ハフェンスダートへ vs王子を狙う者達
馬車の中で戦いを見ていた雫が、膝に手を置きのっそりと立ち上がる。
「行くんですか?」
「まぁ、仕方ないから」
このまま戦いが進行すればフランツ達は確実に負ける。そもそも、王子を狙って来たんだから、戦略を立ててあるのは当然だ。
3人に2人ずつつけば、フランツ達は確実に負ける。
この3人を相手にする時に問題なのは前衛の実力不足だ。フランツと、ここにはいない焔は優秀なのだが、それは同学年、同年齢の中での事だ。本物の冒険者に比べたら、実力が足りない。
ライアットは、魔導剣士としては優秀だが、魔導士、剣士それぞれで見ればそこまでではない。魔法と剣技の2つを使った汎用性の高さがあってこその優秀という評価なのだ。
魔導剣フレイム・ブリンガーも近づけば炎を飛ばす意味がないから、炎を幾ら纏っていても所詮は剣だ。だから、2人がかりで近接戦闘のみで戦えば脅威ではない。
後衛のパーシルは魔導士だ、近接戦闘ができるわけはない。
(たぶん、パーシル潰して、フランツ、ライアットの順だな。叩きやすいのから潰して、潰したのが次に向かえば時間もそう掛からないし)
まずパーシルを倒し、倒した2人がフランツと戦っている2人と合流4人で叩く。4人でフランツを倒したら最後に全員でライアットを倒す。これが相手の立てた戦略だ。
それと自分が精霊王だと知られないよう、できるならばただの学生だと、少なくとも優秀な学生だと思われるように戦いたい。
(やれやれ)
面倒だなと思いながら、頭を掻きながら馬車から雫が手てくる。
ット。
雫はすぐにパーシルに向かっていく相手に突進をした。
ライアットが振り向くと、パーシルに向かった1人に雫が体当たりをしていた。
「手伝うよ。直接戦わないけど」
「はぁ、何言ってんだ!?」
こっちを振り向いた時には、雫は短い学校で使う練習用の指揮棒のような短い杖をウエストバッグから抜き取り、聞き取り難い声で詠唱をしていた。
「……自然に満ちる力よ、応えておくれ!属性増強」
これをライアットとパーシルの武器に掛ける。
同時に魔力活性化をライアットの剣に掛ける。こっちは聞きとり難い声の飛び飛びの音程を詠唱の変わりにして発動させた。
雫を精霊王だと知っているライアットだけには、ライアットの体に負担を掛け過ぎず、怪しまれない程度で効力の高い魔法を使える。
フレイム・ブリンガーの纏う炎が一回り大きな刀身を形作る。
ライアットが剣の変化に驚く。
(いい剣だ)
属性増強とは違い魔力活性化は禁術だ。そっちに耐えられる者も物も少ない。パーシルの杖に掛けたらそれだけで杖は壊れてしまう。
けど魔導剣フレイム・ブリンガーは違う。それ自体が古代の物で、魔力真眼で見た時、ライアットはその剣の力を半分程しか使えていないのがわかった。だから炎の刀身があるこの状態こそが本来の状態だ。
ライアットは雫が直接戦わないと言った意味を今までにない程力強い剣を見て理解する。
つまり、補助をするから、敵を倒せと言っているのだ。
「任せろ!」
ライアットは今いる2人に向き合うと剣を縦に振る。相手が止めようとした剣の刃が切れた。
「は?」
「え?」
斬られた方も切った方も驚いた。
ライアットは、ぐっと剣を握り直す。これが本来のフレイム・ブリンガーの力。
(行ける)
相手よりも先に我に返って、剣を斜めに上から下に振って1人を倒す。
剣で防御されないから容易い。
横に振って、2人目を倒す。
これ程の力のある剣を持っていた事にさえ気づかなかった。
(今まで俺は何をやっていたんだ?)
