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五話「抗いを葬るモノ」

お待たせしました。途中から筆が乗ってしまい、長くなってしましました。

でも、楽しく書けたので良しとしましょう!!自己満足な小説なので。

 森の中にある道。街道と呼ぶには少々危なっかしいこの道は、ルナー教本部が設置されている神都に続く道だ。

 神都と呼ばれる程大都市に続く道としては活気が少なく、人通りも少ない。

 それもそのはず。この道は神都に続いている複数ある道の中でも最も人通りが少なく、危険な道として有名な道なのだから。


 そんな道に現れた人影。神都の教会本部から逃げ出したツカサだ。


「っと、一先ず部屋から見える道に転移したのは良いものの………。何処に向かうべきか」


 誰も居なかった暗闇の道に現れたツカサ。一度訪れた事がある場所に転移出来る魔法を使い、部屋から見えるこの場所に転移したのだ。

 ツカサ達お使い様の後継人であるルナー教教会本部は、街の中央に位置してい大きな聖堂に場所を構えている。元の世界の都市の様に途方もないような広さではないが、この世界有数の都市である事は間違いない。

 部屋から見えた景色はぼんやりとだけだった。それでもツカサは強引に転移を成功させた事にほっと一息を吐きながら歩き始めた。


 この二度目の世界は、ツカサの知る世界とは地形が変わっている。と言う事は、転移は一度訪れないと使えないということだ。

 己の足でこの世界を歩いて回らないといけないか………。ちょっぴり溜息を吐きそうになってしまう。が、ツカサは気合いを入れ直した。

 まずは、見つかっている遺跡を中心に周って行くべきかな?ここが一度目に召喚された世界の未来だと言う事はある程度確定しているけど、それだけでは帰還の手掛かりにはならない。

 それに、地形をここまで変えてしまう程の大戦争。それについても調べないとな………。


 やるべきことは沢山ある。

 しかし、一番にするべきことは帰る方法を探すことだ。調べ物はついでに過ぎない。

 帰還の目途としては、ルナー様に会う事だ。


 彼女なら世界を渡れる程の力を持っているだろう。世界中に散らばるルナー様ゆかりの地を周って、接触を試みる。

 それが当初の目標だ。それでも帰れないとなると………もう一度魔王殺しを行うまでだ。


 ツカサは歩く。神都から逃げるようにして歩く。

 その速度は、馬が走る速度にも匹敵する。そんな速度でツカサは歩く。


『想像魔法』→『創作補助魔法』→『移動速度上昇(大)』

 効果は見ての通り、移動の速度を大幅に上げるだけ。しかし、その効果は絶大。ツカサ自身にしかかけられないと言えど、ソロで動き回るツカサに有り得ない速度の移動を可能とさせる。


 このまま歩けば、朝になる頃には一番近い都市にたどり着く事が可能だろう。

 朝になってツカサの行方不明が知られたとしても、一日で行ける距離まで逃げているとは教会も思わないはず。

 召喚された者の中でも、ギリギリ勇者パーティーに入れるレベルの能力値を申告しているツカサだ。そんな人物が行方不明ともなれば、捜索隊を編成されるはず。それでも、まずは神都を中心に探すだろう。

