地下水路 罠の先へ
毒スライムを倒すと、また奥に進み始める。
「ねぇ、泉さん全然落ちこぼれじゃないじゃない」
「あ~それは、あたしが無属性魔法使いだからだ。今の魔力の計測器って、魔力の色の量で測るだろ。無属性のあたしは魔力に色がないから測れないんだ」
「そぅ、なんだ……」
焔は全く知らなかった事を残念に思った。雫は魔法の才能である魔力の保有最大量が、殆どないからバカにされてきた。けれど、魔力の保有最大量が普通にあるのなら、もうバカにされない筈だ。
「へぇ、そんな属性があったのか、知らなかった」
「まぁな。でも昔は普通にいたみたいだぞ?昔の魔力の計測器は無属性でも普通に反応するみたいだし」
「そんな希少な才能を持っているのなら、王都に来てはどうですか?」
「ん~、数日の旅行程度でならいいけど、王都で学ぶつもりはないんだ」
(だってさ、精霊王になっちゃたから、きっと王になる前だったら、悩んだんだろうな)
「そうですか」
十字路に近づくと頭に直接、声が届く。
『雫様、左です』
「次、左な」
フリーデの声を聞いて、3人を案内する。
雫は水刃の杖のある場所に心当たりがあると言った。けれど本当は、ある場所がわかっている。
水刃の杖のある場所を知っているのは、自分ではなく精霊だ。精霊を見る事ができない普通の人が、この街にかなりの数がいる普精霊の目をごまかせるわけはない。精霊の声を聞けるようになる耳飾りをつけているから、水刃の杖のある場所まで精霊に案内を頼めばいい。
4人が左に曲がって水路を進んで行く。
(あれ、この通路って確か……)
いつもと違う道順で歩いている道を、頭の中の地図と照らし合わせる。5、6段だけの階段の横に鉄の棒が地面から天井を貫いてある。
(やっぱ、ここだよなぁ)
「焔、焔」
「何?」
雫が焔を読んで、ちょいちょいと手招きをしている。焔が近づくと、急に片手で手を引いて抱き寄せた。
ライアットが後ろの様子を見ると雫が焔を抱いている。抱かれた焔が顔を真っ赤にしていて、雫が目をこっちに合わせた。
(何してるんだ?あいつら)
横のフランツが歩を進めて地面に足を降ろすと、そこから左右に青く輝く文字の列が天井に走り、輪になった。
すぐにドドド……と大きな水の音が聞こえてきた。ライアットが前に向き直ると水が流れてきた。こんな狭い水路では逃げ場がない。
(は!こいつ知ってやがったな)
雫が焔を抱き寄せてもう片方の手で鉄の棒を掴んでいたに気がついた。今はそんな事より、王子をそう思ってライアットは手を伸ばした――が、フランツの伸ばした手を掴む事はできなかった。
「王子ー!」
フランツは水の激流に流されていった。
「きゃあ」
突然、水に呑まれた焔の髪が横に流れる。火の半精霊の焔は普通の人よりも水と相性が悪くて泳げない。だから水の中で目を開けてられなくて、目を閉じた。その時、確かに雫の口の端が上がっているのを見た。
水の激流が通り過ぎると、流されたフランツがいない。雫は抱いていた焔をそっと離す。
「何、今の?」
「罠」
雫は平然と言う。それを聞いて、すぐにライアットは雫に詰め寄って服を掴んで引き寄せた。
「お前、知っていたな!」
「まぁね」
「なら、なぜ先に言わない!」
炎のような怒りに満ちた瞳で雫を睨む。けれど雫は怯える事さえしていない。
「言わなかったか、あたしはこの地下水路に入ってきた盗賊を追い出したいんだって」
「?」
「もし、お前達がこの地下水路にお宝があると知ったら、それを持ち出さないと言い切れるのか?勝手に持ち出したら、それは盗みだろ。そしたらお前達も盗賊だ」
「俺達はそんな事しない!」
「どうかな?それが伝説になるような時代の道具であったとしても、そう言い切れるか?例えば、お前のその剣の十倍、百倍、もしかしたらそれ以上の力のある剣が何本も転がってたらどうだ?」
「それは……」
一瞬悩む。力を望めば欲しいと思うのは当然だ。
「王子は国のためになると思えば、必ず手に入れようとするだろ。あたしにとっては交渉のし難い相手なんだよ」
顔を上げたライアットは、雫の瞳が深く濃くなっていくのが見えた。もう瞳の底が見えない。
「王子は無事なのか?」
「ああ、外の水路まで流されただけだ。鉄格子の場所、あの激流の時だけ、開くんだ」
「そうか、ならいい」
3人は、また歩き出した。
(底が見えない程、深い瞳が12歳の少女の瞳じゃない)
「それにしても水溶生物強くなってきたな」
「そうね」
ライアットは剣を振って鞘にしまう。
2人の戦いを後ろで紙袋を抱えて雫はついて行きながら見ている。
(あたしもちょっとくらい活躍したいな)
「2人とも強いな(水溶生物と比べて)」
「あなたも何か手伝ったらどうですか?」
焔がこっちを見て前への注意が逸れて、水溶生物が焔を襲った。焔が前に向き直って――まずい、そう思った瞬間、頬の横を風が抜けて、足が横を抜けた。
足が水溶生物の前で止まり、吹き飛ばす。吹き飛んだ水溶生物は水溜まりのようになって、動かなくなった。
「え――」
ット、小さな音を立てて焔の前に出る。
腰を落とし、体を曲げた姿勢から、ゆるゆると踊るように戦い始めた。
それに見惚れて周りの音が消え、温度が数度下がった感じがする。
ブレイクダンスの要素を多く混ぜた舞踊だ。
手が足が水溶生物の前を通ると吹き飛び、近づけさせない。風を押しだし、直接振れていない水溶生物を押し潰す。
(この辺かな)
そんな感じで扇子を振ると、渦巻が地下水路を走った。それが水溶生物を、まとめて吹き飛ばした。
カッコットン。
足で大きく音を立てて、踊りを止めた。それからゆっくりと体を起こす。
雫はゆっくりと体を起こすまで、焔は目を離せなかった。ライアットも同じだ。
既に戦闘を終わって、ようやく今、目の前で何が起こったのか反芻している。
雫の踊る姿を見て、去年、街であった踊り続けて倒れた少女と姿が重なった。見た目は全くと言っていい程、変わってないのに、焔のような雰囲気が消え、緩やかな雰囲気を纏っているからわからなかった。
「どうなってるの?物理耐性が高い水溶生物にどうして打撃が通ったの」
「直接振れてないで衝撃で核を押し潰してるんだ」
「そんな事できるの?」
「魔導具だろ。風を使ってたから、風の魔導具を持ってるんだろ」
「外れ、魔法だよ」
目の前に来て言われてライアットの顔は赤くなった。
「行こう」
髪を掻きあげながらついて行った。
(ずりぃよな)
あの戦いの時の流麗で神秘的な踊り、あれを見たら普段の彼女を見ても踊っている姿を思い出してしまう。




