第6章 ガット・トゥ・ソルジャー・オン(2)
─確かに引き金は引かれていたが、何故か弾が反れた。
数センチばかりずれた弾道は、金城の顔になど届かず、代わり、その遠い背後にあったガラス戸にまで飛び、1センチばかりの穴とヒビを作ったに過ぎない。
「……ハァッ?」
がなり声で、そう漏らすと共に、望月の意識が、あるいは視線が銃口へと移ろう。
次の瞬間、金城が動いた。
望月の手首を掴み、拳銃を落とさせる。望月も抵抗したが、やはりワンテンポ程遅れており、金城にその左膝を自身の左脇腹へ叩きつけられてしまう。
この拍子に拳銃を落とされ、首は左脇の間で絞められ(格闘技的にいえば、スタンドのフロントチョーク)、左手は金城の右手に掴まれて、背中の上で引っ張られ(こちらは格闘技であるとハンマーロックに近いフォーム)、動きを封じられる。
次いで金城は、足元に転がる拳銃を適当な方向へと蹴飛ばした。
望月も、空いた右手で金城の腹部を殴打するが、金城が首を引き絞るものだから、次第に意識が遠退いてきた。
とはいえ、数分と経たぬうちに、2、3度と相手の金的を蹴り上げることで、絞める金城の手は緩み、望月は辛うじて脱出。壁へとまたすり抜けるように消えていった。
ところで、金城が拳銃を蹴り飛ばしたところであるが、それは、こめかみの黒ずんだ彼が地に伏す辺りから、近かった。ほんの数十センチというところだった。
彼が恐る恐る銃口を覗けば、少々変形しており、先端部がやや丸みを帯びていることに加えて、全体的に不自然な凹凸があり、また何より穴の位置が若干ずれていた。中もいくらか狭まっていると見え、どうにも銃口に鉄の何か(例えば指のような形のもの)を詰めたことが窺えた。
「……こういう使い途があったとは、なぁ」
きっと誰にも聞こえなかったであろう。そんな小声でそう言った。
言わずもがな、こめかみの黒ずんだ男の台詞である。
次の瞬間、嗚咽する声がどこからか聞こえ、室内にこだまし始めたかと思えば、更に数秒後、ガラス戸より望月が現れ、力なく顔から地面に倒れた。
荒い息で、また顔を赤くする望月は何故か、自身の両手で、自身の首を絞めていて……
─男の車が、とあるホテルの裏にある、狭い路地に停車した。
次いで助手席のドアが開き、1人の女性が出てくる。カーディガンを羽織っていた、あの女性であるが、今はその上にパーカーをも着込んでいるものだから、カーディガン自体はほとんど見えていない。更に、車を降りた拍子に、フードを目深に被った。
そんな彼女に向け、窓を開けた運転手は、
「……お気をつけて」
と一言。
なお、その表情に、特段の感情は見受けられない。
「……はぁい」
という軽い返事と共に、後ろ姿のまま手を挙げた彼女は、ホテルの方へと歩いていっている。丁度、進行方向は車の向きと真反対であった。
では、車の方は、といえば、しばらくその場に停車していた。
窓を上げてのち、運転席の男は、しばらくぼんやりと正面を向いていたが、視線は心なしか高く、バックミラー越しに女の背中を見てはいた。
やがて女の背中がバックミラーから消えたとき、ゆっくりと車を出し、まずはUターンした。
向きが変わり、フロントガラスに女の姿が見えたとき、彼女は丁度、ホテルの敷地内と道路とを分ける段差の部分に足をかけていたところだった。
速度を落とし、車をホテルの方へと走らせる。メーターは、時速20キロメートルと40キロメートルの間を行ったり、来たり。概ね、20寄りであったが。
そうして彼の車も段差の前に差し掛かるも、その前を1台の車が通りかかった。
車種は、白のスズキ・ソリオ。
見るに、前の2席には夫婦らしき男女、後部座席には子供であろう、10才前後の男の子が1人、それぞれ座っていた。
2台の車が段差の前で止まったままの数瞬を経て、男の車の方が道を譲った。
ソリオに乗る夫婦は共に微笑み、頭を下げる。そして、ゆっくりとホテルへと入っていく。すれ違い様に、子供も子供で親を真似てか、キョトンとした顔で頭を下げた。
そこから数秒、いや数十秒は経ったろうか。
やっと男の車が走り出し、段差を越えたかと思えば、同じ頃、道を譲った例の親子が車を降りて、あとは徒歩でホテルの方へと歩いていっていた。
男の車の方は、親子が車を停めた駐車場に向かわず、ホテルの玄関の前へと進む。丁度、親子とまたも道で鉢合わせた。
男はまたも道を譲った。相手の対応も概ね似ており、頭を下げると、ゆっくりと歩き出した。車のヘッドライトに照らされながら。
しかし、彼の車は今度は止まったままにはならなかった。
その時分、夫妻は同様にキョトンとした顔をする我が子の手を引こうとしていた。
急発進した車は、まず両親の方を撥ねた。
子供は咄嗟に身を引いたか、はたまた踏み出す前であったからか、このときは助かった。相変わらず、何が起きたのか分からず、ぼんやりと地に転がる変わり果てた両親の姿をぼんやりと見つめていた。
少しして、多少は状況を理解したのか、苦悶の表情を浮かべて両手で口を押さえたときには、彼もまた、Uターンしてきた男の餌食となっていた。
あの無機質で機械的な音を鳴らしつつ、窓を下げた男は、タイヤに身を巻き込まれた少年の身を見ていた。
少年の生死を確認したかったのか、前に動かしたり、バックしたりを繰り返した。やがて、スーツ姿の男性、恐らくはホテルの従業員であろうという人物が出てきて、近付いてきたのを契機に、男の車が急発進するに至るまで。
こうして走り去るまで、眉の1つも動くことはなかった……
(To Be Continued……)




