第5章 ウィア・ゴーナ・ラン(3)
─それから何秒と経たぬうちに、部屋へ1発の銃弾が撃ち込まれた。
これより前の銃声により、室内の視線の多くが玄関側に集中していた関係から、廊下側の壁より撃ち込まれたこの次なる弾丸は、背後をつく形で放たれた。
事実、壁より出でた望月の顔と片腕、ひいてはその手に握られた拳銃の何れをも、直視した者はなく、せいぜい、金髪の男が目の端に見た程度であった。
望月には、部屋の様子をつぶさに観察しうる数秒のゆとりがあり、その銃口では確かに目標(こめかみの黒ずんだ男)が見えていた。狙っていた。
……しかし、彼にとって想定外の事態が起こる。
「……チッ」
と思わず、舌打ちした望月。
奇異にも弾丸は撃ち出されてから、ほんの数メートル程度のところで、突如、止まったのである。そして更に数秒後、弾は落ちて、地面を転がる。
それはまるで、見えない壁が現れ、数秒で消えたようだった。
「……きたか」
そう言うは、垣間見ていた金髪の男。
そのとき彼は、室内の他の面々ともども、向き直って廊下側を向いていた。
他方、こめかみの黒ずんだ彼のみは、体こそ金髪の男の方を向いてはいたが、目線はどこか上の方で、どこを見ているのか定かではない。なお、視線の先にあるものといばは、窓ガラスがあって、そこに1匹の黒い揚羽蝶が止まっているだけである。
次いで、2発目が撃ち込まれる。
またも何かにぶつかったように、静止と落下が巻き起こる。
それから数秒の沈黙があり、金髪の男が、
「アイツ、早漏かよ」
と冗談っぽく笑った。
しかし、その直後には、3発目の弾丸が撃ち込まれた。
これについで起こった崩れる音に、周囲の視線が動いた。
倒れたのは、あの黒ずんだこめかみの男。弾丸が彼の脇腹を射抜いていた。流れ出る血を押さえ、膝をついた。その音だった。
─話はそこで一旦の中断を迎える。これはそれ以後の、店での両者の会話である。
「……と、いったところでしょうか」
とは、こめかみの黒ずんだ男の弁。
同時、彼は自身の右の脇腹を軽く撫でた。
「壁を通り抜ける能力……ですか……」
時任が、らしいゆっくりとした口調でもって、これに応じた。
「ええ……」
時任はそれから少しの間黙っていた。
加えて時任はうつむきがちであるから、両者の目さえ合っていない状態である。ただ、そのうちには、
「いやぁ……すいませんね」
などと相手が言葉を返した。これに時任も顔を上げ、
「いいえ……そんな……」
と弁明のひとつもしようとするが、遮られて、
「……お忘れください」
と告げられた。なので時任も、
「あぁ……はい」
ぐらいな曖昧な応答を返す形となった。対して相手は、更にこう続ける。
「お噂はかねがね……最近は、千秋クンとも交遊があるそうですね?」
外では、ほぼ円ながら一部が欠けた月を丁度雲が隠したところで、これが数瞬、薄暗い店内になおのこと暗くした。
時任の方は、ワインに一口つけた後、
「いえいえ、交遊なんて程のことは……先日の葬儀の一件で、彼にはお世話になりまして……きっと、その話ではないか、と」
と返した。
丁度、流れる雲より逃れて、月が顔を出したというところで、相手の男は、
「そうなんですか」
そう笑ってこれに応じた。
「なかなか、難しいじゃないですか……人を信じるのも、信じてもらうのも」
とは、時任の弁。
「……そうですねぇ」
そうして同調した黒ずんだこめかみの彼は、ワイングラスを軽く回すと、いつの間にかもう底から1センチばかりしか残っていなかったワインを、今1度で飲み干した。
─それから、少しした頃。
「……本日はお招きいただき……有り難うございました」
立ち上がり、一礼する時任の姿。相手も立ち、
「いやいや……頭をお上げください」
と告げる。
「また……機会がありましたら」
「えぇ……」
両者の笑い声は店の外まで聞こえていた……
─時任が帰ったあとで、店内に残っていた、あの黒ずんだこめかみの男が一言、
「そろそろ……潮時だろうなぁ」
と呟いた。それは、その直後のことだった。
突然、店内にいた人という人が消えたのである。
歩き回っていたウェイトレスも、イスに座っていた客たちも、みなが。
男が立ち上がり、厨房入り口まで歩み寄り、その右横に配置されたスイッチへと手をかけた。
天井のライトというライト全てが点灯する中で、店内には、この黒ずんだこめかみの彼以外にもう1人だけ。もう1人だけがいた。
その男のテーブルは、厨房の入り口からすれば、一番遠い場所にあった。
ゆっくりと歩き、座る男の側に立つと、一言、
「ご苦労様です……寄神さん」
と笑って言った……
(To Be Continued……)




