドラゴンが思考を巡らす暇も与えず、ソレは完成した。
空中に形成された魔法陣。現代の人間が理解できるわけもない。魔法に精通しているエルフや魔族ですら解析不可能だろう。
なぜなら、ツカサの厨二さんが爆発してイメージしたただの魔法陣。意味を持たず、単なる演出目的の為だけに形成されたものなのだから!
全ての準備が整った瞬間、ツカサはその場で思いついた技名を呟いた。魔法を発動する為のトリガーの様なものだ。
「『ドラゴンブレス』 冥土の土産に持っていきな!!!!」
ツカサがトリガーを引いた瞬間、先ほどドラゴンは放ったブレスとは比べ物にならない程の威力を持った熱線が、魔法陣から発せられた。
ドラゴンが身構える隙も与えず直撃。並大抵の攻撃を通さないドラゴンの鱗だが、男の魔法の前では無意味。
無様に肉体を貫通し、内部で膨張、破裂。辺りに血肉が飛び散る。
「これが本物のドラゴンブレスなんだよ。あの世で後悔するが良い!!!」
久々にちょっとした魔力を使った攻撃。それも相手が強そうなドラゴンで、それをも圧倒している俺TUEEE状態。
厨二さんが調子に乗らないはずがない。実際にノリノリで演じている。普段の自分なら頭の中で思っていても、絶対に声には出さないはずだ。
それほどまにでに、久々の魔法は楽しかった。
というのが数分前。現状は厨二さんも落ち着き、理性がまい戻って来た状態。
辺りには軽い地獄を見て、茫然と回想が終わったところ。
だが、いつまでも立ち尽くすわけにもいかない。
何故ならば、ドサッと何かが崩れ落ちる音が聞こえて来たからだ。
音の持ち主は先ほど助けを求めて来た女の子。緊張感が抜けたのか、地面に倒れ込んでいる。このままの状態だと、数分の命もない状態だ。
「はぁ~。こんな状態でも安心しきた顔か………」
誰かさんを思い出しながら、ツカサは女の子に回復魔法を使った。
自分の身体ではないので、イメージだけでは無理。一瞬で回復するにはルナーしか出来ないだろうな。と思いながら、魔法名を呟いた。
「『リザレクション』っと。これで治るだろう。それでも治らないなら、俺には手の施しようがない」
精々頑張りな、とツカサは女の子の下を離れた。
ツカサが行ったのは、魔法名によるイメージ再現する方法での回復魔法だ。
リザレクションは回復魔法の最上位に値する魔法だ。死の淵からすら回復させる魔法。スキル『リザレクション』を覚えている最上級の回復魔法の使い手が数名集まり三日三晩詠唱を唱え続け、数百人分の魔力を注ぎ込んで漸く発動できるかどうか、というレベルの禁忌魔法。
詠唱呪文はルナー教会の教皇のみが観覧可能な経典に書き込まれており、現状、スキルの確認は存在されていない。つまり、使い手は人界に一人もいないということになる魔法だ。
それを一人で発動できたのには、からくりがちゃんとある。簡単に説明すると、『リザレクション』は死の淵すらも回復させる奇跡の魔法である。という認識をツカサは持っている。その効果をイメージ魔法で発動し、リザレクションの効果を再現した、ということだ。
女の子の元を離れたツカサは少し離れた場所に向かった。
馬車が横転し、半壊している中には潰れた肉の塊しか残っていない。原型をとどめている者は誰一人存在していない。
「やっぱりだよなぁ。これだけやられて生きていたら人間じゃない」
ツカサは感想を述べる。悲しいや哀れだとは一向に思ってない。気持ち悪い空気に鼻をしかめるが、それだけだ。人の死を見慣れてる者の反応。
イメージ魔法というバグを持っているツカサだが、それでも死者の復活は軽々しく行えない。
生存が不可能なくらい肉体が破壊された場合、魂は既に冥界神の管理化に写っている。死者の復活は冥界神に喧嘩を売るに等しい行動であり、ツカサも見知らぬ人の為にその様なリスク背負うほどお人好しではない。
せいぜい目の前に死にそうな者が居て、助けられそうなら助ける。見捨てるほど落ちぶれてはいないが、神に挑むほどお人好しではないのだ。
神に挑むのは一回だけでいい。前回は神に成り立てだった為、俺でも討伐可能だった。しかし、神というのは普通、人間や普通の生命には及ばない程、絶大の力を持った存在だ。チート能力の根源である神に、チート能力を与えられただけのツカサが勝てるわけがない。
勝てないとは言い切れないが、それは生命力すらも使った一撃や、運、神秘を纏った装備品が必要だろう。そこまでする義理はない。しなければならない時は、元の世界に帰るためだけで十分だ。
「ん?生体反応?」
ふと、ツカサのマップ機能に生命の反応が映った。ほとんどが死に絶えている中、唯一反応が映っている。
気になったツカサはそこまで移動した。すると、身体が半分食いちぎられた男が空を見ていた。いや、何も見えていないのかもしれない。
何故なら、ツカサが近寄っても全く見当違いの場所を見つめるだけだった。
「これは無理だな……。もうHPゲージが残ってないし、生を願っていない」
ツカサはステータス看破を使い、男のステータスを確認すると呟いた。職業は奴隷商人となっている。各ステータスの値もそれ程高くなく、一般人を超えてない。
このままでは数分も経たない内に死んでしまうだろう。と、ツカサは悟った。
「……がはっ!――――だ、誰かそこにいるのか?」
急に男が口から吐血しながら声を振り絞った。人の気配を感じ取ったらしい。
ツカサは面倒だと思いながらも答えてやった。
「通りかかった冒険者だ」
嘘だが、嘘ではない。
この世界で数万年前には冒険者だった。ステータス偽造を行えば、そう変更することも可能だ。
どうせ何処かの街で、冒険者ギルドには登録するつもりだったのだ。ここでそう言っても、予定が早まっただけだ。
なので、嘘ではない!
