第2章 シンギング・ユー・アー(3)
そのうちに両手に銀の盆を抱えたウェイトレスが彼らの腰かけるテーブルの側までやってきて、
「豚肉とインゲン豆のスープのお客様?」
と尋ねてきた。
手を上げたのは、壮年の男性の方であり、
「あぁ……ボクですよ」
軽く手を上げて応じると、相手も右手に持っていた方の皿を当人の前に差し出し、その次は、逆の手に持った皿を前に出して、
「……ミガスのお客様?」
と聞いた。奥都城は目線を合わせず、また小声で、
「……はい」
そう応答した。
相手のウェイトレスは一瞬動きが止まったが、少しもすれば、
「あぁ、あの……どうぞ」
と皿を置いた。
その傍ら、壮年の男性は、この奥都城に苦々しく笑いかけていた。
「……ご注文は、以上で?」
「……うん」
と頷いたのは、男性の方。
「……ごゆっくり、どうぞ」
そう言い残し、ウェイトレスはその場を去っていった。
「……えぇと、まあ……奥都城クンは、この料理のことは知ってるか?」
切り出したのは、壮年の男性。
少し前屈みになっている。男の指先を見れば分かることだが、ここでの “この” とは、彼の目前に置かれた料理の方である。
「……いえ」
多少伏し目がちに返答した奥都城。男はゆっくりスープをかき混ぜ始めると、
「現地では確か、 “ファバーダ” とかっていったかな。スペインの伝統料理のひとつでね、ソーセージが入ってることもあるんだけど……」
そこで少し間を置いて、スープの中からひと切れの肉片を引っ張り出すと、
「コイツは珍しい……」
と漏らした。
これに奥都城が目線を上げた拍子に、スプーンを少しばかり持ち方をかえて、それを奥津城にも見えるようにすると、
「何か……わかるかい?」
と尋ねた。奥都城は注視すると、こう言った。
「……耳、ですか?」
相手の男性の応答は一瞬遅れて、
「いやぁ……スゴいな。正解だよ」
と返した。
……それから両者の間に数分の沈黙が生まれ、その間に机上の皿もいくらか片付いた状態となる。ただ、ついに、
「ひとつ……聞いておきたいことが」
と奥都城が口を開いた。
「……何だろう?」
微笑みながら応答する男性。
「先日の調査の件で……どうしてあれほど、千秋を危険視するのか、その意図を聞いておきたいと思いまして……それは……実力者は何人も残ってますけど……平生さんの地位を揺るがす程ではないのでは?」
「それが……そうもいかないんだなぁ、これが」
壮年の男性がボソリと口にした。
「……脅威が知れているということは、逆に言えば手の内が相手に知られているということだから。君の言うその何人かのせいで……平生さんは枕を高くして眠れない」
そう言うと、左手をフォークに持ち換え、スープの中へと刺した。容器のもう三分の一も残っていないかというスープを軽くかき混ぜながら、話を続ける。
「君に千秋って男の威力偵察を任せていたのも……平生さんの為だよ」
スープから抜いたフォークを、奥都城の方へ見せびらかすように掲げた。
「私らで全てを牛耳っておかないとねぇ……」
そう言いフォークを口元に近付けたとき、急に男性は鼻で笑ったかと思うと、
「まあ、コイツは豚の耳だけどね」
と呟いた。
「ともかく……あの方は繊細なんだよ。ああ見えて……勿論、仕方がない面もあるが」
続いて漏らしたその呟きは、それ以前の言葉とはいくらかトーンが異なっていた。
その横では、フラメンコ・ショーが終わりを向かえ、ダンサーが控え室へと帰っていく。
ただ、戻る途中で一度、奥都城らのテーブルを一瞥した。何かを言った訳ではないが、目が合った壮年の男性は軽く会釈をした。このダンサーが通り過ぎてのち、
「……彼女を知っているかい?」
と男性は尋ねてきた。
「……いえ」
というのが奥津城の返答。
「Reina……確かスペイン語で女王という意味の……といっても、まあ、源氏名のようなもので、本名じゃないんだけどね……」
奥都城は無表情で話を聞いている。
「……協力者だよ。私たちの」
そう言われもなお、奥都城の表情に変化はない。ただ、
「今日来たのは……それが目的ですか?」
と告げた。
「まあ……そういうことになるねぇ」
言いながら少し、目線を外した男性。
「何を……させるつもりですか?」
「まぁ……言い方は悪いが……」
そう言うと、顔を寄せて、小声でこう続けた。
「……千秋クンの始末と、反乱分子の鎮圧だ」
奥都城は尚も表情を変えない。
「可哀想だが……千秋クンには死んでもらうことになるだろうな……」
噛み締めるように、言葉を捻り出すように、ゆっくりとした口調で男性はその一言を発した。
……直後、男性のカバンから音楽が鳴り出した。
「……え?」
などと頓狂な声を漏らしつつ、男がカバンを開くと、丁度彼のガラケーに着信がきていた。
“雁谷文弥” と表示されている。
「すまない……少し、外すよ」
「……はい」
奥都城の返事を聞くと、男性はトイレの方へと駆けていった。そうして、男性トイレのドアが開き、彼が入り、そしてドアが閉まるところまでを見届けてから、奥都城は静かに、
「……可哀想だとか、何を今更」
と呟いた。
……そして、件のトイレの個室では、
「……望月が、か?」
と聞き返す男の姿があった……
(To Be Continued……)




