第1章 セーブ・ザ・ナイトタイム(3)
「オマエって、さ…………人殺したいとか、思ったことある?」
やはり、ビールは好きになれない、などと内心思っている他所で、ニュースの影響からか、千秋がそんなことを言い始めた。
「えらい物騒な話だな、おい」
苦笑した俺。
それから暫く、
「ウーン」
でも言おうか。唸っていたのだが、最終的には、
「……ゴメン、ないわ」
と笑いがちに答えた。
「えぇ、あるでしょ?一回ぐらい」
そう言う千秋も顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。俺の方は、右側から少し腰を上げて、右肩がイスの背もたれにあたる程、右半身のみ後退させた後、
「キレるってのは……まあ、なくはないけど。殺すってなると、なあ」
と呟いた。更に続けて、
「人間、価値観なんて人によって違うんだし……いちいち目くじら立ててたら、キリがねぇってか……まあ、俺の場合だと、嫌なことはさっさと忘れようってするから。考えれば考える程……嫌な気分になるだけじゃねぇかなぁ、って……まあ、思う訳よ。死んで欲しいって思ったって、相手がいなくなる訳じゃ、ねぇじゃん?」
なんて一通りご託を並べたところで、千秋は、
「……そっか」
なんてため息がちに答えた。
「……なんかこう……想像してると、さ……なんか、アドレナリンみたいなものがドバーって出てくる感覚、っていうか……さ?物凄い速度で体の中のエネルギーが回ってるような感じ」
「……ハイになるのか?」
「考えてて、ゾクゾクするんだよ、とても……」
嬉々として語る千秋の横で、俺は苦笑いしていたが、理由はビールが口に合わなかったから、だけではなかった。
このように、俺が黙っていたものだから、千秋も表情を変えて、
「いや……マジではやんないけどさ?」
と言い直した。もっとも、直後に、
「……多分」
などと付け加えるものだから、思わず、
「……最後で心配になる一言が聞こえたんですけど?千秋サァ~ン」
なんて言葉が口からついて出た。言い回しこそ冗談めいていたが。
千秋は一呼吸置いてから、
「……冗談だよ」
と答えた。
「たまに本当にいるんだよ……そういうの、マジでやるヤツ」
などと俺がしみじみ言えば、
「……あー」
と千秋も気まずそうに返した。
「……あんまり、笑えないかな」
ジョッキへと口を運ぶ片手間に、時計を見れば、12時を3分過ぎていた。
「……まだ何か注文するか?」
俺たちのテーブルの上にはもう料理の乗った皿はない。
「……俺はいい」
と千秋は言った。
口には出さなかったが俺も同意見だったので、注文はしなかった。
「……結構食ったのな、二人にしちゃ」
俺は左手で摘まんだ楊枝で歯の間に挟まった肉片をつついていた。
「……お互い結構少食なのに、よぉ」
と俺が言うと、千秋は目を細めたまま、何も言わずこちらを見ている。
「……何だよ?」
聞くと、
「……高校んとき、俺の弁当まで食べてたのに」
と一言。
「オメェが食べきれねぇっていうから、もったいないんで無理してでも食べてたんですよぉ、俺はぁ!」
右の拳で机を何度も叩いた俺。
そんな俺の姿が可笑しかったのか、笑い出す千秋。
そして、
「でもさ……一日何本もジュース飲んでたじゃん?」
と言った。
「ノドが渇いたんだよ!あんだろ、そんぐらい……俺は蛇口の水飲まない人だし」
俺は右手で頬杖をつく。
「大体、白井のが食うだろ?俺より」
「……だっけ?」
千秋は首を傾げた。
「……正直、シロとの思い出とかないんだよねぇ。悪いけど」
と千秋は呟いた。
「……思い出」
俺は少し考えてみた。考えてはみたが、
「俺も大したことは浮かばねぇや」
というのが結論だった。
「……流石シロ」
と言った千秋の台詞は、いうまでもなく皮肉である。
「そういや、シナさんに聞いときたかったんだけど……」
千秋は若干左に体を傾けると、机上に指を組んだ両手を乗せた。
「……なんだい?」
「……シロも参加者だったんだよな?……もう脱落したって聞いたけど」
「ああ……」
俺が頷くと、
「……どうだったんだ?」
と尋ねてきた。
「……どう、ねぇ」
多少ため息みたくかすれた声になった。
それから俺は少し考えてみたが、はっきりとした回答は出ず、
「……まあ、一言では言えないわな」
と濁した。
「んー?」
千秋の一言は、意図してかどうかは知らないが、話題に挙がっている白井の言い方によく似ていた。
「だってさぁ……まあ、意外とスパン長いし……難しいじゃんか?」
「いやーー?」
間延びした言い方。やはり白井のマネらしかった。
「……なんか、ムカつくな」
と俺は苦笑した。
「うん、まあ……そうだなぁ」
特に意味はないが、何となく上の方に視線を移した。
強いていうなら、自分の脳の中を覗こうとする所作。勿論見える訳ではないが。
「やっぱ、どうだって断言はできないかな……」
と応じた。
「でも、まあ…………」
俺は唇を噛んだ。
「……正直、何もできなかったような気が、な」
そう言うと千秋は笑いかけたが、
「……俺も含めて」
と伏し目がちに続けると、千秋も微妙な表情を見せた。
「ああ……深い意味はないんよ?」
慌てて俺は笑顔をつくったが、はたして彼の目にどう写ったのか。
「そうなのか」
とだけ、言葉を返した。
それからしばらく話を続けていたが、そのうちに、
「……そろそろお開きにしようか?」
ということになった。
代金の一の位が三で終わっていたせいで、二人で割るのに一悶着があったものの、結局は俺が二円払い、千秋が一円ということで話がついた。
「……んじゃまた」
「おう」
先に背を向けて歩き出したのは俺だったが、何歩か出たところで振り返った。
千秋の背中は随分と小さくなっていた……
(To Be Continued……)




