第3章 ゼン・ゼア・ワズ・レイン(6)
その後になって、ドアが開くと、そこには時任の姿があった。
左手でドアを押さえて、右手は背中の後ろに。それでも、右手に握るボウガンを隠しきれてはいなかったが。
「遅くなってしまって、申し訳ない……」
これは時任の台詞である。
「……いいえ」
と千秋も返答する。
時任は、1度横を向いたかと思うと、ボウガンをどこかへ置き、その後で、ドアを開けっぱなしにし、千秋の側へと歩み寄った。
ついで彼は、少し屈み、千秋の顔色を窺うに、
「……立てそうかい?」
と尋ねた。
「えぇ……多分」
というのが、千秋の返事。
すぐに時任が左手を差し出し、これを千秋が右手で掴んだ。
これを頼りに、よろけがちとはいえ立ち上がるも、そのあとでもいくらか足取りが優れない様子であったから、時任は彼に肩を貸した。
そこから2人、足並みを揃えて玄関へと歩いた。
「そこ……段差あるから、気を付けて」
「あっ……はい」
などと話しながら……
─ここから先は、少し前の話をする。
書斎で、時任と例の女性が話していた、その続きを。
「……ボクは、助けようと思っている」
そう言ったのは、時任である。
「どちらにせよ……対象を生きて返すことは、ボクの首を絞めることになるだろう」
「……しかし」
「危険はあるだろう……それはわかっているつもりだ……でも、ね」
そんな話の途中になってやっと、時任は女性の方へと向き直った。
顔を見てすぐは、特段感情の窺えない曖昧な表情を浮かべていたが、そのうちにそれは微笑みへと変わり、
「どちらが正しいかも分からない状況だ……せめて、善意で行動したいとは、思わないかい?」
との一言を捻り出させた。
しかしなおも、女性の表情は曇り、言いこそしないが、承服しかねる様子であった。
すると、時任は、横にあった置時計の背面へと手を回し、時間を5分程度遅らせたとのである。
それに女性は思わず、
「……あぁッ」
なんて声を漏らした。
時任はそれに動じる様子はなく、スタスタと出口の方へと歩いていき、彼女の横に立つと、その肩に手を置き、耳元で、こう囁くのであった。
「上手くいけば……これ以後、千秋クンはボクに逆らえなくなるのだから……」
と……
─これは、同日の夜のことになる。
開いた窓より月光が射し込むだけの暗い部屋の中には、香の煙が漂い、家具などはなく、あるものは彼が腰を降ろすイスとテーブルと一枚の絵画だけ。ロンドンに拠点を置いて活動したスペイン出身の画家ルイス・リカルド・ファレロが1878年に描いた『サバトに赴く魔女たち』の図である。
そんな部屋に、奥都城倫敦の姿はあった。
目を閉じ、その体は微動だにしない……
窓から一匹の黒猫が部屋への侵入を試みる。
されど、奥都城はそれに背を向けたまま微動だにしない。
猫が窓から飛び降り、部屋に入ると、音を立てぬようゆっくり歩いてその側まで来たが、煙のせいでよく見えていなかったのだろうか、奥都城の右足にぶつかってしまった。
すると、奥都城の身体は脆くもイスから落ちて、横向きに地面に倒れた。
しかも、倒れてから何のアクションもないのである。まるで、そこには魂が宿っていないかのように……
(第3章・完)




