第4章 オン・マイウェイ・ダウン(4)
─その日の夜のこと。
式場から程近いレストラン「Lutetia」に、一台の車が停車する。
この車というのが、赤く塗装されたメルセデス・ベンツ・W220。運転席にはショートヘアーの女性。そして後部座席にはあの男の姿があった。こめかみの黒ずんだ、壮年の男性の姿が。
店内の薄暗さを見るに、レストランというよりは、バーと呼んだ方が近そうだ。
ドアを押し開け、少し歩き、一つのテーブルの前へ。男性はそのイスの前で一礼し、
「……いやぁ、待たせてしまったようで」
と告げた。目前には、時任がいた……
─ここに至るまでの時任の話を少し。
式場に向かう前、時任宅の書斎には、彼自身、それから寄神の姿があった。
「それって……大丈夫なのか、時任」
とは、その寄神の言葉である。
向かいに座る時任は何も答えないでいれば、相手の方が続けて、
「断れないのはわかるが……」
とも言った。
時任は尚も答えない。それどころか、その顔は下がっており、相手の顔を見ようともしない。そんな中でその相手が、
「たとえば……」
と言いかけた。
顔は下がったままの時任であったが、その一言に視線は相手の方へと向けた。それに驚いたのか、相手は一度黙ってしまう。
「……たとえば、なに?」
時任が口を開く。
「ああ……」
逆に相手の方が伏し目がちになる。
「……ボクが一緒に行くとか」
「それはベストじゃない」
時任は断言する。
「後々のことを考えても……もう疑われているかもしれないとはいえ、まだ関係性を明らかにするのは、リスクが高い……面会には1人で行く。現時点で、疑われているかはわからないが、誠意を見せておいて損はないだろう」
「だが、仮に……君を殺す気だったら?」
時任は、
「今日……呼んだのは、その話をする為なんだよ……」
と言った。机上に両肘をつき、両手の指を互い違いに絡ませて……
─奇しくも時任は、レストランでも同じポーズを取っていた。だが、目前で頭を下げる男を見て、
「いいえ……」
との言葉と共に、手を下ろして頭を下げ返す時任。
そのあとで、イスを引き、腰を下ろした男。その背後には、先程まで運転席にいたあの女性がいたが、
「悪いが、外してくれ」
と言われ、店を出ていった。
もっとも、時任は彼女の首に残った縦一本線の傷を見逃しはしなかったが。
─首にスカーフを巻いた店員が盆に乗せて運んできたのは、ボルドーワイン─銘柄はシャトー・ラフィット・ロートシルト─のボトルと、二杯のワイングラス、それからソムリエナイフ。無言でテーブルに置いた店員の後ろ姿を目で追う時任に、
「……申し訳ない」
とまた頭を下げた男。
「いえ……そんな……」
─こんなやり取りの後で、友井はボトルの首へナイフを当てた。左手で押さえて、右手でナイフを右から左からそれぞれ半周ずつ回し、最後は上へと持ち上げる。これで上部を切り外すと、見えたコルクの中央にスクリューを差し込む。それからコルクを抜くまで、然程時間はかからなかった。
「……お見事です」
時任が言えば、当人は、
「これぐらいしか、取り柄のないもので……」
と返した。
「ささ……どうぞ」
ボトルを持ち上げ、時任の前に置かれたグラスへと傾けた。
「接客はああでしたが……もの自体はそれなりのものでして……」
「それは、それは……ありがたいことで」
そう言い、時任は会釈した。
「こうして会うのは……先日のパーティ以来ですかね?」
とは相手の男の弁。
「……そうですね」
同意する時任。
「元気そうで何よりです」
「いや、いや……私などは……」
相手の会釈。それから、ワインに口をつけてからボソリと呟いた。
「ここ何日など……どうにも気が休まらなくて……ですねぇ」
それを聞いた時任の表情が曇る。
「あぁ、いや……こちらの話なんですが、ね」
「いえ、いえ……どうぞ。続けていただいて……」
「……よろしいので?」
「自分でよければ……」
この男、再び頭を下げると、
「では……お言葉に甘えて」
と、ぽつりぽつりと話を始めた……
(To Be Continued……)




