地下水路 vsポイズンスライム
(あれ、この服……)
奥の部屋の木箱を調べていた雫が何個目かの木箱を開けると服が1着だけ入っていた。折り畳めば何着もあるのに丁寧に綿を敷き詰めて入れてあった。
入っていたのは大人用のコートのような服だ。ただ、袖を切り取って、代わりに取り外しできる巫女服の袖がついている。風変わりな和洋折衷のコートだ。
(あ、この服ちょうどいいなぁ)
これなら月の羽衣を袖に隠せる。でもまともに着るようになるには、1年はかかる――そう思いつつも気に入ったので手に取った。
服のデザインよりもつい利便性を優先してしまう。
惜しいよなーと思いつつ、自分の体に当てて、確かめる。
(ん?今、何か妙な感じが)
僅かに感じた違和感のようなものを、まさかと思いながらも確かめるために、魔力特殊特性を右腕だけ発現させた。すると腕と似たような紋様が、コートの袖部分に現れた。
雫の来ているコートは雫の強化系魔法の影響を受けたため高い魔法防御力を持っている。魔力特殊特性発現時に服に紋様が現れ、更に魔法防御力が上がる。ここまで服を強化系魔法に慣らすのに1年はかかる、今まではそう思っていた。けど、この服は既にそれができている。
(いい物、見つけた)
満足した雫は似たような服はないかと探してみたら、案の定、巫女服の上着があった。
その2着を持って前の部屋に戻ると、姿見鏡があったので、試しに着替えて見る事にした。
雫も一応女の子だ。お洒落にだって、興味はある。
今着ているコートをストンと床に落として着替え終えると、鏡の前でくるくると回って、姿を確かめる。それから近接格闘に服が耐えられるか確かめるために少し激しい動きをしてみたが、特に問題はなかった。
満足して、見つけた2着のコートを部屋においてある何冊か魔法関連の本を抜き取って入れた紙袋にしまう。それから、元のコートに袖を通し始めた。
踊っていた雫は、部屋の外の声に気づかなかった。
ギィィ……っと音を立て、ライアットが扉を開けて、3人が扉の中に入ろうとして固まった。
部屋の中で、ちょうどコートに袖を通したばかりの着替えていた女の子がいたからだ。
「ん?」
雫が反射的に突っ込んで行って、回転から右足の踵をぶつけるような上段回し蹴りをする。
ライアットが咄嗟に剣を鞘ごと抜いて止めた。
強化魔法を使う雫の蹴りなら普通止められないのだが、さっき魔導士との戦いが尾を引いていて、その時と同じ魔法、脚力促進を使っていた。
脚力促進は対人戦闘で使える効力の低い強化魔法だ。魔導士や盗賊には、脅威になっても魔法も使えるとはいえ、騎士であるライアットには脅威にはならなかった。
咄嗟の判断で剣を抜かずに止めるという余裕さえあった。けれど、雫の蹴りは剣の上からライアットの全身に響く。
(なんつー重い蹴りを放ちやがる、このチビ)
それが、ライアットが蹴りを受けた時の感想だ。
幸運だったのは、咄嗟だったという事と、ライアットが雫を知らなかった事だ。もし雫を知っていたり、咄嗟でなければ、ただの少女にしか見えなくて、これくらいの防御をしておけば大丈夫だろうなんて、甘くみた筈だ。そんな事を考えたら、今の蹴りで弾き飛ばされている。
ライアットが眉根を寄せて、これは強敵だと警戒を強める。だが、次の攻撃がこない。
「……」
雫が蹴りの姿勢のまま固まっていて、動かない。不審に思って、雫の目線を追うと、前にいるフランツを見ていた。
フランツも状況を理解できずに固まっていた。
着替えの途中だった雫は、コートの前を閉めていない。しかもコートを下着の上に直接着ていて、胸が未発達でブラをつけてもいない。そんな姿で上段蹴りをしたので、すぐ傍にあって思考を止めてしまった。
雫は、ゆっくりと足を降ろすと、手の甲でビンダ気見にフランツの頬を叩くと、後ろに下がって、両手で服の前を押さえる。
