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5分11秒の回想  作者: 仁科学
第一部 ヴィクトリア朝の亡霊
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第1章 セーブ・ザ・ナイトタイム(3)

「オマエって、さ…………人殺したいとか、思ったことある?」


やはり、ビールは好きになれない、などと内心思っている他所で、ニュースの影響からか、千秋がそんなことを言い始めた。


「えらい物騒な話だな、おい」


苦笑した俺。

それから暫く、


「ウーン」


でも言おうか。唸っていたのだが、最終的には、


「……ゴメン、ないわ」


と笑いがちに答えた。


「えぇ、あるでしょ?一回ぐらい」


そう言う千秋も顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。俺の方は、右側から少し腰を上げて、右肩がイスの背もたれにあたる程、右半身のみ後退させた後、


「キレるってのは……まあ、なくはないけど。殺すってなると、なあ」


と呟いた。更に続けて、


「人間、価値観なんて人によって違うんだし……いちいち目くじら立ててたら、キリがねぇってか……まあ、俺の場合だと、嫌なことはさっさと忘れようってするから。考えれば考える程……嫌な気分になるだけじゃねぇかなぁ、って……まあ、思う訳よ。死んで欲しいって思ったって、相手がいなくなる訳じゃ、ねぇじゃん?」


なんて一通りご託を並べたところで、千秋は、


「……そっか」


なんてため息がちに答えた。


「……なんかこう……想像してると、さ……なんか、アドレナリンみたいなものがドバーって出てくる感覚、っていうか……さ?物凄い速度で体の中のエネルギーが回ってるような感じ」


「……ハイになるのか?」


「考えてて、ゾクゾクするんだよ、とても……」


嬉々として語る千秋の横で、俺は苦笑いしていたが、理由はビールが口に合わなかったから、だけではなかった。

このように、俺が黙っていたものだから、千秋も表情を変えて、


「いや……マジではやんないけどさ?」


と言い直した。もっとも、直後に、


「……多分」


などと付け加えるものだから、思わず、


「……最後で心配になる一言が聞こえたんですけど?千秋サァ~ン」


なんて言葉が口からついて出た。言い回しこそ冗談めいていたが。

千秋は一呼吸置いてから、


「……冗談だよ」


と答えた。


「たまに本当にいるんだよ……そういうの、マジでやるヤツ」


などと俺がしみじみ言えば、


「……あー」


と千秋も気まずそうに返した。


「……あんまり、笑えないかな」


ジョッキへと口を運ぶ片手間に、時計を見れば、12時を3分過ぎていた。


「……まだ何か注文するか?」


俺たちのテーブルの上にはもう料理の乗った皿はない。


「……俺はいい」


と千秋は言った。

口には出さなかったが俺も同意見だったので、注文はしなかった。


「……結構食ったのな、二人にしちゃ」


俺は左手で摘まんだ楊枝で歯の間に挟まった肉片をつついていた。


「……お互い結構少食なのに、よぉ」


と俺が言うと、千秋は目を細めたまま、何も言わずこちらを見ている。


「……何だよ?」


聞くと、


「……高校んとき、俺の弁当まで食べてたのに」


と一言。


「オメェが食べきれねぇっていうから、もったいないんで無理してでも食べてたんですよぉ、俺はぁ!」


右の拳で机を何度も叩いた俺。

そんな俺の姿が可笑しかったのか、笑い出す千秋。

そして、


「でもさ……一日何本もジュース飲んでたじゃん?」


と言った。


「ノドが渇いたんだよ!あんだろ、そんぐらい……俺は蛇口の水飲まない人だし」


俺は右手で頬杖をつく。


「大体、白井しらいのが食うだろ?俺より」


「……だっけ?」


千秋は首を傾げた。


「……正直、シロとの思い出とかないんだよねぇ。悪いけど」


と千秋は呟いた。


「……思い出」


俺は少し考えてみた。考えてはみたが、


「俺も大したことは浮かばねぇや」


というのが結論だった。


「……流石シロ」


と言った千秋の台詞は、いうまでもなく皮肉である。


「そういや、シナさんに聞いときたかったんだけど……」


千秋は若干左に体を傾けると、机上に指を組んだ両手を乗せた。


「……なんだい?」


「……シロも参加者だったんだよな?……もう脱落したって聞いたけど」


「ああ……」


俺が頷くと、


「……どうだったんだ?」


と尋ねてきた。


「……どう、ねぇ」


多少ため息みたくかすれた声になった。

それから俺は少し考えてみたが、はっきりとした回答は出ず、


「……まあ、一言では言えないわな」


と濁した。


「んー?」


千秋の一言は、意図してかどうかは知らないが、話題に挙がっている白井の言い方によく似ていた。


「だってさぁ……まあ、意外とスパン長いし……難しいじゃんか?」


「いやーー?」


間延びした言い方。やはり白井のマネらしかった。


「……なんか、ムカつくな」


と俺は苦笑した。


「うん、まあ……そうだなぁ」


特に意味はないが、何となく上の方に視線を移した。

強いていうなら、自分の脳の中を覗こうとする所作。勿論見える訳ではないが。


「やっぱ、どうだって断言はできないかな……」


と応じた。


「でも、まあ…………」


俺は唇を噛んだ。


「……正直、何もできなかったような気が、な」


そう言うと千秋は笑いかけたが、


「……俺も含めて」


と伏し目がちに続けると、千秋も微妙な表情を見せた。


「ああ……深い意味はないんよ?」


慌てて俺は笑顔をつくったが、はたして彼の目にどう写ったのか。


「そうなのか」


とだけ、言葉を返した。


それからしばらく話を続けていたが、そのうちに、


「……そろそろお開きにしようか?」


ということになった。

代金の一の位が三で終わっていたせいで、二人で割るのに一悶着があったものの、結局は俺が二円払い、千秋が一円ということで話がついた。


「……んじゃまた」


「おう」


先に背を向けて歩き出したのは俺だったが、何歩か出たところで振り返った。

千秋の背中は随分と小さくなっていた……


(To Be Continued……)  

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