 ツカサの捜索隊が神都を探しつくして他の都市まで手を伸ばす頃には、ツカサは他国まで逃げている予定。

 完璧かは分からないが、これで行方を眩ませるまでの時間稼ぎはできるだろう。とツカサは考えていた。






* * * * * * * *




 細くて地面の悪い場所を、その馬車は走っていた。


 馬を操っているのは裕福そうな商人だ。

 しかし、ただの商人ではない。


「今回も順調ッと………何で俺がこんな仕事しないといけないんだよなぁ」


 一人で愚痴を出す商人。彼はチラッと後ろをの荷台を見た。

 商品の確認を行うためだ。



 荷台の中身は人間。言わば、奴隷であった。

 彼は奴隷商人の支部長。支部長ともなれば、基本的には書類業務や奴隷の管理を行うだけでよかった。

 わざわざ他の町に輸送する為の御者を、自分から行う必要はない。


 しかし、運が悪かった。自分以外の部下は他の業務に手が離せなく、街で御者を雇入れようにも捕まらない。

 商会専属の御者も、何故か休みを取っている。無理に働かせて関係を悪化させる訳にもいかなかった。

 故に、自ら御者を行って本部に奴隷を届けているのだ。


「はぁ。運がない……」




 この世界、この時代、この国では奴隷商売は合法である。

 もちろん、普通の家庭の子供を無理矢理誘拐して奴隷にするなどは、非合法。衛兵に捕まる。

 奴隷は国によって許可された商会のみにしか扱えないものでもある。


 大抵の奴隷は、犯罪者が奴隷落ちした犯罪奴隷や、貧乏な家庭が育てきれない子供を売る担保奴隷、借金により奴隷として数年働く事で解放される借金奴隷などがある。

 奴隷だからと言って、人間的な生活をさせて貰えないわけでもない。

 有能なスキルを持っている奴隷にはキチンと身なりを整えさせ、スキルの練習もさせてもらえる。これは、商会側も高く売るための先行投資に入るから。


 なので、奴隷と言っても、元の世界のような無休で働かされ、人間的な生活など出来ないようなものではない。

 もっとも、売られた先や犯罪奴隷は別であったが。



 荷台の中は空気がどんよりとしている。

 それはそうだろう。家族に売られた、行き場がないから奴隷になった。そんな子供や大人で溢れかえっている。

 これからどんな人に売られるのか分からない。普通の生活を与えられるのか?それとも毎日鞭を打たれて働かされるのか?そんな気持ちでいっぱいだ。

 犯罪奴隷は居ない。あれは商会に輸送される経路は全くの別である。


 そんな中、ひときわ目立つ存在が居た。


 薄汚いが、磨けばキレイになると思われる容姿。

 髪の毛は薄灰色で瞳は赤。これからが不安なのか、荷台の中身でも一番ビクビクとしている。

 そして、目立つと理由となるのは耳。人間のように横に付いていなかった。頭の上にヒョコっと犬耳が生えている。


 犬の獣人族だ。

 人族よりも身体能力に特化しており、一般人でも人族の倍以上の働きがでできる。

 町にも数名見かけるレベルで存在しているが、基本的には住処に隠れていて、人族の街では滅多に目にする事は無い珍しい存在。

 年齢は大人の一歩手前、14歳前後と言ったところだろう。


 なぜ獣人族の子供が奴隷になっているのか?

 それは家族が無くなったからだ。


 この馬車を運用している奴隷商会は国に認められている正式な商会だ。

 そんな奴隷商会の扱っている奴隷が、賊に捕まって売られた商品を扱うわけがない。


「(怖い怖い怖い。村の皆が死んだ。皆炎に焼かれるか連れていかれた。身寄りがないから奴隷になったけど………これからどうなるんだろう?)」


 獣人族の女の子は終わりのない自問自答を繰り返す。

 思い出すのは村の記憶。

 優しかった両親。仲の良かった友達。何時もお菓子をくれたおばちゃん。

 皆、死んでしまったか連れていかれた。

 隠れていた自分だけが助かった。助かってしまった。


 子供一人が生きていくには、この世界は過酷過ぎる。

 狩りをして自給自足をしようにも、街へ出て冒険者になろうと思っても、村の中でも花よ蝶よと育てられた女の子は何も出来ない。

 貴族のお嬢様の様に、お着替えも一人で出来ないようなレベルではない。

 だが、普通の村子供よりは遥かに知識がなかった。

 だから、偶々通りかかった奴隷を運んでいたこの馬車に乗っただけなのだ。






「ッ!!?」


 ピクッ!!と垂れていた犬耳が反応した。

 獣人族は気配や聴覚、嗅覚といった視覚情報以外の感覚が敏感で、この女の子は特に気配察知に優れていた。


 何か途轍もなく大きなモノがやって来るっ!!


