地下水路の探索
焔がとっと、梯子から手を離して下りる。続いてライアット、フランツの順で下りてきた。
暗くて周りがよく見えないので、火の玉を動かして確認すると、通路は、かまぼこ型をしていて真ん中を水が通る凹みがある。
「火の玉の位置制御を自分で常にしてるから自在に動かせるわけか、便利だな。けど、さっきより暗くなってないか?明かるさも制御してるんだろ?」
「はい、でも何か、さっきよりも明るくし難いんです」
「……まさか」
眉をしかめるとライアットは外灯を使う。出した火の玉は、普段より暗い。
「やっぱ、普段より暗い」
「どうした?」
「水霊王の塔の迷宮と一緒だなって。前は火の魔法の力を弱めるんだと思ってたんけど、火の力そのものを弱めるみたいだ」
「王子、頼みます」
こくんと頷く。
「……我が進む道を照らせ、光球」
照明としての魔法がある属性は、火・雷・光だ。火は揺らぎがあるし、雷は明滅があるため、光が照明として安定する属性だ。
「凄い明るい。もしかしてフランベルツ様の魔法属性は光属性なんですか?」
「フランツでいい」
「この国の王家の魔法属性は光・聖属性なんだ」
「すごい、複数属性使えるだけで珍しいのに」
魔法属性は火・水・風・土・雷のどれかに属する事が多い。光・闇・聖・邪が少ない。しかもただでさえ複数属性使える人は少ない。
「それより、泉さんがいない」
「まだ1本道だ。奥に進んだんだろ。行こう」
3人は暗い地下を奥へと進んだ。
コッコッコッコッ……
歩くと音が反響して響いた。
少し進むと十字路に出た。左右の道は弧を描いている。
「どっちに行く?」
「焔、精霊の知覚で泉を探せないか?」
「ダメ、わからない」
目を閉じて精霊の知覚で探って、ふるふると頭を左右に振った。
「水の気配が邪魔でわからない。たぶん、この知覚も火の精霊の力だから火の力なんだと思う」
「そうか」
「王子、足元を照らしてくれ」
ライアットが屈んで、フランツも近づいて屈む。
「何をしてる?」
「足跡残ってないかって、思ったんだけど……駄目だ、わかからない。けど、代わりに嫌な物、見つけたかも」
「嫌な物?」
「これ」
ライアットは、傍に散らばる粘っこい緑の液体を掬い取る。
「スライムの残骸」
「いるっていうことか、わかった気をつける」
こくりとフランツの後ろで焔も頷いた。
「とりあえず左手の壁沿いに進もう」
「わかった」
3人は左に曲がって、進んで行った。
奥に進んで行くと、緑の小さなスライムが出てきたスライムが触手を伸ばして鞭のように振ってきた。
これがスライムなんだと、始めて見る魔物に感心していたから、焔に対処できるはずなんてない。
「何してんだよ、このド阿呆!!」
叫びながらライアットが剣を抜いて鞭のような部分を斬り飛ばす。
「ご、ごめんなさい」
それを背に聞きながら現れたスライムをゲル状の緑の液体の中にある核ごと縦に両断した。
スライムはぐずぐずと溶けだし、水溜りのようになる。
「このサイズだから良かったが、大きいのが相手だと核に剣が届かねーから魔法でしか対処できないんだぞ!」
「ごめんなさい」
お辞儀をするように頭を下げて焔はすぐに謝る。
「ライアット落ちついて。たぶん、魔物と戦うのは初めてなんじゃないかな。魔法学校では、魔物知識の勉強はするけど実戦訓練は対人戦闘だけしかできないから」
「そうなのか?」
「はい、そうです。といっても魔物との訓練があるのは召喚学科だけですが、中等学部の学生では手の平サイズの魔物がやっとですから」
魔法学校に通った事がないから知らなかったし、焔と同年代の時既に実戦をしていた上、さっき戦った時、年齢の割に強いという印象を受けたから、てっきり実戦を経験しているのか勘違いしたのも仕方ない。
それから何度が小さなスライムが現れたが、2人が剣で手際よく倒しながら進む。
その2人を見比べて剣の腕はライアットの方が上だなと思いながらついて行った。
最初の十字路を雫は真直ぐ進んでいた。
つつーっと壁に指を滑らせながら暗い道を進む。こっちにもスライムがいるが、雫を襲ってこない。雫はスライムに目も向けない。
魔力真眼(風)と(水)を使っている雫の目には壁を走る真直ぐな青いラインが見えている。そのラインのある扉の前で壁から手を離して止まる。
雫は扉の形を手で触って確かめる。
『雫様?どうしましたか?』
「ん?前はここ、もっと複雑な紋様が見えたんだよ。だからたぶん」
雫が扉の取手を持って引くと開いた。
部屋の中には古い机と寝台があった。机の上にランプがあったので傍のマッチを拾って、火をつけた。
ランプもそうだが、机の上にある紙やインク、ペンは使われていて新しい物だ。辺りを翳してみると食料品もあるし、衣類も新しい物がある。生活臭がする。
奥にある頑丈そうな鉄の分厚い扉を開けて中に入る。
奥の部屋の中は、壁際に木箱が多く積み重なっている。
近づいて、蓋を退けて中身を確認する。中には綿とその間に並べられた青い液体の入った小瓶。
(何だろう、これ?)
手に取ると小瓶その物もそうとう凝った細工がされている。だが、雫の魔力真眼には凝った細工に沿って青い輝きが薄らと映る。
(この部屋にあるのって、忘れ去られた時代の物なんだよね)
それでも、瓶の中身の鮮度が高いように見えるから、瓶の方は鮮度を保つような工夫だと思う。これだけでも、かなりの値がつく。
(けど)
目線を瓶の中身に移す。見えるのは、ありえないほど濃い青だ。属性が色として映る瞳で、ここまで濃く映るのがただの水なわけはない。
(中身が何なのか考えたくもないなぁ~)
茶のローブの魔導士の男が入ってきて、灯りをつけようとするとランプがない。
奥の部屋から灯りが漏れていて、扉の細長い覗き窓から見ると、と幼い少女が箱の中身を調べている。
(ソレは俺の宝だ)
キィィ……。
音をなるべく立てないように扉を開けて、そっと入って近づいた。
気づいた雫が振り向きざまに横薙ぎに振った。腕力増強も使ったつもりだが、発動しない。
「なっ――」
魔導士の男には杖で留められて驚いたように見える。
にやぁ~っと歪な笑みを浮かべて、腹に叩きこまれる。
「いっつー」
腹を押さえて蹲ると、蹴られて雫は、横に倒れて、意識を手放した。
『雫様に振れるな!』
フリーデの声は雫に届かず、雫を守ろうとしたが、氷を使う事ができない。氷を使おうとすると、その力を霧散してしまう。
魔導士は雫を見下ろすと屈み、雫の体を楽しそうに弄る。
雫の腰から魔法の発動媒介である扇子を外し、落ちていた扇子も拾う。雫を転がしてウエストバッグも外す。
『雫様!雫様!』
耳元で聞こえていたその声も妖精耳(水)の効果のある耳飾りも外されて、聞こえなくなった。
何もできずにフリーデは、そこにいないも同じだった。
魔導士の男は部屋を出ると、鍵を外から、ガチャリとかけた音がした。




