第4章 オン・マイウェイ・ダウン(3)
「……バカみたい」
動き出した車の助手席で、彼女はそう言った。漏らすように、また呟くように。
「そんなもんよ……今に始まったことでもねぇだろう?」
運転席で難波はそう笑っていた。
「……だとしても」
そのとき、そう苦々しい表情で語る女性の横を1台のバイクが走り過ぎた。咄嗟に、気持ち彼女の体が後ろに下がった。
この一瞬の出来事を車内の2人は、せいぜい白と青の2本線が横を通った程度にしか見えなかったはずが、
「……案外、知ってるヤツだったりしてな」
と難波は漏らした……
─式場に視点を戻せば、
「千秋くん……だよね?」
と話しかける男がいた。
パーティにもいた、あの色黒の男である。
その男が今は千秋の隣に座り直して、そう問うのだ。笑いかける相手に、千秋は多少戸惑ったのか、小さな声で、かつ曖昧に応じた。
「……ええ」
と。
「噂には聞いてたんだけど……多分、喋るのは始めてじゃないかな?……チンですぅ」
「えっと……」
「陳述のチン……おおざとに東って書く字なんだけどね」
「……はぁ」
千秋は頭を下げるようにして目を離した。
「あ、別に外国人とかじゃないんだよ?……ご先祖様が韓国の人だっただけで、ボクなんか日本生まれの日本育ちで、韓国語は全然わかんないし」
「……そう、ですか」
顔を上げた千秋は、とりあえず笑って話には乗った。
ただ、陳だと名乗ったこの男とて、愛想笑いと気付かない訳ではない。
「話変わるけど……仁科とは仲良かったの?」
と言った。
「ああ、はい……高校の同級生で……」
千秋の答えに、陳は小さな両目を瞠目し、
「……じゃあ、白井も知ってるの?」
と質問を続ける。
「ええ……」
「そうかぁ~……そんなことあるんだね。珍しいね」
そんな話の中で、千秋がボソリと、
「……今日は来てないですけど」
と言えば、
「来るわけないじゃん」
と断言する陳。
「……え?」
千秋のそんな声を聞いてか聞かずか、陳が、
「仁科くんの最期ぐらい来てあげてもいいとは思うよ……色々しがらみはあるだろうけど、こういうときぐらいは忘れて悲しめないのかなぁ……」
などとため息交じりに漏らすものだから、千秋もそれ以上は聞けなかった……
─また視点を変えてみれば、
「……ちょっと、いいっすか?」
と時任に声をかけた男性が見つける。
髪が長いのか、オールバック気味にして後ろ髪を束ねている男だ。
「うん?」
微笑みがちにそう応じる時任。
「いえ、その……仕事がありまして……」
「ああ……」
と少し目線を外した時任。だが、すぐに、
「……お疲れさま」
と笑いかけた。
勿論その男はそれで帰った。
─次いで、
「……もういいか?」
という声がした。千秋の右隣で。自然そちらへと目が向く。
そこに立っていたのは、パーマのかかった髪をしたサングラスの男。相手は、先程まで時任と話していた、あの女性である。女性は一瞬振り返って、それから、
「うん」
と応じて、その後を歩いていった。
─5時59分。
二人の男が入ってきた。
一人は、面長な顔立ちで黒縁メガネをした単髪の男性。一八〇センチとは言わないまでも、それに近い程の長身で、俳優の佐野史郎に似ていた。
もう一人は、背丈が二メートルあろうかという白人男性。下唇の真下に三つピアスをつけた、スキンヘッドの男である。
二人に共通しているのは、スーツの形式が独特だった、という点であろう。
というのも、所謂マオカラースーツと呼ばれる学ランに近い背広なのである。
単髪の男の方は一番上のボタンまで閉めていたが、もう一人の方は背広のボタンはひとつも閉めてはおらず、寧ろ発達した胸筋のせいでシャツさえはち切れそうであった。
……実を言えば、このとき、同じ格好を時任もしていた。
「……所さん」
駆け寄り話しかけたのは、時任である。
応じたのは単髪の男の方で、
「久しぶりだな」
と答えた。ただ、時任の方を見もせずに。
しかも、それだけ言うと祭壇の方へと歩いていく。後ろにいた白人男性も、時任に一礼すると、その後に続いた。
直後振り返り時任は、何ともいえない表情で二人の背中を目で追った。
所は線香を上げたのち、横に立つ時任には見向きもせず、そそくさとその場を去ってしまった。白人男性の方も、やはり時任に一礼ぐらいはしたものの、ついに口を開くことなく、葬儀場の外へと出た。
葬儀場を出てすぐのところで、多少不自然なアクセントのある日本語ながら、白人の男性がこう切り出した。
「と、き、とーさんぅわ、よかたですか?」
それに所は振り返りもせずに、
「いいんだよ、あれで」
とだけ返した。
─そうはいえど、心無しか肩を落として、元いた階段の側へと戻っていく時任の背中が、たとえば千秋にどう見えたろうか……
(To Be Continued……)