「逃げn――」


 キィィィ――――ッ!!!!!ズザァァ……



 逃げないと。そう口に出そうとした瞬間、馬車が大きく揺れた。

 いや、揺れただけでは済まない。馬車が転倒したのだ。


 荷台の中は悲鳴が響き渡る。

 横倒しになる荷台に乗ている奴隷達は皆、急な事態について行けず荷台から振り落とされたりされた。


 女の子は咄嗟に受け身を取って身の安全を取る。

 これも、獣人族の本能が身体を動かしているおかげだ。


「な、何が起こって……」


 グオオオォォォ…!!!!


 聞こえて来たのは耳が痛む程の咆哮。

 女の子の危険察知がガンガンと警報を鳴らす。咄嗟にその場から跳び離れる。受け身など考える暇もない。

 だが、その一瞬の判断が功を奏した。


 一瞬、間が空いて放たれたのは炎のブレス。

 直撃は避けられたものの、余波であってもその威力は強大。全身に火傷を負わせる。


「アガッ!」


 声にならない叫びが口から漏れる。


 思えば、村の皆もこんな感覚を味わったのだろうか?

 四又を切り落とされ、全身がじっくりと焼かれたのだろうか?


 あのまま自分も死ねば良かった。そう思っていた筈なのに、いざ死が近ずくと怖くて震えてしまう。


 死にたくない。死にたくない!死にたくない!!


 ぼんやりとする意識の中、女の子は死にたくないと願った。ここから動かなければ死んでしまうと分かっているのに、身体は一向に動かない。

 動くのは目玉だけ。


 女の子は懸命に視線を動かして、襲撃した生物の正体を探る。

 どうしてそうしているのかは己でも分からない。もう数分の命なはずなのに……。


「ぎゃあぁぁぁ!!!来るなッ!!!来るなぁぁ……!!!」


 叫び声が聞こえてきた。

 どうやら、一人だけ生き残りがいたらしい。


 必死に逃げまどう音と悲鳴が聞こえる。

 やがて悲鳴は声にならなくなり、肉が裂ける音が聞こえてきた。

 耳を塞ごうにも、女の子の腕は地面にダラりと着いたまま。

 何者かに虐殺される音は、女の子の耳に容赦なく入っていき、脳を刺激させる。


「――ッ……」


 悲鳴を上げようにも、声が出せない。

 それ何処か、呼吸すらままならない容態だ。


 やっと、皆の下に行ける……。行ける?

 行くのは正しい事なの?行ってどうするの?


 死にゆく思考の中、女の子は死にたくないと願った。


 私は、まだ世界を知らないっ!!

 あの小さな世界だった私の村。十年と少しだけしかこの世界を知らない。

 こんな所で終わってもいいの?いつか大人になって、絵本の物語の様に世界を旅して色んな景色を視たいという夢は!?旅をして世界を見て、仲間を得て……恋人を得て……子供を授かって……幸せな家庭を築きたかった…………。


 ……………こんな所で終わりたくない。終わりたくない。終わりたくない……。終わりたく、終わりたく終わりたく終わり終わり終わり終わり終わり……終わり?


 終わってたまるものか!!?


 終わってたまるものか。まだ何も知らないんだぞッ!!

 それに、私が死んでしまったら、村の皆の思い出は、生きていた証はどこに消えて行くの?

 私がまだ生きている。生きているなら、私の内側で生きている。

 だから、こんな場所で死んでやるものか!!



