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5分11秒の回想  作者: 仁科学
第一部 ヴィクトリア朝の亡霊
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第3章 ゼン・ゼア・ワズ・レイン(6)

その後になって、ドアが開くと、そこには時任の姿があった。

左手でドアを押さえて、右手は背中の後ろに。それでも、右手に握るボウガンを隠しきれてはいなかったが。


「遅くなってしまって、申し訳ない……」


これは時任の台詞である。


「……いいえ」


と千秋も返答する。

時任は、1度横を向いたかと思うと、ボウガンをどこかへ置き、その後で、ドアを開けっぱなしにし、千秋の側へと歩み寄った。

ついで彼は、少し屈み、千秋の顔色を窺うに、


「……立てそうかい?」


と尋ねた。


「えぇ……多分」


というのが、千秋の返事。

すぐに時任が左手を差し出し、これを千秋が右手で掴んだ。

これを頼りに、よろけがちとはいえ立ち上がるも、そのあとでもいくらか足取りが優れない様子であったから、時任は彼に肩を貸した。

そこから2人、足並みを揃えて玄関へと歩いた。


「そこ……段差あるから、気を付けて」


「あっ……はい」


などと話しながら……



─ここから先は、少し前の話をする。

書斎で、時任と例の女性が話していた、その続きを。


「……ボクは、助けようと思っている」


そう言ったのは、時任である。


「どちらにせよ……対象を生きて返すことは、ボクの首を絞めることになるだろう」


「……しかし」


「危険はあるだろう……それはわかっているつもりだ……でも、ね」


そんな話の途中になってやっと、時任は女性の方へと向き直った。

顔を見てすぐは、特段感情の窺えない曖昧な表情を浮かべていたが、そのうちにそれは微笑みへと変わり、


「どちらが正しいかも分からない状況だ……せめて、善意で行動したいとは、思わないかい?」


との一言を捻り出させた。

しかしなおも、女性の表情は曇り、言いこそしないが、承服しかねる様子であった。

すると、時任は、横にあった置時計の背面へと手を回し、時間を5分程度遅らせたとのである。

それに女性は思わず、


「……あぁッ」


なんて声を漏らした。

時任はそれに動じる様子はなく、スタスタと出口の方へと歩いていき、彼女の横に立つと、その肩に手を置き、耳元で、こう囁くのであった。


「上手くいけば……これ以後、千秋クンはボクに逆らえなくなるのだから……」


と……



─これは、同日の夜のことになる。

開いた窓より月光が射し込むだけの暗い部屋の中には、香の煙が漂い、家具などはなく、あるものは彼が腰を降ろすイスとテーブルと一枚の絵画だけ。ロンドンに拠点を置いて活動したスペイン出身の画家ルイス・リカルド・ファレロが1878年に描いた『サバトに赴く魔女たち』の図である。

そんな部屋に、奥都城倫敦の姿はあった。

目を閉じ、その体は微動だにしない……


窓から一匹の黒猫が部屋への侵入を試みる。

されど、奥都城はそれに背を向けたまま微動だにしない。

猫が窓から飛び降り、部屋に入ると、音を立てぬようゆっくり歩いてその側まで来たが、煙のせいでよく見えていなかったのだろうか、奥都城の右足にぶつかってしまった。

すると、奥都城の身体は脆くもイスから落ちて、横向きに地面に倒れた。

しかも、倒れてから何のアクションもないのである。まるで、そこには魂が宿っていないかのように……


(第3章・完)


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