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雫輪舞(しずくロンド) 水の都の精霊王  作者: 優緋
水霊王の塔の雄叫び
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救われた竜、歓喜の咆哮

 決着はすぐに着いた。

『まだ立つのか?』

(せっかく戦えるんだ、こんな簡単に負けてたまるか)

 雫は手をぐっと握り、立ち上がろうとする。

 それでも必死で膝を手で押さえてなんとか雫は立ち上がった。

 もう息は上がっている。ぽたぽたと頬を伝わり落ちる汗が、薄く張ってある水面に落ちて波紋を残す。

 ふらふらで、立ち上がる力しか残っていないのが見て取れる。けれど瞳からまだ戦う意思が消えてはいない。

 見事だ。

 そう思うからこそ、敬意を示し、立ち上がる力が残らないように尻尾を振った。

(やばい、尻尾が迫って……)

 風を切って迫ってくる尾を避けなきゃと思うけど、体を動かす力も残ってなくて、避けられるはずもなくて、尻尾は雫の腹に当たった。

 ドッ!!

 雫は巨大な尻尾に弾き飛ばされて、水の上を滑り、背中から壁に激突して苦悶の声を上げる。

「いっつ~~」

 起き上がって、雫は頭を振ってから手で頭を押さえる。

 竜が雫の姿を見て、僅かに目を見開く。

 尻尾の鱗に当たって、コートを止めていた紐が、千切れてはだけている。そこから見える胸は、僅かに膨らんでいる。

「?」

 竜が黙って目を見開いてこっちを見ていて、竜の目線に合わせて自分の格好を見る。

 そこにはコートがはだけていて胸元が見えている。しかも足を投げ出したまま開いていた。

「きゃあっ」

 雫は声を上げると服の胸元を右手で手繰り寄せ、左手でコートを押さえてすぐに座り直した。

 悲鳴を聞いて、雫の姿を見つめる。

 茶の髪は少年には長く、少女というには短い。眸は、湖の湖面のような水色で、そこにあるのは幼いが故、中世的であるが見間違いようもなく、少女の顔だった。

 今思えば確かに声も男にしては高かった。

 いよいよ竜は眼を大きく見開いた。

『……すまん、汝が女子だと気づかなんだ』

「……それは、女だったら手加減をしたという事か?」

『……いや、違う』

「なら、いい」

 雫は快活に笑う。

「ところで本当に話をするだけでいいのか。もうちょっと、別の事でも……」

『いや、それだけで構わぬ』

 これは、竜にとって切実な唯一の願いだ。

「そんなことでいいのか?」

『ああ、こんな所に閉じ込められていれば、外の事を聞きたくなるのも当然だ。では、早速聞かせてくれぬか』

「ああ、じゃあ、少しだけ。……」

 それから、何を話すか考えてから、雫は口を開いた。

 雫が話すこの街は、あまりいい雰囲気には感じなかった。雫の主観が交じるからだ。

 雫がこの水の都と呼ばれる街を好きではないのがわかる。それがわかるから、悲しい。水の精霊王である自分の恩恵を最も強く受け取る、愛した街だからこそ。

 いつかこの子に笑って、この街を誇ってもらいたい。そしてその話を聞いてみたいと竜は思うのだった。


『もう、話は終わりか……』

「ああ」

 雫は本当に少しだけしか話をしなかった。

『つまらん』

「続きはまた次にここに来た時に、な?」

『……!またきてくれるのか?』

「ああ」

 それを聞いて、竜は嬉しくなって目を細めた。

 少ししか聞けなかったが、また次の時にまた聞けると思うと嬉しい。

「またな、お前と会えて良かった」

 その答えを聞いて、雫は帰って行った。

 雫といた時間は楽しかった。その楽しい時間がまた過ごせるのだと思うと竜は雫が来るのを待ち遠しくなって、退屈な時間ではなくなった。

「オオォォォ~」

 竜は歓喜の咆哮を上げた。

 この出会い以後、常に聞こえていた竜の吠える声は聞こえなくなった。


 水霊王の応接室にも歓喜の咆哮が届いていた。

「おや、いつもと違う雄叫びですね」

「ええ」

 マルコと同じように、この塔で働くアトス達も感じた。

「今までこんなに短い間隔で、連続して聞こえる事はなかったのですが?」

 おかしいわねぇと正面に座るアトスは頬に片手を当てる。

「精霊王様は1度暴れ出したら、倒れられるまで暴れるはずなのですが」

「ええ、そのはずなんだけど……?」

「先ほどの雄叫びもいつもより短かったような……何かあったのでしょうか?」

 後ろに控えていた修道女も話に加わり、アトス達水霊王の塔の関係者だけで話し合いをする。

「ん……?」

(今、不穏な単語が聞こえなかったか?『精霊王』と。いや、まさか――)

