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5分11秒の回想  作者: 仁科学
第一部 ヴィクトリア朝の亡霊
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第1章 セーブ・ザ・ナイトタイム(2)

台所に立って、まず、ネクタイを外した。ついでにジャケットも脱いだが、置く場所に困り、慌てて横にあったテーブルの上を片付けた。

といっても、テーブル中央に陣取っていた黒いパナマ帽やら雑誌やらを、イスの上に乗せた程度のものだったが。

適当に畳んだジャケッを置いて、上からネクタイも乗せた。ついで袖口をめくり、蛇口を捻る。

数分後、


「……ひどいよねぇ、みんな私のことほっとくんだもん」


という声がした。

当の本人は今、俺の背後に立っていた。彼女の両手が、俺の両肩へと乗っている。


「なぁ……それなんだけど……」


蛇口を逆に捻った。それから俺は、


「もう……終わりにしないか?」


と告げた。

我ながら、随分とこもった声で。

自分の体と食器棚との僅かな隙間へ手を伸ばすと、手探りでタオルを掴み、掴んだ右手、ついで左手と手を拭った。


「……どういう意味?」


そう言った彼女の声は、それまでとトーンが違った。

俺は唾を飲み、


「関係を……終わらせたいと思ってる」


と言い直す。

すると彼女は、こちらに一歩踏み込んだかと思えば、耳元で一言、


「……ご丁寧にどうも。セフレ相手に」


と。

言い終わった彼女は、リビングへと引き返す。だが一度は振り返って、


「……もう、友達でもないけど」


と呟いた。

数秒後、リビングにて何かが落ちる音を聞いたが、何が落ちたかは確認せずとも分かった。


そんな中で、さっきとは別のニュース番組が始まっていた。


『……首を切る重症を負った状態で発見されましたが、命に別状はないとのことです。女性は見知らぬ男性に襲われたと証言していますが、警察は自傷行為の可能性を指摘しており、一連の事件との関係はないとの見解を示しています』


ため息を含めながらリビングへと引き返してみれば、彼女はフローリングの床にへたりこんでいた。

顔は下がっていて、その表情を伺い知ることはできない。

だが、おおよそ何を求めているかは想像がついた。

慰めをあてにしているのだ。でなければ、この家に居座る筈がない。

ひとまず俺は、部屋を見渡してみた。

別に室内に何か変わった様子はない。棚の上にあった写真立てが落ちてはいたが、これはさっきの音から既に想像のついたことだった。

そうして俺がイスに腰かけると、それを知ってか知らずか、彼女はひとりでにこんな話を語り出すのである。


「……ねぇ、セックスだけの関係を維持する秘訣、知ってる?」


と。俺が黙っていると、彼女は自ら答えを明かした。


「……お互いのプライベートにまで口を挟まないこと。あくまで……セックスだけの関係なんだから」


俺は彼女の方を向いてはいなかった。そのままで、


「……続かないハズだな」


と呟いた。


それから、どのくらいの間だったろうか。俺たちの間に沈黙が続いたのは。テレビでは一般の男性との結婚を発表したある女優さんのインタビューが流れていた。


『どんな家庭にしたいですか?』


というキャスターの質問に彼女は、


『……隠し事とかしないで、何でも言い合えるような……あ、あと、笑顔の絶えない家庭にしたいですね』


と答えた。それはもう、幸せそうな顔で……


口を開いたのは、俺からだった。


「……知ってるか?」


「……何?」


「……あの人、寄神よりがみの奥さんだって」


「知らない。誰も教えてくれないじゃん……」


俺はやっと彼女の顔を見た。そしてゆっくり息を吸って、それから、


「……おいおい話すから、まあ……聞いとけば?」


と語りかけた。

彼女からの反応はなかったが、それを承認と受け取り、ポツリポツリと話を始めた……


─数日前。

俺が腰を下ろしていたのは、居酒屋「挿口」。

店の名前が読めなかったのは、看板に切り裂かれていた傷があったからではない。俺たちが所謂一見さんだったからだ。

もっとも、この時の俺たちには店のことなど、どうだってよかった。


「……あのクソ上司、オレにいちいち注意するんだよ。字が間違ってるとか、文脈がどうのとか……そしてしまいには、大卒のクセにどうのとかいうんだぜ?……自分が高卒だからってよ、オレにあたんなって。つーか、そんなこまけぇミスとか探す暇あったら自分の仕事しろっての。平気でオフィスで居眠りするし、言ってることはよく前後で食い違ったりするし……それで、女にばっかり優しいんだぜ?……フェミニストのつもりかよ、ふざけやがって。色目つかってんじゃねーよ」


男は先日のパーティーで隅の方で小さくなっていたのが嘘のような饒舌っぷりで愚痴を漏らしていた。

この男、もしかしなくても千秋である。


「……まあ、上司さんも男だし、女に甘くしちゃうのは仕方ないんじゃない~?」


俺はスルメイカをタバコのようにくわえながら、そう応じた。


「……あんなヤツラの何がいいのかわかんない……女なんかクズばっかじゃん」


千秋はビールをあおった。


「ばっかってこたぁねぇと思うけど……」


スルメイカを食いちぎる。


「クズばっかだよ……俺の職場の連中とか、平気で聞こえる場所で俺の陰口言ったりするし、自分のミスなのに俺がミスしたみたいに上司にチクるし……あのアマ、死んでくれないかな~。リスみたいな顔の女なんだけど……」


「……リスゥ?」


俺もすする程度だが、ジョッキのビールに口をつけた。


……そんな話をしていると、店のテレビのニュースが耳に入ってきた。


『……殺害された女性は、皮膚から内臓までほとんどバラバラになった姿で発見され、警察関係者によると、本件も一連の殺人事件またはその模倣犯の可能性が高いとのことです。もし同一犯の場合、約一ヶ月ぶりの犯行となります』


(To Be Continued……)  

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