「そ、そうか………ドラゴンは何処かに移動したのだな……はぁがあl」
自分が殺してそこに死骸が転がっています。とは言えなかった。
言ってもどうせ信じて貰えないはずだ。インデックスを見せれば、討伐モンスターなども記録されているので話は簡単だが、この男は目が見えない。話をややこしくするもの面倒だったので、黙っておく。
「い、生き残りは……いるのか?」
「一人だけな。獣人族の女の子だ」
「おぉ……だったら、クイホンの奴隷商会に連れていってくれ……」
何となく話の筋が分かった。つまり、この男は奴隷商人。唯一生き残った女の子をクイホンと言うところに連れて行くと、報奨金が貰える。そう言いたいのだ。
間違っているか合っているか分からないが、ツカサはそう解釈した。回復魔法を使って助けたのだ、どっちにしてもどこかの街に連れていく予定だったからだ。
最後に男は、「こんな運命はあんまりだッ!」と後悔をまき散らしながら死んでいった。
殺したり、死人を見るのは多々あったツカサだは、死に際に声を聞き看取ったのは始めてだな……と思い浮かべる。
人が死んだ悲しさはどこにもない。この世界で生きていく上で、明日の命どころか一時間後の命も保証されていないのだ。当たり前と言えば当たり前。
ただ、ツカサは大事な人以外への関心が薄過ぎた。
夜だ。月神十四の刻を周った頃だ。元の世界風に直すなら、深夜で一番人が活動しなくなる時間帯。
人通りが少なくなり、どこに行っても一人、もしくは数名しか見ない。そんあ時間が好きだったツカサはもう少し進んでから休もうと思っていた。
しかし、唯一の生き残りである女の子を保護した為、これ以上の移動は困難だ。
この場は……人の死の匂いが充満している為却下。マップに写っている最も遠い場所に転移することにした。
「まずは~このドラゴンの死体をアイテムボックスに収納っと。お金が尽きたら資金源にしよう」
カウンター攻撃で一撃粉砕したドラゴンをアイテムボックスにしまい込む。これだけでも、一生遊んで暮らせる程の額が貰えるのだ。
人族がドラゴンを討伐するなど数十年に一度あるかどうか。それほどまでに貴重な物。さらに、一撃で仕留めた為、破損部位も殆どない。アイテムボックスの中に仕舞っている為、時間経過での劣化も起こらないため、これ以上ないほど破格な値段で取引されるだろう。それこそ国家予算並みの値段で。
しかしツカサはお金に困っていない様子なので、売る気などさらさらないらしい。どうしても困ったら売るが、基本的に装備品を作るための素材にしよう。そう思ってほくほく顔でいた。
次は女の子の下に移動する。辺りが燃えているが、今は夜で中々顔が分からない。せいぜいぼんやりとした輪郭が分かるだけだ。
一度目の世界でも仕えたゲームのような視点の機能の一つ『仲間のHPゲージ』で女の子の体力を確認する。
まだまだ少ないが、HPゲージがある以上死にはしない。あとは寝て治すだけ。これなら大丈夫だと判断して、ツカサは女の子を抱き上げた。
素の筋力なら女の子と言えど、人間を持ち上げることは不可能。だが、イメージ魔法で筋力強化を行うと、やすやすと抱き上げる。
ホノカ以上に軽い……と思いながらマップの隅に転移する、とイメージを行った。