おーとまた
ふたを開けると、昨日からほったらかしのままだった洗濯物が、機械の中でねじれにねじれていた。一昨日買ったばかりの赤いキャミソールも、青いジーンズも全部まとめてこんがらがっている。
「はぁ…」
とりあえず洗濯物を隣の乾燥機に押し込み、スイッチを入れてリビングに戻った。さっきまで見ていたお昼のドラマが、いつの間にか通販番組に切り替わっていた。
…結婚してもう三年になる。親からはまだまだ三年、なんて言われそうだが、私にしてみればとても長く感じる三年だった。仕事を寿退社して、毎日やることがなくなったのが原因だろうか。最初の数か月は一緒に遊びに出かけてくれた友人たちも、やはり生活時間が合わないのか、近頃は全く顔も見なくなってしまった。
…私の人生って、一体なんだったんだろう?
三十を過ぎてから、ふとそんな疑問が頭を過ることがある。別に、不満があるわけじゃない。裕福な家庭に育ち、両親からもたくさんの愛を受け取った。小学校も都内の私立に行かせてもらえたし、そのまま大学まで卒業させてもらった。結婚だって、一流企業の御曹司とお見合いをして、見晴らしのいいマンションに引っ越して…。これで不満があるなんて言ったら怒られそうなくらい、自分でも幸せな毎日を送ってきたと思う。それなのに…。
同じことを繰り返すことに飽きてきた、なんて言ったら、夫はどんな顔をするだろう?
『…要するに、今お使いの製品に不満があるということですね!』
テレビ画面の向こうで、司会の男性が私に白い歯を浮かべた。
『そんな奥さんにはこれ!『全手動選択機』です』
『全手動?なんですかそれ?』
ひな壇に座っていた聞き役の女性が、わざとらしくセリフを読み上げる。私は思わず目が吸い込まれていった。
『毎日毎日、炊事洗濯に部屋の片づけ、お子さんの送り迎え…同じことの繰り返しに、奥さん疲れてらっしゃいませんか?』
『確かに…嫌気が指すことは、ありますけど』
『この『全手動選択機』はね、今までスイッチ一つで全部ロボットがやっていた家事を、全部自分の手でやることができるんですよ!』
『ええ!?全部自分の手で、ですか!?』
『ハイ!たとえば貴方、洗濯機に入れる洗剤の量。あれ、機械に教えてもらわずに分かりますか?』
『え!?そんなこと…』
…分かるわけない。今や生活のほとんどがコンピューターで管理されているこの時代に、洗濯物の量でどれだけ洗剤を使うかなんて考えたこともなかった。いつの間にか、私は画面に身を乗り出していた。
『でしょう?『選択機』があると今日の夕飯のおかずも、衛星から送られてくる『パートナー分析結果』なしで、自分で考えることができるんです』
『そんな!相手が何を食べたいかも分からないのに、注文なんてできっこないでしょう!?』
『甘いですよ、奥さん』
『え?』
『作るのも、自分なんです』
『ああ~…』
画面の向こうで、女性が大げさな演技で気絶するふりをしている。私は思わず噴き出した。こんな複雑な作業を、全部自分の手で?馬鹿げてる。でも…なんでだろう?画面から目が離せない…。
後ろの方では、オートマタが全自動で乾燥機から洗濯物を取り出し畳む音が聞こえてきた。
『…それだけじゃありません。この『選択機』、お子さんに使うとですね…家庭も学校も、結婚相手でさえ自分で選ばせてもらえるんですよ!』
『まさか!自分の人生の最適解は、マザーコンピューターが演算して、全部選んでくれるはずじゃ!?』
『そのまさか、です。全手動ですから』
…そんなことが、可能なのだろうか?私は目を丸くした。自分の人生を、コンピューターの最適解に任せず、自分の手で選ぶだなんて。育つ環境や親も、進学する学校も、まさか結婚相手も自己判断?そんなの、あまりにリスクが大きすぎる。第一、コンピューターは絶対計算を間違わない。全自動で道を選んでもらった方が、きっと幸せになれるのに。もう一度、画面の向こうの司会者が私と目を合わせていった。
『…さあ、番組をご覧のそこの奥さん!我が社の製品を手にするかどうか。それはあなた自身の判断でお願いします。一つだけお約束します。この製品は、今までの他社製品とは違い、確実にあなたを幸せにする、『とは限らない』。スイッチ一つで繰り返すだけじゃない人生を、その目でお確かめください。お問い合わせ電話番号は…』




