序章 ロールド・ザ・ワールド(3)
店内は異様なムードに包まれていた。
みな口先では楽しげに話しているが、誰もが背後を気にして目を泳がせているのだ。
では、その背後に何があるか。部屋の窓際には何席かのイスが並んでいるのだが、全てが埋まっていた。
……もっともそこに座っているのは、人ではない『彼ら』だったが。
─『彼ら』は、例えば「レ・ミゼラブル」の登場人物のような、近代ヨーロッパ人のそれに近い服装をしているものの、その顔には口がなく、目も閉じたまま開く気配はなく、鼻にも穴がないようだ。そして顔には、内側からいえば水色・白・赤という順で三重の円が描かれている。首から下に至っては、フォルムこそ人間に近いが、その肌は軍鶏のような黒い羽毛に覆われていた。
何よりも恐ろしいのは、『彼ら』の手の先には、マスケット銃やらサーベル刀やら拳銃やらが握られていたことだろう。
……俺はこの『監視役』たちの目を避けるように食べ物が並ぶテーブルの方へと歩いていった。
そこで一人の女性とすれ違ったが、彼女はどこか冷たい視線をこちらに向けてきた。
癖毛のロングヘアーで、目は小さくて鼻は丸く、アゴのラインは俗な言い方になるがエラが張っている。彼女の体型は痩せぎすで、特に両手の指などはボールペンのようだが、顔だけは太っていた。
お世辞にも美人とはいえない風貌である。
更に行って見ればただ一人、奥で料理を取っている男がいた。
青白いYシャツを着た男で、顔は骸骨のように骨張っており、刃が下を向いた鎌のような形で前髪を垂らしている。
最後、リンゴを皿に乗せたところで、向き直ってこちらの方へと歩いてきた。すれ違う瞬間、この男からは湿気たような焦げ臭いニオイがした。
なお、向こうはこちらに見向きもせず、そそくさと出ていったものだから、目が合ったり、ということはなかった。
「……へ?」
トントンと肩を叩かれ、振り返る。
そのとき、後ろに立っていた男が人差し指を立てて、俺の頬をついた。そうして出したのが、この頓狂な返事であった。
「ひさしぶりじゃぁ~ん。ニッシナァー」
と言った男。
背格好は男性としては小柄で、浅黒い肌をしたがっしりとした体型の人物である。また丸顔で、目などは点のように小さかった。
体格のせいもあるかもしれないが、割に高い声である。
「……おう」
「テンション低いよぉ~、仁科。平生さんにも言われてたじゃん。折角だし、楽しめってさぁ!……というか、何で遅れたのぉ~?」
「あぁ……色々あった……」
などと曖昧な返事を返すと、俺は振り返って料理の盛り付けを再開した。
その後ろでこの彼が、
「色々じゃ、わかんないよぉ~。教えて!……一生のおねがぁぁい!」
だのと宣うのである。
試しに首を回して彼の顔を覗いてみれば、当人は胸の前で両手を組み、首を傾げて、上目遣いでこちらを見ていた。だから、俺は一言、
「……仕事が長引いただけだよ。単に」
と応じた。
対する相手は組んだ手を落とすと、
「なんだよぉ~。フツーじゃん」
とそう返してきた。
この間にも俺は一歩、一歩と前に進んでいたが、ここいらで一度立ち止まって、言った。
「……勝手に期待しといて文句いうなよ」
と。
「もう……何ピリピリしてんのぉ~?怖いよぉ~?」
そう言って相手が笑いかけるときには、俺はもう背を向けて数歩踏み出していた。
俺は背中でこう言った。
「どうして……オマエはそうノーテンキなんだよ」
すると彼は、こう言ってきた。
「もしかして……仁科ってさぁ、平生さんが怖いのぉ~?」
このときのコイツの態度といえば、内股になって口に片手のひらを当てて、冗談っぽく笑っていた。
「……警戒しないヤツが、いんのかよ……フツー嫌だろ。銃口向けられんの」
「あのね、ものすごくツッコみたいんだけどさ……」
「……え?」
そう言われて、俺はもう一度振り返った。
対して言われたのが、
「何か……恨まれるような理由があるの?」
との一言だった……
同じ頃、パーティには最後の来客が訪れたそうだ。
ドアを開けて入ってきたのは、小学生ぐらいの少女。
白のブラウスにノースリーブの赤いセーターを着て、下は黒か紺かの縦縞がある白のサブリナパンツ、それから黒い靴を履いていた。髪型は三つ編みでお下げが二つ、隣の男と喋る度にチラチラ見えたメガネはフチが透明だった。
真っ先に例の白いジャケットの男─平生─が歩み寄り、屈んで、
「よくきたねぇ」
と笑いかけたという。
参加者たちの視線が集中する中、平生が体勢を変え、彼女の頭に手を置くと、周囲を見渡しつつ、
「こちら……生天目クンの妹さんで……」
と告げた。そして一度彼女の方にまた向き直って、
「……お名前は?」
と尋ねれば、少女は答えた。
「準です……生天目準」
だと……
(To Be Continued……)