 女の子はいつしか「死」を受入れず、「生」にしがみつこうとしていた。

 身体は動かない。いや、眼球はまだ動く。


 辺りは燃え上がり、土煙が舞い上がっている。視界は遮られ、襲撃して来た生物の身体を隠している。

 それでも、土煙の奥に見える巨体な影は隠しきれていない。


 女の子は生きる為にその生物を睨み付ける。

 今までの人生でしたことも無いような憎悪を持った顔で。それは憎らしいく、それでいて「生」にしがみつかんとばかりな力が籠った目線で。


 影は動いた。女の子の殺意を持った視線に気づいたのかもしれない。

 土煙が段々と晴れていく。ブレスによってついた炎と、空から地上を照らしてるお月様によって、段々と影の正体が映し出されていく。


 憎たらしく睨んでいた女の子にも、その正体がさらけ出された。

 数十メートルとある巨体。トカゲの様な肉体。コウモリの様な羽。口元からは、何かの赤い液体がぽつぽつと垂れている。

 絵本でしか見たことのないその姿。言葉伝えであっても、誰もが知ってるその生物。

 蛇の様な眼球からは、女の子をキチンと見つめている。


 ドラゴンだ。


 なぜこんな場所に?と言う疑問よりも早く、女の子は恐怖に支配された。

 先程まで感じていた怒りなど、数ミリも残っていない。

 身体が恐怖に支配される。ドラゴンなど、Aランク冒険者パーティーですら勝てるか分からない圧倒的強者。

 ただの、それも箱入り娘である女の子がドラゴンなんかに睨まれて、動けるはずもない。

 身体は依然としてピクリともしない。唯一動いていた眼球も、ドラゴンから目を話せない。


 それでもなお、女の子の心では、ドラゴンと言う理不尽な存在を憎んでいた。

 目にには力が入っていない。でも、思いだけは負けてない。


 お前さえいなければ私はまだ生きてられたのに!!

 奴隷でも、理不尽に殺されることはなかったのに!!

 全部お前のせいだ。ドラゴンが憎い。


 ドラゴンに睨まれて消え去った感情が再び燃え上がる。


 目の前の存在が憎い。


 ドラゴンは少しだけ驚いた。

 普通、ドラゴンが睨めば大抵の生物は戦意喪失してしまい、場合によっては廃人までに陥る。

 それが、この女の子は一度消えた戦意を再び燃え上がらせたのだ。

 警戒しない恥はずがない。



 憎い。憎い。

 ドラゴンが憎い。

 憎い。憎い。憎い。

 こんな状況を作り出した神様が憎い。

 憎い。憎い。憎い。憎い。

 この世界が憎い。

 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。



 ドラゴンは女の子の感情が劇的に変換していくのを感じ取った。

 そして、本能で悟る。この獣人族の女の子は生かしておくべきではない。



 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。

 何が憎いの?

 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。

 憎いのは、この状況で動けない私自身だ!!



 ドラゴンは再び口元に魔力を集中させた。

 腕を振り下ろすだけ散る命だとか、過剰攻撃だとか一切考えない。

 全身勢霊を持ってこの女の子を消し去る。それだけがドラゴンの意識を支配していた。



 ピクリと女の子の身体が動いた。

 そんなまさか!?動けるレベルの怪我ではなかったはず。

 身体の細胞は殆ど焼け死に、神経すら切れかかっている状態。

 それなのに、動いた。

 初めは指先、手全体、腕と体の隅から段々と体が動く。

 細胞が死に絶え、神経すら切れている状態でなぜ動けるのか?



 女の子は知りもしないが、獣人族の戦士がよく使う魔法。『身体能力強化』

 それを途轍もない怒り、生きたいと思う生への思いが、女の子の身体にあった魔力を増幅させ、無意識のうちに『身体能力強化』へと回す。

 平均的な宮廷魔術師の数倍。膨大なる魔力を使って発動された『身体能力強化』は、既に死に絶えたと言って過言ではない身体におも動かす事に成功したのだ。



 上半身を起こし、力の限りを尽くしてドラゴンを睨む女の子。

 このままいけば、女の子は下半身の自由すら取り戻し、ドラゴンへ食らいつくだろう。

 が、ドラゴンは待ってくれない。

 ドラゴンブレスの準備が完了したのだ。


「グルルルル!!!!」


 ドラゴンの口元には強大な魔力が集中している。

 この人界の生物の頂点に相応しい量。

 それは、女の子が生み出して使っている魔力よりも更に倍近い量。

 到底人型の生物には生み出すことの不可能な魔力量だ。


 やがてドラゴンブレスが放たれる。

 いくら防御障壁を張ろうが意味のない攻撃。

 死にぞこないの身体を、奇跡にも等しい所業で動かしている女の子ではひとたまりもないであろう。

 だが、そうするだけの価値を、ドラゴンは生物的本能で見出した。

 それだけでも当人は誇れること。なのだが、そう言った話は一切世間に出回っていない。

 なぜなら、ドラゴンが全力を持って、危険と判断した者を殺したと誰が知る事が出来ようか。



 幾人の者がそうやってドラゴンに危険と判断されて殺されて行っただろうか?

