宿での対策会議
コンコン。
翌日の朝、フランツ達が宿屋のライアットの部屋で作戦会議の前のちょっとした雑談をしていると、扉をノックする音がした。
「はい、誰ですか?」
「焔です。私もご一緒させてもらえませんか?」
4人が目を合わせる。
「彼女を中に入れるのは反対だ」
魔導剣士とはいえ学生の、それも貴族を危険な事に巻き込むわけにはいかない。
「入れた方がいいと思う」
ライアットが面倒そうに頭を掻く。
「うん、次に狙われている石像の場所、知っているからね。部屋に入れても入れなくても、石像のある広場には来ると思う」
「例え今追い返しても、できるだけ広場の傍にいて、騒ぎが起これば入ってくると思うぞ」
「仕方がない、か」
フランツは立ち上がると、扉を開けた。
「どうぞ」
カチャっと扉を開けた。
開けられた扉の前で焔が苦笑いをしていた。
「ハハ……ごめんなさい」
焔が頭を下げると、横から雫が姿を見せた。
「てへ、来ちゃった♡」
「何であなたがここに?」
「来ちゃった♡じゃねぇ!」
ライアットとてんが立ち上がって叫んだ。
雫は無視して部屋の中に入ってトコトコと、ベッドに座った。
てんとライアットはフランツとパーシルの後ろを通っている時、雫の口の端が上がっているのを見た。
(圧力をかけに来た)
(見張りに来たの)
ライアットは忌々しそうに、てんは何も言わずに座った。
「焔、こっちこっち」
「はい」
焔が雫に近づくと手を引いてポスっと座らせる。焔は僅かに頬を染めている。
(いったい何をしに来た?)
てんが机に両肘を立てて手を組んで、顔をその前に持って来て、雫を見ると、にぃっと笑っている。
(こっちの様子見、妨害のため、かな。くぅ、やり難い)
でも、上手くやれば雫様から情報を引き出せるかもしれない。もう1度気を入れ直して雫を見て、はっとした。
(これは私達と、雫の勝負なんだ)
ふっと笑みを漏らす。
(面白くなってきた)
てんは白い大きな紙を広げると地図を黒いペンで書き、それから布袋からチェスの駒を石像に見立てて並べていく。
「結構、石像の数が多いな」
「はい、50以上の石像がある大きな広場で、石像の大広場と呼ばれ、観光名所の1つにもなってる。水の都の観光ガイドにも載ってた」
てんは購入していた観光ガイド『水の都の歩き方』『アクアリウム観光ガイド』等2~3冊出して机の上に置く。
フランツ、ライアット、パーシルは手にとって確かめるように石像の大広場のページを開いて見る。
「本当だ」
「最初は20程の石像の数だったようですが、周辺から集めたり、新たに造って今では50以上になったそうです。ですが、後から造られたのは当然ベーゼルダインの作品ではないので機械人形ではありません。実際に動くのは25~30体程ではないかと」
「それでも多いな……それで、実際どうする?」
これを全部相手にするのは骨が折れそうだとライアットは思ってから、具体案を尋ねる。
「次に壊される石像がわかっているのだから、そこに衛兵を集めればいいのでは?」
「そうね。次が最後だとわかっているし、壊される石像もわかっているのだから、他の石像を守っている衛兵を呼べば、かなりの数を集められるはず」
「反対です」
「俺もだ」
フランツが意見を出すと、パーシルは賛成し、てんとライアットが反対した。
「戦闘になれば石像を壊した事のない衛兵も石像を壊して、新しい標的になる者も出てくるはずです。それに精霊王の強さは底が知れないですから、衛兵を集めても、悪戯に被害を増やすだけの結果になると思います」
「確かにそうだな」
「ですから、できるだけ少人数で不意を突くような攻撃や、妨害をする方法を考えるのがいいと思います」
「よし、じゃあその方向で考えよう」
自分で提案したが、この方向で考えるのは難しい。
精霊王の雫に不意打ち、妨害をしたいのに、雫の前でどうやって不意打ちや妨害をするか話し合っても筒抜けになっていて意味がない。
正攻法なら問題ないが、それでどうにかできるのは相手を上回る力が揃えられる場合だ。揃えられそうだと聞かれたら、揃わないように妨害してくるだろう。
(くっそ~、やり難い)
てんは、がしがしと片手で髪を掻いた。
戦士系で頭を使うのが苦手なでライアットは事情を知っていながら、横のてんを見ているだけだった。
「えーっと、石像に狙われる人物を囮にして石像を集めて、石像を壊した事のある人物に石像を壊させればいいんじゃないか?衛兵には大盾を持たせて防御を徹底させて、回復系の魔導士も準備する」
雫が口を開いて提案する。
「いい案じゃないか」
「ダメ、ダメダメー!」
雫の提案は、石像を壊した事のある人物、即ちライアット、パーシルをフランツと焔から分断させるという事だ。精霊王と対峙するのは自然とフランツとライアット、てん、それと補充をすれば衛兵が数人。機械人形もいるけど、石像を衛兵に壊させれば、昨日と同じ結果になる。
そもそも石像を壊している犯人の提案した石像を壊させないようにする作戦を通せるわけがない。
「戦力の分散は問題外。私達の目的は精霊王から石像を守る事でしょ?」
「でも、うっかり石像壊して、石像に襲われた事件が何件かあるぞ?土地開発なんかでも。ベーゼルダイン作の石像は壊した方が後々のためじゃないか?」
「……それは、確かに」
「納得しないでください!精霊王が動いているんです、精霊王が壊したい程の理由があるはずです」
「その理由は?」
「わかりません。ですが壊すのに人に協力を頼まないのは不自然です。協力を頼まない理由があるはず」
「だな。石像を壊すなら、石像を壊した事のない奴を集めて、1人につき1つ、なるべく同じ時間に壊させれば安全に壊せる。そうすると大々的になるし、精霊王が壊したい程の理由が本当にあるのなら、壊すかどうか決めるのは俺達じゃない」
「わかった、とにかく今は、精霊王だな」
てんが雫を見ると、焔と何か話をしている。真剣味が足りない。
(これ以上、雫様に引っかき回されるのはマズイ。……もう、形振り構ってられない)
「隊を2つにわけよう。石像を壊したライアットとパーシルと壊した事のない私と王子、焔の2つ。王子の班には衛兵を数人入れる」
「けど、それじゃあ、精霊王を止めれないだろ」
「いや、石像を壊す事件とは関係なく、精霊王と話がしてみたいからこれでいい」
(もう、あたしがここにいると事ないな)
っと。
小さな音を立てて、雫は立ち上がった。
「あたしは帰るわ~」
手をヒラヒラ振って帰っていった。
部屋を出た雫はトコトコ微笑みながら歩く。
『楽しそうですね』
「そうか?」
雫が不思議そうに尋ね返す。
『笑っています』
そう言われて、自分が笑っていたのに雫は初めて気づいた。
「ん、まぁ、てんの事、結構気に入ったからな」