力のある剣を持った喜びと、それに気づく事もできなかった悔しさがない交ぜになった感情で剣を振る。
(俺はまだ強くなれる)
今まで限界が傍にあって、これ以上あまり強くはならないと思っていた。けど、今こうして、限界を超える力を一時的にとはいえ与えられた。
まだ、もっと強くなる方法がある。
(後で、何としてもやり方教えてもらう!)
「……力増加」
雫は詠唱を終えて、フランツとライアットに魔法を掛ける。
パーシルは後ろでその様子を見る。
(早い。それに正確だ)
この子は違う。フランツや焔のように同年齢で優秀なんじゃない。
魔導士の基本の攻撃魔法を習得していないみたいだが、魔法を使う技能が異常に高い。もし攻撃魔法を使えるならプロの中で一流と言えるレベルだ。
「……防御増加」
雫が詠唱を終わらせた。
(くそ!どうなってやがる)
相手が2人減って動揺を見せ、ライアットの前の男が後ろをチラッと見る。
(甘いわね)
2人減って、パーシルにも詠唱ができるようになった。けど、まだ相手の前衛が多い、詠唱が長い魔法じゃ駄目だ。ここは雷球だ。
「稲妻束ね……」
パーシルは詠唱を始めた。
「風の刃」
相手の魔導士の1人が杖を高く掲げると魔力を帯びた透明に近い風が渦を巻き、風の刃が3つ生まれる。
「ライアット、フランツが魔法で狙われてる!」
すぐに気づいた雫はライアットに向かって叫ぶ。
「わかった!」
魔導士を見ると返事をして、フランツと魔導士の間に入る。
飛んできた風の刃に向かって、切れたらいいなと軽く思いながら縦に剣を振る。
やっぱり風の刃は剣では止められない。
(仕方ない)
ライアットは覚悟を決めて風の刃を受ける。
「ぐぅぅ……!」
右肩の袖と脇と左腕に切り傷がつく。
(悪いライアット)
戦闘の最善なら雫が止めた方がいい。雫の魔法防御ならD級魔法では――風の刃程度では傷1つつかないからだ。けど、精霊王とばれないように、実力を隠しているから、それはできない。
(次は、どうすべきだ?)
精霊王と気づかれないようにするために殴り飛ばしたい衝動を抑えながら、やり難い中をどうにかする術を考える。
雫は低い姿勢から小石を拾うと後ろの魔導士に向かって投げる。
こんっ。
「痛っ」
額に小石が当たって魔導士は、つい声を出す。それで詠唱が中断される。
(次!)
もう1つも投げて、魔導士2人の詠唱を両方止める。これでパーシルの詠唱の方が早い。
見ている内にライアットがもう1人を切り倒す。これで相手の前衛は残り3人。次に倒す4人目はフランツを襲っている2人のどちらかだ。
相手の狙いはフランツだし、そんなに長く耐えられないのはわかっている。ライアットが、あっさり倒す。
(もうライアット、止められないだろ)
ふぅ。
心配する必要がなくなって、雫は息を吐いて、肩の力を抜く。
「雷球」
パーシルが詠唱を終え、相手の魔導士に飛ばす。相手の魔導士は、詠唱を止めるか悩んでしまってあたった。
(あ、決まったな)
雫が他人事のように見ていると、相手は倒れている仲間を担いで逃げ出した。
逃げる時、リーダーらしく、最初に喋っていた男がチラっとこっちを見た。
(あ、やべ、バレたかな)
馬車の中のてんに向かって、てへっと舌をペロっと出した。
全員が馬車に乗るとまたハフェンスダートへ向かって走り出した。
「泉、さっきの……」
ライアットが、膝に両手を置いて聞きたくて、うずうずしていた事を尋ねようとした。身を乗り出そうとして、深く沈んだ瞳と目が合って、声が出なくなった。
『今は駄目だ』
声を出さずに口だけ動かす。
「……わかった、フランツさっきの連中、逃がして良かったのか?」
唇を読むとライアットは話を変えた。
「襲われるのは初めてじゃない、狙われる理由は王子というだけで充分だ。いちいち相手にしていたらきりがない」
「お前がいいなら別にいいか」