 数など、数えることすら不可能だ。

 この女の子も、ドラゴンブレスの前にあっけなく殺される。


 はずだった。




 ブレスが放たれる寸前、ドラゴンは急に固まったのだ。


 どんなに憎んでも。どんなに運命に抗おうとしても。

 結局のところ殺されるのだと、心の何処で悟っていた女の子もはあっけに取られる。

 今までドラゴンに向けられていた重圧が。

 普通の女の子どころか一般の兵士ですら失神は免れないであろう重圧が一気に消えたのだ。


 何故?


 そう考える前に、答えはこちらにやって来た。


「何かと思えばドラゴンかよ」


 声が聞こえた。真底めんどくさそうな声だ。

 森の中から人影が見えた。旅人のよう。

 身長は高いとは言えず、ガタイも良くないどころがひょろひょろ。

 到底強者には見えない存在だった。

 街の中に紛れたら、一瞬で見失いそうなどこにでもいるような一般人。


 だが、今に限ってはその存在を無視できなかった。


 普通一般人がドラゴンなどに遭遇すれば、悲鳴を上げて逃げるのが普通。

 だが、この男は悲鳴をあげるどころか、態度を崩さなかった。

 目の間にいる生物が、人界でも最強と言われる種『竜種』のドラゴンだと認識してなおだ。


 ドラゴンも女の子もその男から目を離せない。

 ドラゴンは本能で知っている。目の前にいる男が、女の子よりも更にヤバい奴だと言う事を。

 女の子は本能と少ない理性で感じた。目の前にいる男が、自分を助けてくれるかもしれない事を。


「ア……た、助けて……」


 女の子が絞り出した言葉は、己の救済。



 女の子をチラッと確認した男は、ドラゴンに目線を移す。

 怯えている目でも、油断なくドラゴンを観察している目でもない。

 単に視界に入れただけの目。


 それは、プライドの高いドラゴンを侮辱するのと同じだった。

 誇り高く、人間などを決して取り留めないドラゴン。

 だがそれは、人間がドラゴンを怯えるからだ。



 このドラゴンの誤算は一つだけ。

 生まれてからまだ数十年と、ドラゴンにしては幼い子の個体は、全界対戦を経験していない。

 平和でドラゴンにほとんど敵の居ない時代に生まれた個体だった。

 平和ボケで、本物の強気者を知らない世代と言えば分かるだろうか?

 戦争を経験しているドラゴンからすれば、この男が現れた時点で尻尾撒いて逃げるべきだった。

 だが、経験の乏しくプライドの高いこの個体は、このような弱っちい人間が己の邪魔をした。それだけで怒る。


 故に、判断を誤った。

 あろうことか、口元に貯めていた魔力を再びエネルギーへと変換。

 一瞬でチャージが完了したドラゴンは、男に向かってそれを放出する。



「……ッ!!?逃げて!!」


 名前も知らない人が目の前でブレスに焼かれて死ぬ。

 そう思った女の子は咄嗟に叫んだ。

 自分のせいで巻き込んでしまった。そう思ったのだろう。

 助けて欲しいと願ったが、命をかけてまで助けて欲しいとは思っていないから。


 男は動かない。

 突然の事に立ち尽くしているのだろうか?

