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5分11秒の回想  作者: 仁科学
第一部 ヴィクトリア朝の亡霊
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第3章 ゼン・ゼア・ワズ・レイン(2)

「立場の微妙さを考えると……下手な行動は控えた方がいいでしょ?」


というのが彼女の言い分だった。

なお、先程まで更衣室のような場所にいた彼女は今、受付があって、イスだの机だのが並ぶロビーを通り抜け、建物の出入り口の方へ向けて小走りぎみに進んでいる。


『……そうですね』


ゆっくりとした口調、あるいは掠れる声。電話先の相手の気の毒そうな表情が目に浮かぶようだった。


「ま、そういうことで……これで切るから」


『はい……』


宣言通り、通話終えたとき女性は、出入り口の前に立っていた。

それから、自動ドアが開き、踏み出して2、3歩という辺りで、彼女の髪を留めるゴムの少し上の辺りに濡れる感覚がして、立ち止まり、天を仰ぐ。

そうして物憂げな表情を浮かべて、こう呟くのである。


「……傘、持ってくればよかった」


そんな愚痴を漏らさせた空は、暗雲に満たされていた……



─話を時任宅に戻すとしよう。


投げつけられたナイフが千秋の方へと飛んでくる。柄が金色をしたナイフで、その高さは、千秋の目線よりは少し上、というぐらいだろうか。

咄嗟に、半ばドアに倒れ込むように後退りする千秋。この拍子に上体が多少反れ、それに伴いナイフも彼には命中せず、ドアに突き刺さるに留まった。


数秒後、鋭さをもった一陣の風が、丁度ナイフが飛んできたのと逆向きに吹き、その先に立つ人物の側にまで届いた。いや、果たしてそれは風だったのか。

ともかく、そう大きくはないながら、確かに漏れた空を切る音を立てたそれが、対象に体の向きを変える程度の動きを要請したのは事実である。

なお、千秋はまだ、その誰かを視認してはいない。


「……フゥッ」


千秋の口から息が漏れる。

次に向き直って正面を見れば、やっと一人の女性がそこに立っていたと知った。

この女性、結構長身で、かつ面長で鼻筋が通り、まつ毛も長い。肌の色は白いというよりは若干黄みがかっており、髪は前髪の右側だけを垂らしたポニーテールで、光の加減で黒にも茶色にも見えるような色である。赤茶けたファーストールを巻き、上は中央にボタンのある黒い長袖のシャツ、下は青系色のチェック柄をしたスカート、そして黒いハイヒールを履いている。

そんな彼女が立っていたのは、少し前に千秋がインターホンを押すのを躊躇して立ち尽くしていた辺りであり、斜めに立つ彼女は、その左手を時任宅の門扉の上に乗せる一方、右手を背中の後ろにつけていて、千秋の位置からは隠れて見えない。


千秋が黙って相手の方を見ていれば、女性は意外な行動に出た。

こともあろうに、乗せていた左手を軸に、扉門を飛び越えて見せたのである。跨いだのではなく、右足を後ろにして、左足を前に出して、確かに飛び越えたのだ。それはもう、映画のワンシーンさながらのキレのある動きで。

着地後、右手の袖口からナイフを出したが、千秋は見えていないようだった。


「……なんだよ、アンタ」


千秋がそう、ボソボソと言った。

女から一切の返答はなく、代わり飛んできたのは、彼の頭部へと向けて投げつけられた2本目のナイフだった。右手に握られた、柄が緑色のナイフだった。


もっとも、今度は千秋まで届かなかった。

千秋が少しばかり首を右へ動かしたタイミングでもって、それ以前に彼の頭があった場所からスタートして、また空を切る音が聞こえたか思えば、件のナイフが千秋からほんの何センチかというところでぶつかって弾かれたようにして進行方向を変え、千秋の足元へと落下した。打ち落とされた、といったニュアンスが近かいか。

千秋は、あえて文字に起こすとすれば、


「……はぁ、はぁ」


といったような荒い息を漏らしながらも、ドアを肘で押して、その勢いでゆっくりと立ち上がった。立ってまずは、たち眩んでかフラッとその身を揺らしたが、すぐに持ち直すと、うつ向きがちに、こう告げた。


「なんだって……聞いてんだよ」


その強い言葉とは裏腹に、その声は小さく、また聞き取りにくい。


「まだ……わからない?」


その一言と共に、斜めに立っていた女が正面を向いた瞬間、それは起こった……



─同じ頃の、難波の話。

時任宅よりの車での帰路で、カーオーディオから曲が流れている。


『……Moving, just keep moving』


といった風に。

しばらく走り、やがて赤信号で止まった隙に、助手席に置いてあったカバンへの左手を突っ込んだ。右手はハンドルの上に。また顔、あるいは目は信号を見たままで。

しかし、目当てのものが見つからないままに、信号は変わってしまい、


「チッ」


と舌打ちし、車を出した。

それからはいくらかの信号を抜けたが、遂にどれにも引っかからなかった。

余程気になったのだろう、終いにはローソンの駐車場で停車し、改めてカバンの中を確認した。

そのあとになって、


「何が時計だよ……かまかけやがって」


と言い、カバンを助手席の方にぞんざいに投げた……


(To Be Continued……)  

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