第4章 オン・マイウェイ・ダウン(2)
─千秋は最初、線香さえあげたら、早々に帰る腹積もりだった。勿論、それは彼が薄情だったからではない。
前のパーティのこともある。千秋という男は、その手の関係者との交遊があまりないから、長居してどうなるものでもない。それに、いくら死体を確認したとはいえ、あまりにも急な出来事。いまだ実感を持てずにいた、というのもある。
しかし来てみれば、あまりの人の少なさに旧友が哀れに思えて、帰るのが忍びなくなり、後ろの方のイスに座ったまま、式が終わるまでいることにした。
葬儀の席で携帯を触るのは気が引ける。だが、することもない。
となれば千秋は、人間観察とは言わないまでも、他人様が何をしているのか、ぼんやりと目で追うことにした。
時任が立っていたのは、比較的奥の方だった。
体の向きは棺桶の方を向いている。何度かこちらも向いてきたが、目が合わないのだから、見ているものは千秋ではないらしかった。
しばらくして、ある一人が時任の側へと歩み寄ってきた。
この人物は、千秋から見て顔は見えないが、茶髪のボブカットか、あるいはスカートから、どうにも女性であるらしかった。
「……御手洗いはどこですか?」
と当人は尋ねてきて、その声が千秋にやはり女性だと知らしめる。
「あぁ……それなら……」
時任がそう言いかけて、突如口を詰むんだ。
後ろからはそれが何かは見えないが、時任の目線の下がり様から、どうにも相手が何かを見せているらしいのが伺える。
このあとは、時任はどこか後ろ側、例えば千秋の辺りを一瞥したあとで、女性の方を見直して、
「分かりにくいだろうから、案内するよ」
と言って、彼女と共に、自身の背中側にあった階段の方へと歩いていった……
この次、千秋の耳に入ったのは、こんな言葉だった。
「……奥都城さん、でしたよね?」
背後からこれが聞こえて、何となく振り向くと、そこにいたのは名前を呼ばれた奥都城と、もう一人。
声の主らしいこの男性の方はこちらに背中を向けているから顔はよく見えない。
「寄神です……覚えてらっしゃいますか?」
「……えぇ」
と奥都城は生返事。
その視線は、時任らの消えた方向に向いているらしかった。
「えっと、ですね……」
そこからしばらく寄神の話が続いた。
奥都城の視線が途中から彼の足元へと移ったので、千秋も身を乗り出してそちらへと目を向ければ、先程まではイスが死角になって見えていなかったが、彼の手元にまず目がいった。
何故だろうか、この寄神という男の手にはワイングラスが握られているのである。
その後、足元に目をやり、彼が靴のかかとを踏んでいたことなど、そのワイングラスに比べれば別段目につくことでもなかった。
せいぜい、行儀の悪い男という程度の認識で。
……寄神の話は千秋にとってはかなり退屈なものだった。そのほとんどが彼の女房の自慢話だったから、ということで。
ひとしきり寄神の話を聞かされた後で、また前を向くと、時任が戻ってきていた。
その隣には、ショートボブで背の高い女性が立っていた。
いや、こちらの場合は、女性だと思った、という言い方が正確か。
「……黄川田さんは?」
と問う時任の言葉に、
「来ねぇってよ……まあ、当然だわな」
そう応じる声を聞き、相手が実は男性だったと気付いた。
……もっとも、この相手が難波だとは千秋は知るまい。
そんな二人の前に、一人の女性が現れる。
ロングヘアーの女性である。やはり後ろ姿で顔は見えないが。
「……どうした?」
と先に口を開いたのは難波。
「ちょっと……」
女は難波の方にはそう言ったあと、
「時任さん……その、難波を少し借りても?」
と時任へと向き直り、告げる。
「ああ……どうぞ」
と時任が快諾すれば、女は難波の方に体を向け、首を出口の方へと振った。次に彼女が振り返り踏み出したとき、難波もそれに従った。
なお、このとき見た女性というのが、瞳孔が縦に長い猫のような瞳と、筋の通った美しい鼻を持つ、頬の大きい丸顔の美人だった。
こうして残された時任。式場を軽く見渡し、千秋と目が合うと、少し微笑んだ……
─愛車のシートに腰を下ろす難波。横には、彼を借りた女性が座る。
「家まででいいのか?……ホテルとかじゃなくてよ」
難波が冗談っぽく言った。直後、エンジンがかかる。
「家にして……」
無愛想な女の返事。しかも顔は難波の方は向いておらず、窓の外を見ていた。
「あんまり、こう……茶番が続くのは、ちょっと耐えられないかな」
そう言う女の視線は、仁科の名が書かれた例の柱の方に向いていた……
(To Be Continued……)