 否、それは違った。

 男にとってドラゴンのブレスなど動く必要すらないのだ。


 ブオオォォォ!!と炎が勢いよく男に向かって放出される。

 男も黙って見ているだけでは無かった。

 女の子には聞こえない声で何かを呟くと、男の前に魔法障壁が出現しブレスとぶつかる。


 ドラゴンはその光景を目の当たりにして驚愕した。

 普通ドラゴンのブレスは、上級魔法にも匹敵する威力を持っている。

 そんな攻撃を防ぐとなると、上級の宮廷魔法使いが数十人単位で防御障壁を使わなければならないだろう。


「ガアアアァアァァァ!!!」


 ドラゴンからのブレスがより一層強くなる。だが、魔法障壁は一向に崩れない。まさに鉄壁の防御。

 女の子からすれば抗いようのない攻撃。それを難なく防いでいるこの人は誰なんだろう?

 私を助けて欲しいと言う懇願から、自分のせいで死んでほしくないと言う他人を思う気持ち。全く矛盾している気持ちは、物語の勇者を見る様な目に変わっていた。


「はぁ~。これがドラゴンブレスだと?」

「グガカガガガ!!!??」


 獣人族である女の子の耳には、男が呟いた言葉が聞こえていた。

 それは焦りでもなく、ただの呆れた声。

 失望する様な声色に続けて、男の表情に気づいたドラゴンが不思議に思った。

 瞬間、防御障壁がドラゴンブレスを押し返しレジストしていた。


「グワ??」

「いいか、本物のドラゴンブレスっていうのはな!!こういうことを言うんだぜ!!」


 ドラゴンがパチパチと瞬きを繰り返す。「あれ?俺のブレスは?魔力切れちゃったの??」と心の声が聞こえてきそうである。

 そんなドラゴンを無視して、男は興奮した様子で声を上げて魔法を発動した。

 詠唱も何も聞こえない。それなのに、男の左後ろから魔法陣が出現し魔法を構築していく。

 一瞬にして構築された魔法陣から、魔力感知に鈍い獣人族の女の子でも感じる程の魔力が感じられた。

 それはドラゴンも同じこと。獣人族より、人族よりも魔力に精通しているドラゴンでも驚きで戸惑う程の魔力量。

 これはただの人間が扱う魔力量を超えている!!!そう思った時にはもう遅かった。


「『ドラゴンブレス』 冥土の土産に持っていきな!!!!」


 男が呟いた途端に、魔法陣から、目の前のドラゴンが発したブレスとは比べものにならない程の威力を持った熱戦が発せられた。

 ドラゴンが身構える隙も与えず直撃。並大抵の攻撃を通さないドラゴンの鱗だが、男の魔法の前では無意味。

 無様に肉体を貫通し、内部で膨張、破裂。辺りに血肉が飛び散る。


「これが本物のドラゴンブレスなんだよ。あの世で後悔するが良い!!!」


 女の子は目の前で起きたことを処理しきれず、ぽけーッとしてしまう。それも当然だ。

 普通に暮らしていては一生目にする事がない人界最強種のドラゴン。それに対峙して死ぬと覚悟を決めたところ、ふらっと現れた男に救われたのだ。

 倒しただけで英雄と言う誰もが憧れる称号と、一生を暮らしてもお釣りがくるレベルの報奨金が貰えるドラゴン殺し。

 それを目の前にいとも簡単に成し遂げられたのだ。困惑するのも当然だ。


「あっ、あれ?」


 そして、生き残れた事に対する安堵か、力が抜けて地面に力なく倒れてしまう。力が抜けてしまったことで、魔力に変換していた感情がなくなり、『身体能力強化』が切れてしまったのだろう。

 最後に女の子の視界に入ったのは、ドラゴンを討伐するという伝説級の偉業を成し遂げた男が、近寄って来る姿だった。

 そこで女の子の意識は途絶えてしまった。先ほどのように「今ここで眠ってしまうと、この先二度と覚めないのではないか?」という不安はない。あるのは、この人が近くにいるのなら……という安心感だけ。

 プツリと切れてしまった意識だが、女の子の表情は安らかだった。



 もっとも、その表情を見ていた男は、それはもう深いため息を吐くのであったが……それは女の子には知らない出来事だ。


次回更新も遅くなりそうです。

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