雫を訪ねて
次の日の朝、焔はてんとライアットを連れて雫の家に雫がなぜ石像を壊すのか聞きだすために来た。
雫の家は水の都の壁際の農民街にあった。木造建築の2階建の建物だ。
焔はコンコンと扉をノックした。
「はいはぁ~い」
恰幅の良い雫の母が中から扉を開けた。
「あら、レナントのお嬢さん、今日はいったいどうしたんだい?」
3人を見て、雫の母は顔を青くする。
貴族の焔が貧民の家に何の用があるかわかならかったし、ライアットは鎧に剣を指しているからだ。娘の雫が何か悪い事でもしたのではないかと思ったのだ。
雫は学校の落ちこぼれで、夜も遊び歩いていて、家に帰らない事もあるくらいだ。もしかしたら、と思ってしまうのも仕方がない。
「泉さんはいますか?」
「いえ、その、もう出かていませんけど」
雫の母は目線を落して答えてしまう。
「そうですか」
「あの、娘が何かしたんでしょうか?」
恐々と焔達の顔色を伺いながら聞く。
「あ、えっと、少しお話を聞きたかっただけです」
「そう、ですか。わかりました、戻ってきたら私が探していたと伝えて下さい」
「わかりました、それでは」
雫の家を後にする3人を雫の母親は暫く見ていた。
『雫様、何をしてるのですか?』
「ん~様子見~」
時計塔の三角屋根の天辺に座って、指で輪を作って覗く。
指の輪で望遠のためにレンズの魔法がかかっている。
「え~っと、衛兵が1人2人、3人か。あっちは今のところ、2人か。う~ん、そっちの方が楽そうだな」
『貴女なら力ずくで、どちらでもどうにかできるのではないですか?』
「ん~まぁな、でも楽できるなら少しでも楽したいからな~」
『そうですか』
「あっちの溜め池から行くか。人に邪魔され難いだろうし、石像はもう1つより弱いみたいだし」
『そんな事がわかるんですか?』
「あれが魔力で動く機械人形だから、魔力の総量から測ってるんだ」
『魔力の総量がわかるのは近くにいる上位の魔導士のはずですよね』
「でもあたしには魔力真眼がある」
『それで見えるのですか?』
「慣れればな」
『そうなのですか』
直接遠くを見る望遠に、魔力を直接見る瞳を足した魔法が千里眼の魔法の基板だ。雫の持つ魔法よりも高度なこの2種の魔法があれば千里眼になる。雫は知らずにそれを行っていた。
「周りの石像は水の中に2体と傍に3体の計5体、それに壊す石像を加えて6体」
見えるのは、壊す対象が水瓶を持つ人魚の像で、水中の石像2つは半漁人のような姿で三叉の槍、トライデントを持っている。溜め池の傍にある烏のような像が3つ。
水の深さは腰くらいまでだ。
ここなら、衛兵達の近接戦闘向きは水の中には来ないだろう。溜め池の周りから魔法による攻撃をしてくるはずだ。
周りに何もなくて逃げるのに跳躍で逃げるのは少し難しそうだ。
(さて、どうしようか)
ぺろっと楽しそうに舌なめずりをして攻略方を考える。
フリーデは隣で座っている雫を見る。
『ふふっ……』
雫が攻略など考える必要はないのだ。力づくでどうにでもできるからだ。
考えているのは、いかに小さな力で攻略できるかだ。使う力が小さければ周りに及ぼす被害も小さくて済む。
それがわかるから笑みが漏れる。
「……あ、焔達みっけ」
戦略を考えている間、気分をかえようとして別の方向を見たら、石畳を歩いている焔達を見つけた。
歩く先には、雫が前に石像を調べていた図書館がある。
(図書館に向かっているのか)
てんがいるなら、またぶつかるかもしれない。
『メイレいるか』
水霊王の塔の最上階に、青い竜の厳かな声だけが響く。
他の音は何もしない静かな部屋。
『はい』
やや高く幼い声と共に、竜の前の薄く張られた水が盛り上がり、メイレが跪いた姿で現れる。
メイレはゆっくりと立ち上がり竜を見上げる。
『メロウを清晶洞窟まで迎えに行ってくれないか?』
『任せて下さい』
丁寧にお辞儀をすると、水面に溶け込むように消えた。