「キャアァー!!」
雫は悲鳴を上げた。
その姿を見て、フランツは真赤になってあわあわと困り、焔は、はしたないと怒る。ライアットは順番が違うだろ、順番がと呆れた。
雫が落ちつくとフランツは事情を説明した。
「ふ~ん、成程な……」
雫は、何を言うべきか考える。
まず、自分が精霊王だと言うのは伏せる。その上で水刃の杖に関しては手伝ってもいいと思う。
「どうしたんですか?」
「ん?ああ、水刃の杖のある場所に心当たりがある。あたしは地下水路に入ってきた盗賊を追いだしたくて来たんだよ。その盗賊が持っているかもしれない」
「そうですか」
「……場所、わかるけど、案内しようか?」
「ぜひ、お願いします」
フランツが答えると、雫は立ち上がって、服を入れた紙袋を持った。
「それじゃあ、行こうか」
部屋を出るとすぐに水溶生物が現れた。
「またか」
フランツの答えにライアットの表情は硬い。
水溶生物の中に今までのと、色が違う紫のスライムがいた。
今まで出てきたのは緑と水色のスライムの2種類だ。火球をぶつけて確かめたら水色の水溶生物は水属性で緑の水溶生物よりも火に耐性が高かった。
水色の水溶生物の魔物名は水スライムという。
紫のスライムは緑のスライムよりも、ねっとりとしている。
「毒スライムだ。攻撃に当たると毒になる可能性がある。当たるなよ!」
戦った事のあるライアットの説明を聞いて、焔とフランツが剣を抜いて構えた。2人はごくっと唾を飲み込んだ。
僧侶や巫女といった回復系魔法の使い手がいるか、解毒薬がある時でないとやりたくない相手だ。
自分1人なら、攻撃を受けずに倒せる自信がある。けど後ろの3人も毒を受けないように戦うのは――
そう考えて、ライアットは一番前で後ろの3人を見た。そこには緊張もやる気も感じられない雫の姿があった。
(ほんとは3人分もやりたくないけど……仕方がないか)
魔力の総量が決して多い方ではないから、できれば取っておきたい。そう思ったけど、ライアットの様子を後ろから見ていて、3人だけに任せるのは心配だと雫は諦めた。
「こっち、こっち」
雫が何か手招きをしている3人が集まると、扇子を持って詠唱を始めた。普段の雫と違って、普通に詠唱をしている。
「……身体に秘められし神秘の力を解き放て、対毒付加」
「何だ、何も起こらないぞ」
ライアットが体を見回してみる。特に何処か変わった様子はない。
「いや、確かに微かに自分以外の魔力がある」
自分の手を開いたり握ったりしてフランツは確かめていた。
「言っとくけど、解毒はできなぞ。抵抗力を上げただけだからな、過信はするな」
「わかった」
経験不足のフランツは何度か、避けきれずに鞭の攻撃を受ける。焔は自身の持つ巨大な剣の影に入れてしまうので、剣を盾代わりに使いつつ、隙を伺っている。ライアットに関しては、まだフランツの心配をしていて、敵に集中できてない。
「はぁ……焔、毒スライムは火で普通に通るぞ」
「え?」
「はぁ?」
焔は驚き、ライアットはでたらめを言うなと雫を睨んだ。
「……熱気纏いて、火よ、彼の者燃やす球をなせ、火球」
まぁ、試してみるか程度の軽い気持ちで、言われたとおりに火球をぶつけると、燃えた。というよりも勢いよく燃え上がった感じだ。
「何で水溶生物が燃えんだよ」
「毒スライは、液体だけど、純粋な水ってわけじゃないから、油みたいな成分を含んでるのもいるんだよ、たぶん」
雫は、それらしい事を言ってライアットを納得させた。
ただ雫は知識として、その事実を知っていたわけじゃない。火が通るとわかったのは魔力真眼で見て、水の属性が普通の水溶生物より低かったからだ。
今は魔力真眼を使うと瞳に浮かび上がる紋様を、幻影系等の魔法を使って隠している。何故なら、この3人が人間としての雫の敵ではないが、水霊王としての雫の敵ではないと言い切れないからだ。




