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5分11秒の回想  作者: 仁科学
第一部 ヴィクトリア朝の亡霊
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第4章 オン・マイウェイ・ダウン(3)

「……バカみたい」


動き出した車の助手席で、彼女はそう言った。漏らすように、また呟くように。


「そんなもんよ……今に始まったことでもねぇだろう?」


運転席で難波はそう笑っていた。


「……だとしても」


そのとき、そう苦々しい表情で語る女性の横を1台のバイクが走り過ぎた。咄嗟に、気持ち彼女の体が後ろに下がった。

この一瞬の出来事を車内の2人は、せいぜい白と青の2本線が横を通った程度にしか見えなかったはずが、


「……案外、知ってるヤツだったりしてな」


と難波は漏らした……


─式場に視点を戻せば、


「千秋くん……だよね?」


と話しかける男がいた。

パーティにもいた、あの色黒の男である。

その男が今は千秋の隣に座り直して、そう問うのだ。笑いかける相手に、千秋は多少戸惑ったのか、小さな声で、かつ曖昧に応じた。


「……ええ」


と。


「噂には聞いてたんだけど……多分、喋るのは始めてじゃないかな?……チンですぅ」


「えっと……」


「陳述のチン……おおざとに東って書く字なんだけどね」


「……はぁ」


千秋は頭を下げるようにして目を離した。


「あ、別に外国人とかじゃないんだよ?……ご先祖様が韓国の人だっただけで、ボクなんか日本生まれの日本育ちで、韓国語は全然わかんないし」


「……そう、ですか」


顔を上げた千秋は、とりあえず笑って話には乗った。

ただ、陳だと名乗ったこの男とて、愛想笑いと気付かない訳ではない。


「話変わるけど……仁科とは仲良かったの?」


と言った。


「ああ、はい……高校の同級生で……」


千秋の答えに、陳は小さな両目を瞠目し、


「……じゃあ、白井も知ってるの?」


と質問を続ける。


「ええ……」


「そうかぁ~……そんなことあるんだね。珍しいね」


そんな話の中で、千秋がボソリと、


「……今日は来てないですけど」


と言えば、


「来るわけないじゃん」


と断言する陳。


「……え?」


千秋のそんな声を聞いてか聞かずか、陳が、


「仁科くんの最期ぐらい来てあげてもいいとは思うよ……色々しがらみはあるだろうけど、こういうときぐらいは忘れて悲しめないのかなぁ……」


などとため息交じりに漏らすものだから、千秋もそれ以上は聞けなかった……


─また視点を変えてみれば、


「……ちょっと、いいっすか?」


と時任に声をかけた男性が見つける。

髪が長いのか、オールバック気味にして後ろ髪を束ねている男だ。


「うん?」


微笑みがちにそう応じる時任。


「いえ、その……仕事がありまして……」


「ああ……」


と少し目線を外した時任。だが、すぐに、


「……お疲れさま」


と笑いかけた。

勿論その男はそれで帰った。


─次いで、


「……もういいか?」


という声がした。千秋の右隣で。自然そちらへと目が向く。

そこに立っていたのは、パーマのかかった髪をしたサングラスの男。相手は、先程まで時任と話していた、あの女性である。女性は一瞬振り返って、それから、


「うん」


と応じて、その後を歩いていった。


─5時59分。

二人の男が入ってきた。

一人は、面長な顔立ちで黒縁メガネをした単髪の男性。一八〇センチとは言わないまでも、それに近い程の長身で、俳優の佐野史郎に似ていた。

もう一人は、背丈が二メートルあろうかという白人男性。下唇の真下に三つピアスをつけた、スキンヘッドの男である。

二人に共通しているのは、スーツの形式が独特だった、という点であろう。

というのも、所謂マオカラースーツと呼ばれる学ランに近い背広なのである。

単髪の男の方は一番上のボタンまで閉めていたが、もう一人の方は背広のボタンはひとつも閉めてはおらず、寧ろ発達した胸筋のせいでシャツさえはち切れそうであった。

……実を言えば、このとき、同じ格好を時任もしていた。


「……所さん」


駆け寄り話しかけたのは、時任である。

応じたのは単髪の男の方で、


「久しぶりだな」


と答えた。ただ、時任の方を見もせずに。

しかも、それだけ言うと祭壇の方へと歩いていく。後ろにいた白人男性も、時任に一礼すると、その後に続いた。

直後振り返り時任は、何ともいえない表情で二人の背中を目で追った。


所は線香を上げたのち、横に立つ時任には見向きもせず、そそくさとその場を去ってしまった。白人男性の方も、やはり時任に一礼ぐらいはしたものの、ついに口を開くことなく、葬儀場の外へと出た。


葬儀場を出てすぐのところで、多少不自然なアクセントのある日本語ながら、白人の男性がこう切り出した。


「と、き、とーさんぅわ、よかたですか?」


それに所は振り返りもせずに、


「いいんだよ、あれで」


とだけ返した。


─そうはいえど、心無しか肩を落として、元いた階段の側へと戻っていく時任の背中が、たとえば千秋にどう見えたろうか……


(To Be Continued……)


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