地下水路の魔導士
右沿いに進んで行くと、ドドドド……と水が高い所から落ちる音が聞こえてきた。
角を右に曲がると鉄格子が見えた。その辺り月明かりで僅かに明るく鉄格子の先に夜空も見える。
その場所に近づき鉄格子から下を見ると、流れて行く水は滝のように下に流れ落ちていっている。
貴族の住む土地はと平民の土地より高い位置にあって段差のようになっていて、ここはちょうど、その境目だ。
前を向けば水の都の夜景。
区画を水路がわけ、水路の両端に光る明りが並んでいてとても綺麗だった。この付近はスライムがいないようだ。
3人は暫く景色を眺めると先に進み、地下水路に入った場所に良く似た梯子のある場所に出た。
その後進むと、夜景の見えた場所と似たような場所があった。
また鉄越しのある場所の後に地下水路入口に良く似た場所に、出た。
「……最初の場所に戻ろう」
顎に手を当て考えていたフランツがそう提案する。
「まだ泉さんに追いつけないのはおかしい。たぶん、こっちには来てない」
「そうだな」
3人は来た道を戻りだした。
「ライアット、この地下水路って、上の水路と同じで水の精霊王の塔を中心に蜘蛛の巣状になってるんじゃないか?」
「やっぱ、王子も、そう思います?」
「ああ」
2人は自分の推測を話す。
「あの、泉さんなんですけど、ここの鍵を持ってるというの、間違いだと思うんですけど……」
「どうして?」
「鍵を持っていたら、他の人が中に入れないように閉めると思うんです。中は危険だってわかっているなら絶対」
「確かに、そうだ」
「ここ以外も開いてて、目的の場所があるなら捜索範囲を一気に狭くできる。ただ闇雲に探すより、その範囲を探して、いなかったら、捜索範囲を広げた方が効率がいい」
「そうだな。その方がいい」
「どういう事?」
「目的の場所があって入るなら一番近い場所から入る。だから蜘蛛の巣状になっているのなら入った場所の近辺と真中に続く道近辺を探せばいいって事だ」
「そうか」
「焔は納得して答えた」
雫は閉ざされた部屋の中で目を覚ました。
起き上がると雫は、立ち上がって壁を調べ始める。
この部屋に入った時に青い線と模様が見えたからだ。今は魔力真眼の効果が切れていて見えない。
(魔法封じだな……)
さっき腕力増強が発動しなかったんだ、青い線と模様の効果は、それで間違いない。
雫は、部屋の壁に顔を近づけて調べ始めた。
(よし、だいたいわかった)
魔法封じは、全体の魔法から見れば少ないが、その中では光闇聖邪の属性の中に多く、次いで火水属性が多い。ここの場合、精霊の力の宿った水を魔力の代わりに使っているようだ。だから当然魔法の属性は水になる。
雫は部屋を確かめ終えると、口の端を上げて弧を描く。
さっき調べた木箱を開けて、中から小瓶を2つ取りだすと、鉄の扉をガンガンと足の裏で蹴り始めた。
「煩いぞ!」
魔導士の男が気づいて細い小窓から覗くと、雫は見せつけるように手に持っていた開けた小瓶を顔の前で傾けて、中身をゆっくりと溢す。
驚いてはいるが、まだ中に入って来ないので、にこにこしながら雫は2つ目に手をかける。
来ないなら全部中身を溢して捨てるという脅し。
ここにあるのが、何かはわからないが貴重な古代の遺産で貴重な薬品だとわかっているんだ。
「な、何をする、キサマー!」
扉を開けると、雫はトントンっと後ろに飛び距離を取った。
魔導士が部屋に1歩入ると今度は突進する。
通常の雫の身体能力では勝ち目がない。
(まずい!)
そう思ったフリーデは雫に憑依した。
憑依された雫の髪は長く伸び、身長も伸び、胸も大きくなった。その後、肌が水色になり、耳が横に尖り、伸びた。服も変化して鎧のようになった部分がある。
憑依半精霊化。上級精霊の中でも上位の1部だけが人に取り憑く事で使える、人を半精霊にする能力。
こうすれば、雫でも魔導士と戦えるそう思った。
けれど、ここまで精霊よりの姿になれるのは稀な事だった。
一か八かの賭けだったが、雫の強化魔法に耐えられる柔らかく伸縮性の高い肉体はその変化に余裕で耐えた。
(何だ、これ?)
