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5分11秒の回想  作者: 仁科学
第一部 ヴィクトリア朝の亡霊
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第3章 ゼン・ゼア・ワズ・レイン(1)

─仁科クンは、


『ひとまず……話は聞くけど……』


と言った。それは独り言みたいに、小さな声で。


「お友達の千秋クンについて、だよ。彼の身が心配だ」


そう口にしながら、ボクは思わず受話器を強く握った。


『……オマエに何の関係がある?』


そんな言葉が返ってきた。呟くように、漏らすように。だから、


「……その通りだ」


ボクはゆったりとそう返した。


「パーティの時には少し話をさせてもらったが……まあ、あってないようなものだ」


『なら……どうして?』


ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐く。そうした2、3秒のごく短い静寂を経て、


「いい加減、やめにしないか?……このバカげたいさかいを」


と告げた。語調が強くなるのが自分でもわかった。


「……こちらからの提案は、千秋クンへボクの下に来るよう口添えしてもらいたい……ということなんだよ」


この一言になると、また物言いを穏やかで優しげなものへと戻した。


『……俺がオマエを信用すると思うか?』


「確かに、約束はできないかもしれないが…………考えてみて欲しい。君たち二人だけでは……無理ではないにしろ、困難を極めることになるだろう……ボク以外に寄神さんや徳国とくぐにさんもいる……他にも何人か声をかけていて、まあ、どこまで信用に足るかは分からないが……君らに味方する人間が増えるんだ。悪い話ではないと思うんだけど……」


このあと、一呼吸挟んで、ボクはこう続けた。


「現に……もう襲撃のひとつも、あったんじゃないかい?」


仁科クンはすぐには返事しなかった。やはり、2、3秒の沈黙があって、それから、


『……考えさせてくれ』


と応じてきた。


「構わないけれど……時間が立てば不利になるのは君らの方だからね」


とだけは、言っておいた。すると、


『まあ、負け惜しみのひとつとでも思ってくれていいが……』


仁科クンは鼻で笑いながら、唐突にそんな言葉を発した。


『……オマエは血脇ちわきさんにはなれない』


ボクの状況を加味すると、言われてしまった、というところだろうか。

一瞬瞠目してしまったが、ひとまずは、


「……肝に、命じておくよ」


と変わらぬ口調で返した。

このあと、電話が切れたのは、何秒と経たぬうちだった……

これは、昨日の夜の話だ。



─時任宅に話を戻そう。

結局、あれ以降に会話らしい会話はなく、最後、玄関を出るときになってやっと、靴を履いている千秋へと、


「……葬儀には来てくれるかい?」


と尋ねた。なお、時任はこのときは、彼の後ろに立っていた。

対して千秋は、首を回し、愛想笑いを浮かべる横顔でもって、


「ええ……」


とだけ答えた。

これに時任の方は、


「よかったよ……それなら」


と目を細め、笑いかける。

このとき、もう千秋の視線は自身の足元の方に移っていたが、この直後、


「……ンフッ」


といった鼻息を漏らす時任に、千秋がまた首を動かせば、


「あまり……来てくれないらしくてね」


と時任は告げた。ゆっくりとした物言いで。


「……え?」


千秋がそう答えるのは、少し遅かった。時間にして、1秒ばかりのズレがあった。


「なんていうか、こう……政治的な理由というか、ね」


そう言われて千秋は、左右の口角を下げて、複雑そうな顔をした。そして、


「……なんか、嫌ですね。それ」


と言った。少し、ボリュームを抑えた声で。


「……ああ」


そう言う時任の返事を聞いたあと、彼に背を向けて、立ち上がる千秋。


「……それじゃ」


と千秋が言えば、


「うん」


と時任が返す。

このやりとりを経て、千秋はドアを開けた。なお、時任宅の入り口のドアは引き戸であった。

そうして、開けたドアを閉め、進行方向に向き直ったとき、景色が一変する。



─まず、そこは、学校の教室らしかった。

彼の開けたドアの先には黒板と教卓があり、机も並んでいる。夜なのか、月明かりの他に照らすものはなく、更に煙も漂っていて、視界はあまりいいとは言えない。もっとも、煙というよりは、雲に近いような白いもやであったが。


『……ねぇ、ねぇ』


どこからか、『少女』のあどけない声が彼を呼んだ。

これと同時に、千秋は、こめかみへ痛みを感じて倒れ、左手を地面についた。


『……こっちだよ』


声は奇しくも、手をついた左側の先から聞こえていた。

見れば、赤やオレンジや水色、黄緑などの明るい色を散りばめたパッチワーク柄の大きな傘が時計回りでクルクル動き、その下から赤い長靴を入った足が見えた。

そのうち、『彼女』が着ているのであろう真っ赤なドレスの、主に端の黒い部分が見え隠れする。


『……いたいでしょ?……このままだと、こうなるよ?』


そんな『彼女』の問いに、右手で自身のこめかみを押さえ、苦悶の表情のままに千秋は聞き返す。


「……どういう意味だよ?」


と。

すると、『向こう』はヘラヘラ笑いだし、最終的には、


『いいから……よけなよ。ミギでも、ヒダリでもいいからさ』


と言ってきた。その台詞のときでさえも、少し笑っているようだった。

それから急に、落ち着いた声でもって、


『でないと……死んじゃうよ?』


と告げたのであった……



─それと共に、視界が暗転する。

その瞳が次に光を捉えたとき、そこは時任宅の玄関の先であり、顔はそのドアと向き合っていた。

心臓の音がやけに大きく聞こえる。慌てて左手で胸を押さえた。

口元からは震えるような息を漏らしつつ、振り返る。

そこには、1本のナイフが……


(To Be Continued……)

 

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