序章 ロールド・ザ・ワールド(4)
「何もなくてもなぁ、怖いモンは怖いんだよ……」
そう漏らした俺は、無自覚に相手から目線を反らしていた。
振り返り様のことであるから、気付かなかった、ということもあるだろうが。
「……てかオマエ、そういうのは反対派じゃなかったのかよ」
そう言って俺は、もう一度振り返った。
「……何がぁ?」
「確か……核保有には反対してたろ?抑止力とかいっても、キューバ危機みてぇに危ないところまで行った例もあるからとかってよ」
男は少し笑った。微笑んだ、という言い方がより適切か。
「それとは違うって……というかぁ、よく覚えてたねぇ」
「んじゃ……どういう違う?」
「あれってさぁ……そんなに危ないもんなの?」
言った本人は今、オーバリアクション気味に首を傾げている。
「……は?」
言った拍子に、首と顎が下がるのが自分でも分かった。
「マスケット銃って確か、狙って当てるのはかなり難しいんでしょ?古い銃だから威力もあるか怪しいし……」
「……威力自体は古いからって弱いとは限らねぇよ。まあ……命中精度には言い訳できねぇけど」
「……そうなの?」
男はまたわざとらしく首を傾げる。
俺が何も言わず頷けば、
「でも、でも……サーベル刀とか無駄じゃない?」
と返してきた。
「それだって……切れ味いいかもしんねぇじゃんよ」
俺の答えに若干だが笑いがちに彼は、
「いや、切れ味とかいう以前に、近付かなきゃダメな時点で役立たずだから」
と言うのである。
「……それは、そうだけどよ」
言いながら、ため息染みた音が漏れる。
「だから、とりあえず……拳銃だけ警戒すればぁ?」
またまた首を傾げる男。今度は逆方向であるが。対する俺の返答はこう。
「……2丁拳銃って実際意味ないらしいぞ?」
「へぇー」
と相手が言ったところで、俺は向きを変えて、テーブルの上の料理へと手を伸ばし始めた。
適当に盛って、一歩踏み出したタイミングでもって、
「……昔は拳銃に入れられる弾が少なかったから、隙が生まれないように2丁構えていたのが元らしい。だから、2丁とも一気にぶっぱなすモンじゃねぇし、そもそも今時の拳銃は、んなことしなくても弾がたくさん入ってっから……例えば、自衛隊の拳銃なら9発だ」
「詳しいねぇ」
相手がそう言っている横で、俺は次の料理を皿に寄せていた。
「……別に大したことじゃねぇよ」
そう言ったときでさえ、顔は、そして目は、机上の料理の方を向いていた。
ただ、数秒後に俺はトングを置くことになる。
「悪い……10発だわ」
相手の顔を向いて、そう言った。
「いや……わからんて」
当の本人はこう言って、笑っていたが。
適当に盛り付けて、席まで戻ってみれば、入り口の側に人だかりが出来ているのが見えた。
「……何してんの?あれ」
と横の男に聞いた。彼はまだモサモサ食っているところだったが。
「何か……小学生の子が来たから、面白がって話しかけてるみたい」
顔を上げて答える男。
「確か、生天目さんの妹だっけ?」
「あぁ……」
そう答えると、男は首を下げた。
そうして俺が少しの間、ぼんやりと人だかりの様子を見ていれば、突然、男はそのままの姿勢で一言、
「……睨んでるヤツ、わかる?」
と尋ねてきた。
「……えっ?」
これは俺が漏らした声。若干低い音になった。
「……後ろの方にピアスしたヤツいるじゃん?ソイツなんだけど」
言われて、よくよく見れば、それらしい男はいた。
髪型は、側頭部と後頭部が短くて、登頂部が長い、一種のツーブロックで、右耳には金色のピアスをしていた。彫りの深い顔立ちの男である。服の中に入っていて見えないのだが、どうにもネックレスもしているらしかった。スーツ姿で、ネクタイは暗めのピンクとホワイトの縞模様である。
「……位置的にそう見えるだけじゃないの?」
と俺が答えれば、
「いや……さっきからずっとそうなんだけど……皆があっちに集まる前から、ずっと」
と言い返されてしまった。
なので俺は、
「……そうなのか」
と答えるほか、なかった。
それから、数秒の沈黙を挟んでのち、
「そもそも……アイツ、誰?」
「ああ、と……オクツキとか言ってたぞ」
「オクツキィ?」
「ああ……」
俺がぼんやりとその “オクツキ” の顔を見ていれば、横の男がペンとメモ用紙を引っ張り出して、何かを書き出し、こちらに見せてきた。
見てみるとそこには、 “奥都城倫敦” と書いてある。
「これが名前……オクツキで、下の名前がこれでツネアツって読むらしいぞ。さっき説明してた……シナさんが来る前に」
「そうかぁ……いやぁ、縁起でもねぇ名前だな」
と苦笑した。
「うん?……そうなのか?」
隣の男は怪訝そうな顔でこちらを見てきた。
「その奥都城なら、確か……お墓の別名だぜ?」
「……えぇ」
隣で彼が渋い顔をした。
「……何か、不幸とか運んできそうだな……てのは、まあ偏見だけど」
と再び苦笑がちに告げた。
このあと、二度目の静寂を挟んで、俺は、
「トイレ……行ってくるわ」
と席を立った。
先程も目に入った場所だが、この男子トイレは部屋の出入り口の側にあった。
そうしてトイレに入ると、鏡台越しにここの先客と顔を合わせた。
髪型はショートボブで、黒いポロシャツにカーキ色のチノパン。色白で柔和な顔立ちをしていて、一見女性のような風貌だが、今男子便所にいることからもわかる通り、れっきとした男性である。
「難波ァ……」
と咄嗟に彼の名を口にした……
(To Be Continued……)