そう思ったが、雫は魔力特殊特性発現の証である、紋様を浮かび上がらせる。今までと違う不規則なステップで脚力促進を発動させると、相手の顔の高さまで跳んでソバットを顔面に入れた。
使ったのは、いつも通りの強化魔法。フリーデの憑依による半精霊化の力など使わずに雫は勝ってしまった。
1度目の戦いの時に、雫が魔導士で室内では魔法を使えない事、殴打を杖で止めれたことから近接戦闘もたいした事はないと思って油断したから簡単に勝負が決まった。
ット。
小さな音を立てて雫は着地した。
「んっ?」
痛みで雫が顔をしかめる。
憑依したフリーデは雫と同じような痛みを感じて、すぐに憑依を解いた。
『ぐうぅぅ……っ!!』
フリーデが辛そうに丸くなって倒れた。
何が起こっているかわからない雫は、前の部屋へ行くと盗られていた耳飾りをつけて戻ってきた。
「大丈夫か?」
『ええ、それより何……、なんですかこれは?』
「ああ、強化魔法のせいだ。あたしが使う身体に負担がかかる禁呪も多いから、そのせいだろ」
『雫様は平気なんですか』
「最初から、それに耐えられるように馴らしてるからな」
確かに、それは聞いた。けれど雫が軽く言うから、ここまで辛いとは思わなかった。精霊でも中級精霊程度では軽く気が、おかしくなる程だ。
だが、憑依していたからわかる脚力促進何かよりも高位の強化魔法がある。当然、痛みもこんなモノではない筈だ。
雫はフリーデを抱えて前の部屋のベッドに横たえた。
「少し休め」
『はい。ですが少しお話しさせて下さい』
「わかった」
答える雫は、この半精霊化した姿で精霊王として人の前に出ようと心の中で、ほくそ笑んだ。
「さっきのって何だったんだ?」
『憑依半精霊化ですか』
「憑依半精霊化?」
『ええ、我ら精霊が憑依し、その力を無理やり体に流し込んで強制的に半精霊にするのです。本来は憑依された雫様にも負担が相当掛かりますし、奥の手だったのですが……』
ちらっと雫の顔を見るが、全然平気そうだ。
『貴女は何故平気なんですか?』
「たぶん柔らかくて、伸縮性のある筋肉を目指した体造りのせいじゃないか。他の属性の強化魔法と違って、身体機能を向上させる強化魔法が無属性にはあるんだ。つまりは筋肉を硬くしたり引絞ったりするんだ。それでも体が壊れない為の体を作ってたから、耐えられたんだと思う」
『成程では、さっきは何で魔法を使えたんですか?あの部屋は魔法封じがかかっていたでしょう?』
「魔法封じの型は大別して5つに別れる」
『5つ?』
雫はこくんと頷く。
「1つは、発動した魔法の無効。解呪何かがそうで魔力を括る理を崩す。
1つは、魔力の無効。魔法を構成する力そのものを使えなくする場合。
1つは、魔力を術者が使えなくする事。
1つは、詠唱の無効。消音何かがこれ。
1つは、魔法の発動媒体の機能を使えなくする事。術者を捕えたら取り上げるのがこれ」
フリーデは、要するに魔法そのものの無効と、魔法を使うのに必要な要素の何かを使えなくするのだと、すぐに理解する。
「で、あの部屋のは、発動した魔法の無効化。解呪だ」
フリーデは無言で、雫の話に耳を傾ける。
「でも、解呪っていうのは、魔法があって、それを無効にする魔法が作られたっていう流れがあるんだ。属性で魔法は変わるし、職業系等によっても違う。更に国や地域によって魔法の骨子は違うし、時代によって傾向が違う。だから、全ての魔法を無効にできるかって言うと、そうでもない。100個も強化の魔法を使えれば、必ず何個は抜けが出てくるんだ」
『成程』
「でも、解呪は専門じゃないから、咄嗟に使える魔法を探せるわけない。だから、探す時間が欲しかったんだ。本当は無理をして、あの部屋を出るっていう方法もあったんだ」
(このヒト、次、勝つために1度負けを選んだのか)
雫の考えはフリーデの斜め上をいっている。わかるわけがない。
『あれ?では、魔法媒介は?扇子とられましたよね?』
「ああ、そっちは何の問題もない。実は魔法媒介無しでも魔法が使えるんだ」
『え――?』
「まぁ、普通驚くだろうけど……。あたしは魔力特殊特性発現時は、自分の体を魔法媒介として使えるんだ。魔法媒介は竜の眼球、鳳凰の羽、牛頭人の骨、そういった物を加工して作られたものもある。その加工と同等の事を知らずにやってたんだよ」
『それは、人体改造ではないですか?』
「酷い言い方だな、間違ってはないけど。あたしがやってたのは『魔動人形制作』だ。魔法への抵抗力を強めるために、魔力を大量に含んだ水に魔動人形の部品を漬けるんだけど、強化魔法をかけ続けたら、同様の効果を得たみたいなんだ」
けらけらと笑ってそう言う。フリーデは笑えるようになってくれたのが嬉しかった。