 精霊王が雄叫びをあげていた。そんな嫌な考えがライアットの頭を過る。

「雄叫びをあげていたのは、まさか精霊王だったり――?」

 左隣りに座る葵が、ライアットと同じ不安をそのまま口にした。

「ハハハ……まさか、そんな事があるわけが――」

「仰る通りです。あの雄叫びは精霊王様の声です」

「ハハハ……は?それは大問題じゃないですか!何とかならないんですか?」

 街長であるマルコの笑いが止まる。バンっと机を叩く。

「そうは言われても、相手が精霊王では、さすがにどうしようも……」

「そんな~どうにもならんのか~」

 立ち上がって頭を両手で挟み、左右に振った。

(なんとか、なんとか……)

 頭を振っていてライアットと目が合った。

「そうだ、ライアット様ならどうにかできるはず。この事態をどうか、治めて下さい」

「……」

(こいつ、丸投げしやがった)

 ライアットでは、わからない事だが、マルコが困ったのは精霊王の雄叫びそのものではない。困っていたのは、この事件の責任を取らされて街長を解任させられる事だ。

 困っていたら近衛騎士と目が合って、この者に責任を押しつけてしまえばいいと思ったのだ。

「ライアットなら、何とかしてくれるよ。なんたって王直属の近衛騎士なんだから」

 できるかどうかわからないものを、できると決めつけられても困る。そう言おうとしたら、反対側に期待で目をキラキラ輝かせた葵いた。

「はぁ」

 溜息をつくしかない状況だった。

「まぁ、やれるだけやってはみる。けど、できるかどうかは保証できない。とりあえず、話を続けよう。さっきの雄叫びがいつもと違う理由はわかりますか?」

 ライアットは前に向き直る。

「いいえ。ですが、そうですね。精霊王の様子を翠雨すいうに聞いてみましょう。翠雨を呼んで来てちょうだい」

 となりの修道女にアトスは頼む。

「わかりました。ですが、今は……」

「そうだったわね。でも、様子を見て来てちょうだい」

 お辞儀をすると修道女は出て行った。

「翠雨というのは?」

「精霊王に直接仕える巫女姫ですわ。精霊王に会う事ができるのは印を与えられた巫女姫だけです。王都にも属性ごとに1人いますでしょう?」

「ああ、そう言えばそうだな」

 ライアット達は修道女が戻ってくるのを待った。


 コンコン。

 アトスに頼まれた修道女が扉をノックするが返事がない。

 コンコン。

 やはり、返事がない。

「入りますよ」

 中に入ると灯りをつけていなくて暗かった。

「うぅ……ひぐ……」

 扉のすぐ横にあるスイッチを押して天井の灯りをつけると、翠雨は部屋の隅で小さくなって泣いていた。

「塔長様がお呼びです。精霊王の様子を伺いたいそうです」

 精霊王という名前を聞くと翠雨はさらに小さくなる。修道女が手を取って立たせようとすると、手を払われた。

「いや……行きたくない」

 いやいやと、首を横に振る。暫くは、なんとか連れて行こうとしていた修道女も、根負けして諦めた。

「後でまた話を聞きに来ますよ」

 そう言って部屋を出て行った。


 修道女が応接室に戻って来た。

「申し訳ありません。翠雨が話を聞ける状態ではなく連れて来られませんでした」

「そう……、暫くは時間がかかりそうね。ライアット様、また後でこちらに来て下さいませんか?」

「仕方がない、か。わかった、そうしよう」

 他にできる事はなさそうだったので、ライアットはアトスの提案を受け入れる。

「でも、待ってる間、どうしようっか?」

「ん~、そうだな~特にする事もないし」

 どうやって、時間を潰すか悩む。雄叫びについては、アトス達が詳しいだろうから、後で聞けばそれ以上の事は出てきそうにない。

(あまり興味はないけど、1階の展示会場を見て回るか)

「でしたら、水霊王の塔に挑戦してみてはいかがでしょうか?」

「塔に挑戦?」

「この塔は5階から上が迷宮になっていますので。精霊王に巫女姫以外が直接会おうとしたら、どの道、迷宮ダンジョンを通らないとなりませんし」

「わかった、とりあえず様子を見に行かせてもらおうか」

「私も行く!」

「いいぞ」

「え?……反対しないの?」

 てっきり危険だからと反対されると思っていた葵は驚く。

「どんな感じの迷宮か確かめる打だけで、危険を犯すつもりはないからな。本格的に攻略するのはパーティを組んでからだ」

「あ、それもそうだね、街長も来る?」

「い、いえ!足を引っ張るだけですので遠慮します!そ、そうだ私はこちらで時間を潰しますので気にしないでください」

 両手を前に突き出して、マルコは必死に首を横に振る。

「話は決まりましたね。では、案内します。ついて来て下さい」

 立ち上がったアトスにライアットと葵はついて行った。

 次回から事件が解決したのを知らないライアットの話

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